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離別、瀲灎

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「別れ」のかたち
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回り燈籠

回り燈籠

 目を開けると、所狭しと並んだ屋台と、それに並ぶ色とりどりの浴衣が視界に入った。

 どこか懐かしさを纏わせた祭囃子の合間を縫い、聞き覚えのある声が耳へと流れ込む。

「ごめん、お待たせ、かき氷。パイナップルとかあったけど、いちごで良かった?」

人混みをかき分け、両手に持ったかき氷を私の前に差し出す。人懐っこいその笑顔は見覚えがある。

「……石井くん」

そうだ、彼は石井くん。友香たちのおかげ

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死人に口なし

死人に口なし

 扉を開けると、世界はモノクロに覆われていた。

 ――天気予報では晴れと言っていたが、どうやら外れたようだ。しかし雨が降っていないのは不幸中の幸いかもしれない。少し肌寒さを感じ、何か羽織るものを取りに部屋に戻る。何を着るか少し悩んだ末、くすんだラベンダー色のカーディガンに袖を通した。

 扉の鍵をかけながら頭の中で忘れ物がないか最終確認を行い、愛車に乗り込む。去年買った軽自動車で、そのくせオープ

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C₄H₄KNO₄S

C₄H₄KNO₄S

 私、あなたに会えて本当によかった。

 あなたの全てが好き。大好き。

 好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き。

 うふふ、本当よ。あなたが気にしてるその泣き黒子だってとってもキュートで大好き。

 あなたと一緒なら例え火の中水の中、なんてね。自慢じゃないけど私、暑さに強いし泳ぎも得意なんだ。

 子供は何人欲しい?私は三……え?気が早い?そんなことないよ、だっていつかは考えることでしょ?

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インフルエンス

インフルエンス

 「なあ、祐樹、お前『追憶』もう読んだ?」

 俺の席の隣に腰掛けながら、大輔はこちらを見ずにそう訪ねた。

 「いや。見てない。お前は?」

 俺は顔だけ大輔の方を向いた。大輔はこちらを見る気はないようで、黒板を眺めている。

 「実は、昨日寝る前に読んだ」

 「ふうん、そうなんだ。実はって何だよ」

 「いやいや、何か祐樹さ、あんまり好きじゃなさそうだから」

 横目で俺の方を伺う。そうやっ

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チューハイ

チューハイ

 シャンプーが切れた。

 体を洗い終わってから気が付いた。シャンプーはいつも美咲が用意してくれていたので、完全に失念していた。

 もう一度予備がないか確認したが、案の定なかった。髪なんて一日洗わなかったところでそんな変わらないだろうとは思ったが、洗わないのは気分が悪かったし、明日は仕事が休みということも相まって、近くのコンビニまで買いに行くことにした。

 バスタオルを手に取り、体に押し当てる

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箱

それは非常に巨きい箱であった。箱と云うには余りにも巨大であり、然し箱としか表現の仕様がない。

「あの、済みません」

箱に近付く男性に声を掛けるが、此方に視線を向けることなく通り過ぎて行く。先程からずっとこうであった。誰に話し掛けても、誰一人として返事を寄越すことはない。まるで私のことなど視界に入っていないかの様に。

「そんな訳無い」

他所から移り住んだ私に対する嫌がらせだろう。再び箱に目を

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約束

約束

 先輩担当の患者さんのリハビリに伺った。その方とは2回程共にリハビリをしたが、かなり久しぶりだったので相手は私のことは覚えていなかった。認知症の診断も出ていたし、それは当然のことだった。
 挨拶がてら、病室から一緒に富士山を見た。彼女は、冬の富士山は綺麗ね、ここからは本当に良く見えるわね……と嬉しそうに景色を眺めていた。そしてそのキラキラとした目は、病院中庭の染井吉野へと向けられた。
「あれ、桜の

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悔やめど悟れず

悔やめど悟れず

 猫を轢いてしまった。

 会社からの帰りだった。上司の持ってきた案件のせいで残業をしなければ到底終わらない量の仕事が溜まっていて、連日22時前後に会社を出ており、その日も例外ではなかった。「こんなことになったのはそのせい」というわけではないが、要因の一つではあると思う。蓄積された疲労と寝不足で前方への注意が疎かになっていた。
 「山道では、動物が急に飛び出す」というのは知識として知ってはいたし、

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いつか死にゆくあなたへ

いつか死にゆくあなたへ

『2572年13月11日』
『音声データ受信、サブコンピュータヲ起動シマス』
『更新データ取得中…ネットワークエラーヲ検出シマシタ』
『ファイルガ正シク再生デキナイ可能性ガアリマス 音声データヲダウンロード中……』
『音声データノダウンロードガ完了シマシタ』
『送信日:2552年13月11日、タイトル未設定デス』
『音声データヲ再生シマスカ』
『20秒間応答ガ無イ場合、自動的ニ再生サレマス』
『音

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