白い息、雪、目黒川。水は愛に例えやすい

だんだん街は眠りにつく、繁華街から少し離れた駅を降りて雨の中走る。帰り際に君がくれた傘は電車の中に置いてきた。だってこんなのくれたって困る。駒沢通りを渡る歩道橋を駆け抜ける頃には雨は雪に変わってた。ほんの500mくらい走っただけで息が上がってて、煙のように白が濃い。ホワイトアウトした眼の前の景色に5時間前の出来事を何年も前に起きたことのように懐かしんだ。

知らない駅の出口を出て通り沿いに立つ、君はまだ迎えに来ない。ここは山手通り?青梅街道?山手通りなら中目黒、青梅街道なら荻窪。どっちも私の故郷だから、この通りがどこか故郷へ繋がってると思えば怖くない。ひたすら歩いていけばいつか辿り着ける、確信のこもった通り。

運転できないしむしろ免許すら持ってないから私は通りの名前に詳しくない。けれど最近は意識的にどことどこが同じ通りで、どこまで続いてるのか気にするようにしてる。どこにいても帰れるように保険をかけているのかも、実際にはどこにいたって私の行動範囲なら──23区なら新宿区、渋谷区、目黒区、港区、世田谷区、杉並区、区外なら武蔵野市──電車でもタクシーでも帰れるのに。心はすぐに身体を置き去りにしてどこかに行ってしまうから無意識のうちに帰る場所を探してる。


知らない部屋 知らないお香の匂い エキゾチックな香りは白檀? でもなんだか落ち着く。聞き上手なんて、嘘つきだね。君ばっかり話してる。

東京タワーもスカイツリーも見えない街 でも気に入ってる。都会なのに静かで川の流れる水音だけがかすかに聞こえる。

春にはきっとこの川沿いに桜が咲くんだろうってことは知ってる、冬。今は何もない。裸で老いた木の枝、拾ったら粉々になりそうなほど乾燥した落ち葉、川底が見えそうなほど浅く・止まっていそうなほど動きのない細い水の流れ。物騒だけど台風が待ち遠しい。どれだけ水嵩は増えるのだろう。川の流れを君への気持ちに例えたら?獰猛に 暴れるように自然の強大なエネルギーによって荒れ狂うコントロールの利かない狂気の愛。そんな愛に溺れられたらいい。今はじっとりとぬかるんだ底のない沼のような泥に足をとられ身動きができない。愛によって蝕まれるのではなく、愛を使って私も君も壊したい、押し流してしまいたい。

いつでもキスできたのにしなかった今日の君の部屋にいた自分をバカ、と舌打ちして、まだ息は白い。カシミヤのストールに顔をうずめて、多分白檀の香りを吸い込んだ。


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