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奇想天外!? おもしろ医人ヒストリー

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歴史上の医師が歩んだ生涯,また医師の名前を冠した疾患などについて独自の視点を盛り込んだエッセイです!(第26回までは「整形外科 人物・用語ものがたり」という連載タイトルでしたが,…
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#整形外科

第1回 “我包帯す,神,癒し賜う” Ambroise Paré:足の研究のはじまり

Ambroise Paré(1510~1590 年) 突然であるが私は放射線科医である。一応なんでも画像診断…

第4回 外科医のなかの外科医,偉大なる巨人 Colles骨折:橈骨遠位端骨折の歴史

Abraham Colles(1773〜1843) はるか昔の学生時代,手関節の骨折は名前が付いていて,「Coll…

第5回 内外合一 活物窮理:日本の近代外科学を作り上げた華岡青洲の麻酔薬と整骨術

華岡青洲(1760〜1835年) ケガや病気で苦しいとき,痛みがなければ頑張れそう,そう感じるの…

第6回 彼はいったい,何処の惑星からやってきたのだろう:不自由を超えたサッカー選…

Garrincha(1933~1983) 本日(11月24日)の日本は朝っぱらからアツかった! というのも,…

第7回 痛風のない日本:Luis Froisが見た世界

Luis Frois(1532〜1597) Luis Frois(ルイス・フロイス)はポルトガル出身の宣教師である。…

第8回 百の頂に百の喜びあり:深田久弥と結核と百名山

深田久弥(1903〜1971) 「深田久弥(ふかだきゅうや)」という名前で「お,百名山を選定した…

第9回 欠けない月はわが瞳のせい?:文字文化の始まりと糖尿病と藤原道長

藤原道長(966〜1028) 日本の歴史のなかで必ず勉強する平安時代の有名人,藤原道長。彼は現存する資料から最古の糖尿病患者であると考えられている。 平安時代(794〜1185年)初めはちょうど日本語のひらがな,カタカナが作られた頃である。漢字から非常に読み書きしやすい文字になり,なおかつこれより100年ほど前に紙の作り方が日本に伝えられたため,紙に文字を書いて表現するという行為が平安貴族のなかでも特に女性に広がったとされる。清少納言の『枕草子』や紫式部の『源氏物語』など

第10回 人生最大の報酬とは,知的活動そのものである:キュリー夫人のラジウム発見と…

マリ・キュリー(1867〜1934) 医療になくてはならないX線は,1895年にレントゲンによって発…

第11回 一番古い? 登山家は?:アイスマンは何者か

アイスマン(BC 3000年) あるとき,編集者さんから「今度のエッセイ,登山家やクライマーの…

第12回 橈骨頭の脱臼の整復への200年チャレンジ:Monteggia fracture-dislocations

Giovanni Battista Monteggia(1762〜1815) 今回はMonteggia脱臼骨折で有名なGiovanni Batti…

第13回 ペリーの黒船来航と,いとあやしき病

Matthew Calbraith Perry(1794〜1858) Matthew Calbraith Perry(以下,ペリー)の黒船来航…

第14回 偉大なる改革者,Codmanの考える医療:Codman triangle

Ernest Amory Codman(1869〜1940) 調べものをしているときに「Codman」の名前が目に留まっ…

第15回 骨の感染の歴史:実は恐竜まで遡る? 骨髄炎の名付け親,オーギュスト・ネラ…

Auguste Nelaton(1807〜1873) 私の新天地での生活ももうすぐ1カ月(執筆時)。新しい職場…

第16回 実験医学の父,ジョン・ハンター:これは実験なのか,奇行なのか?

John Hunter(1728〜1793) 患者を治療するにあたり,患者をよく観察し,どのような状態か判断し,どの治療が適切かをわれわれは考えなければならない。そんなの当たり前でしょ,と思うかもしれないが,ジョン・ハンターの生きた時代は「聖書の教えと異なる,異端児だ」と虐げられたり,奇人変人扱いを受けたりと散々である。 ハンターは徹底した科学的思考の持ち主であり,若き医師たちに「患者を観察せよ,記録せよ,推論せよ」と説いていたそう。ハンターは過去に軍医として働いていた経