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第4回 外科医のなかの外科医,偉大なる巨人 Colles骨折:橈骨遠位端骨折の歴史

Abraham Colles(1773〜1843)

はるか昔の学生時代,手関節の骨折は名前が付いていて,「Colles,Smith,Barton…」なんて覚えたものである。橈骨遠位端骨折の別のよび方である。

手をついて転んで発生する橈骨遠位端骨折,かつては手関節の(掌側もしくは背側への)脱臼であると考えられていた。これはヒポクラテスの手関節外傷に対する考察である。確かに,X線が発見されていない時代,橈骨遠位端骨折を診断しようにも,骨折部位は関節面に近接しているし,軟部組織の腫脹を伴ってしまうと,外傷部位の同定は困難かもしれない。今まで脱臼と思われていたものが実際は橈骨遠位端の骨折ではないかと考えたのはフランスの外科医 Jean-Louis Petit(1673〜1750年)といわれている。その後,フランスの外科医 Claude Poteau(1725〜1775年)が脱臼ではなく橈骨遠位端の骨折であると報告している。さらに,橈骨遠位端骨折の受傷機転やその状態を詳しく調べあげ,1814年に「橈骨遠位端から 1.5インチ手前で骨折する(図1)」と報告したのはアイルランドの外科医 Abraham Colles(1773〜1843年)である。しかしながら,当時この報告ははじめまったく注目されなかった。理由として Poteauの論文と同様に,彼が地方の医学雑誌で発表したためとされる。こんな時代でもメジャーなところに論文を投稿しないと誰からも相手にされないという世知辛さを感じてしまう。

結局のところ,Colles骨折というものを一躍世の中に広めたのはフランスの外科医 Dupuytren(1777〜1835年)であった。

手関節骨折はその後,解剖による詳細な観察や受傷機転などが多くの人に研究され,報告した人の名前が多数付けられている。例を挙げれば前出の Smith骨折,Barton骨折,その他 Hutchinson骨折,Galeazzi骨折など。職業に特化した骨折や骨折の形に基づいた名付け方もある。Hutchinson骨折は橈骨茎状突起の関節内骨折であるが,当時の車のクランクを扱う運転手の手の外傷として多くみられ,Chaufferur(運転者)骨折などともいわれる。Die-Punch骨折は Schechの報告で,橈骨遠位端の月状骨窩の関節内骨折である。骨が打ち抜かれたかのように陥没する状態を指している。

Abraham Collesはアイルランド出身である。幼少時,洪水で流れてしまった医者の家にあった解剖学の本を畑で拾い,医学に興味をもったとされる。もっとも有名な業績は Colles骨折の発見と治療である。Colles骨折や内反足の治療・固定のため副子や添え木の考案も行っていた。彼はイギリス,アイルランドで外科医のなかの外科医,巨人と称賛されている。

文献
1)Jones AR. The Journal of Bone and Joint Surgery 1950;328:126.
2)McDonell R. Selections from the works of Abraham Colles. The New Sydeham Society. London:Newman & Co, Printer;1881.

(『関節外科2022年 Vol.41 No.11』掲載)



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