私が躁うつとわかるまで⑤ 〜診断編(前編)〜
前回までは↓
いくら心療内科の受診を決意したからとはいえ、実際に行動したのは全て母でした。
滋賀の田舎に住んでいたため、私の家から近い場所にはなく、車で1時間のところが一番最寄りの病院でした。
予約方法は1ヶ月先のある期間の予約を毎週火曜日に電話で受け付けるという方法でした。
電話予約開始の朝9時に、両親総出の端末でかけてみるも、どれかが繋がった頃には予約はすべて埋まってしまっていました。
母は諦めず、予約受付時間外に電話をかけ、私の当時の精神状況を先方に話し、受診の緊急性を訴えました。
心療内科は母の話を受け、融通してくれることになり、翌週に受診することになりました。
初診当日、1時間車を走らせ、病院のあるビルの狭い駐車場に停めた頃にはすでに疲れ果て、心は折れていました。
受付で問診票を3枚受け取り、質問に答え、最後のページの裏の白紙には木の絵を描きました。
問診票を返して10分ほどで診察室に呼ばれました。
先生は若い女性で、おしとやかな雰囲気のある人でした。
今回受診するに至った経緯、現在の症状のほかに、下記のことを話しました。
18歳頃から生理前症状に悩まされいて、今はピルを飲んでいるにもかかわらず、出血1週間くらいになるとうつ症状も出ていたこと。(PMDD/月経前不快気分障害の自覚)
不定期で、今回のような長期的なうつ症状があったこと。
この話を受けて先生は、まずはPMDDの治療をしながら様子を見ることを勧めました。
先生は私に薬を飲むことに対する抵抗などはあるか聞いたのち、PMDDの代表的な3つの治療法について丁寧に説明しました。
①低量ピルの服用
②漢方の服用
③SSRIの服用
私はすでに①低量ピルは服用していたため、②漢方から初めて見るのはどうかと勧められ、まずは漢方を2週間試して様子を見ることにしました。
初診から2週間後、再診の日を迎えました。
漢方を1日2回欠かさず飲んでいましたが、効いているのかはわかりませんでした。
母が来るきっかけとなったブレイクダウン後、大きな絶望感に耐えられなくなったことはありませんでしたが、依然として幸福感や希望も全く感じることはなく、自分の現状が情けなくなり涙を流すことが多かったように思いました。
先生はこの話を受け、SSRIの服用を勧めました。
SSRI (選択的セロトニン再取り込み阻害薬) とは、
幸せホルモンで知られるセロトニンの働きを強め、憂鬱な気分を改善する薬でありり、PMDD(月経前不快気分障害)だけでなく、うつ病にもよく処方される抗うつ薬である、と先生は説明しました。
先生は、慢性的に沈んでしまっている気分を底上げしてくれる薬、と簡単な言葉でも説明してくれました。
1日1錠から始めることになり、2週間分処方され、診察は終わりました。
2週間後、投薬の効果は見られず私のSSRIは1日2錠に増えました。
後編はこちら↓
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