#エッセイ
(20)タイとインド、1年半の瞑想生活
タイ大学を辞めて、まず最初に行った日本の千葉にあるヴィパッサナー瞑想センターで出会ったイスラエル人の男性がタイのバンコクに住んでいて、部屋も余っているし遊びにおいでよと言ってくれたので、人生ノープランだったわたしは誘われたままにタイに行くことにした。
タイはバンコク、チェンマイ、パーイに行った。バンコクのイスラエル人の友達の家にはメイドの女の子がいて毎日フムスを使ったイスラエル料理を作っていた。
(13)「人生を愛する」の意味を知った日
死ぬまでに必ず行くと決めていたウユニ塩湖。南米の最南端のウシュアイアという国で、ピースボートを一時離脱し、陸路にて女友達と2人でバックパックで南米を旅した。
アタカマ砂漠から2泊3日かけてウユニへ。
その道中、見たこともない自然を
涙が出るほどの絶景をたくさん見た。
生きててよかったと、
自分が自分でよかったと、
地球と自然にありがとうと、
心から思った。
有無を言わさず
無条件に
生命を全
(12)大切なのは外側に向いているまなざしを内側に向けることだった。
「何か」や「誰か」の犠牲の上に成り立っているシステム
そうして、ピースボートにのり南半球をまわってきて世界の光と影を知り、「どうにかしたい世界」を作り上げてるのは、自分たち先進国なんだと知り、なにが国際協力だよ、なにが貧困、格差をなくしたいだよって、そう自分に思った。
全て根っこには先進国の存在があって、日本に生まれ落ちた自分にもそのシステムに加担した暮らしがそこら中に散りばめられていることに、
(11)わたしを180° 変えた3つのきっかけ
ピースボートでわたしを変えたきっかけは3つ。
①タヒチという国
「人間がにんげんを生きる姿」
②世界一貧しい大統領と言われているウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領
「お金では買えない『時間』をどう使うか、どう使いたいか」
③パーマカルチャーを提唱する共生革命家のソーヤ海さん
「人と自然が共生できるデザインを生きる」
人間がにんげんを生きる姿ひとつめはタヒチという国。
南半球を一周した
(10)フリーハグ「心を通わせ合う力」を私たちは生まれながらにみな持っている
平和とは。
私は、大学で教職課程と国際協力を勉強していたこともあり、貧困や紛争や格差などのトピックに触れる毎日で、いつか平和な世界をつくれるのか?一体何をすればそんな世界が来るのか?と、漠然と考えてた。
そんなあるとき、「そもそも平和ってなに?」という疑問が生まれた。ただの概念でしかないし、人それぞれ心の中で平和の定義も違う。人々の中で定義が違うものを作っていくことなんてできるのか、などと思って