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「お父さんとお母さんは二人で一人前なのよね」

母が洗濯物を畳みながらポロっと発した一言だ。

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父も母も70歳を過ぎて物忘れがひどい。
人の名前が思い出せなくて、あのー、えーと、なんだっけな、ほらあれ、えーと……を繰り返す。

見かねた私や弟が助け船を出す。


「プーチンね」

「そうそう!プーチン!だめだ〜、ほんっとに人の名前が出てこないんだよな〜」


と情けないことを言う。

どうやらロシアの大統領の名前が思い出せなかったらしい。

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70歳を過ぎれば体にもがたが来る。

何もないところで躓く、腰が痛い、膝が痛い、肩が上がらない……。
あちこちが痛みを抱えながらもだましだまし日常生活をこなしている。


父と母には私を含め3人の子どもがいる。

3人とも独立し、今実家には父と母しか住んでいない。齢70にもなったシニアが二人で支えあいながら生きているわけだ。

田舎の一軒家暮らしは都会のマンション暮らしよりやることが多い思う。

朝起きて、決められた曜日に家中のゴミ箱からゴミを集め、近所の収集所にゴミを出す。

朝ごはんを作る。コーヒーを入れる。身支度をする。

神棚のお水を変える。仏壇に花を生ける。

仕事に行く。

米を精米する。家庭菜園と庭の植物に水を撒く。

母が育てたスナップエンドウを収穫する。

夕飯の買い物に行く、調理をする。

風呂を洗って湯をはる。

食べ終わった食器を食洗器に入れる。

母はショップチャンネル、父はNGT48のショールームを見る。

歯を磨いて寝床に入る。


朝起きて夜寝るまで、いくら70歳のシニアとはいえ、やることは多い。都会のマンションで一人暮らしをする私より日常のルーティンか多い田舎の二人暮らし。

そんな日常のルーティンを全て二人で協力して生活を成り立たせている。



「お父さんとお母さんは二人で一人前なのよね」



記憶力も衰え、体にもガタがきて、若いころに難なくできていたことがどんどんできなくなる。だから二人で一人前なのだ、と母は言う。


私はこの歳で独身、結婚に憧れを持ったことは過去に一度もない。むしろ自由を奪う束縛だとさえ思って生きてきた。


だから、結婚して子どもをもうけ、家を建て、幸せに暮らす弟夫婦をみても何ら羨ましいとは思わなかった。


だけど。



母が洗濯物を畳みながら言ったこの言葉、


「お父さんとお母さんは二人で一人前なのよね」


これを聞いたときに、初めて結婚を羨ましく思った。


どんなに激しく喧嘩しても、時に本気で憎しみあっても、赤の他人だった人と45年連れ添ったのちにそう言える関係性になったなら、それは人生の財産だと思う。

そしてそれは、誰もが手に入れられるものではない。

喉から手が出るほど欲しくても、だ。

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「いい言葉だね」

わたしはそう一言返して洗濯物を畳むのを手伝うことにした。

 




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