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Netflixの韓国映画『サバハ』を今更観たら難しくも普遍的なテーマに打ちのめされた話

もしも、あなたが引いたおみくじの番号が「第四番」だったら、結果を見るより先に
「悪そうだな、もしかして凶かも」
と思ったりはしないだろうか。
……そして目の当たりにした結果が凶だったら更に
やっぱり
と思ったりはしないだろうか。

Netflixで公開されている映画『サバハ(原題:사바하)』を観た。
端的に言ってしまえばかなり難解な部類に入る作品だと思う。
これは、宗教的な文化への予備知識の有無でかなり解像度が分かれるだろうな(下手したら、予備知識がないとストーリーについてくるのがやっとで、予想の覆るどんでん返しとかショッキングな真実のシーンで前もっての予想すらできず、全く驚けないのではないかというレベル)、という感じ。

予備知識、というのはつまりモチーフになっているものの“元ネタ”への知識の事だが、このあたりの知識のない人や興味のない人にも、この映画のテーマ・映画が語りかけてくるものに関しては、私は分かりやすく話せると思っている。

それが記事の最初に書いたおみくじの話だ。

繰り返す。
もしも、あなたが引いたおみくじの番号が「第四番」だったら、結果を見るより先に
「悪そうだな、もしかして凶かも」
と思ったりはしないだろうか。
……そして目の当たりにした結果が凶だったら更に
「やっぱり」
と思ったりはしないだろうか。

おそらく日本人の多くがこの二つの問いかけに二度とも頷いてしまうと思う。

映画『サバハ』が語りかけ、また不穏で救いのない感情とともに残していくものに関して、今回は書いていく。

『サバハ』ポスタービジュアルより

※最初に冒頭のあらすじを書いた後、警告文を挟んで、以降ネタバレ有りの感想や考察となります。

■あらすじ

ある日、この世に双子が生まれた。
一人は毛に覆われていて醜く、胎内でもう一人の脚を傷つけていたという。
醜いほうの子はじきに死ぬとされた。母親は出産後ほどなくして亡くなり、父親も死亡。
脚に傷を負って生まれてきた女児は祖父母のもとですくすくと成長した。が、死ぬと見られていたもう一方の、異形の子もまた生き続けている。

韓国の都市部。
キリスト教を信仰しながら、同時に有害なカルト宗教の調査活動をしているパク牧師が新たに目をつけたのは、鹿のマークをシンボルにした仏教系の新興宗教。
弟子に潜入捜査をさせた結果、その宗教が崇めているのは仏ではなく“将軍”と呼ばれている荒々しげな鬼神だった。
この集団がインチキカルトだと証明する方法は、彼らがインチキな経典を用いているという証拠を得る事。
そう考えたパクは調査に一層熱を入れていくが、その先に次々見えてくる、その宗教のルーツが、社会に影を落とす闇が、彼を予想だにしなかった真実へと導いていく……。

※ここからは、映画のストーリーや展開、キャラクターに触れる感想・考察になります。ネタバレ注意!

□過去へ遡る事で次々明らかになるカルトの正体と潮流、組み込まれた宗教的要素が謎でありヒント

物語は、新興宗教「鹿野苑」のインチキカルトぶりを暴こうとする主人公・パク牧師の調査に沿って謎解きがなされ、そこに陸橋から見つかったミイラ死体の事件が外周から絡み合うような形で結びついていく。
過去へ過去へ遡り、驚くべき邪悪を知ってしまう謎解きは、名作Jホラー『残穢』のようにショッキング。
しかし、仏教の概念による新興宗教への分析が筋道となる為、こちらの予備知識がなかったり、興味が持てない人にはイマイチ没入しにくい感は否めない。

とはいえ、物語の中で宗教的な物事への説明はしっかりされていくので、本腰入れてじっくり理解しながら観れれば大丈夫。
序盤で、お互いを
「広目様」「持国様」
と呼び合う二人の男のシーンで、
「こいつら四人組か!?」
と察するくらいの知識があればスムーズかな、くらいの感じ。

パクがキリスト教を信仰している事(牧師なのでプロテスタント)、パクの調査する鹿野苑が仏教系の信仰を持っている事、更に地下鉄でのテロ事件や即身成仏(即身仏、ではないので注意)等日本の宗教史にも触れているので、これらに興味があったり、知識のある人はキーワードや登場人物を観ていてめちゃくちゃ面白いはず。
「そこでそう来るか!」
的な、パズルのピースが知識のレールの上を滑ってピタピタ嵌まっていく感じは脳から汁が出た。

天部(○○天、という名前の仏尊。有名なのだと弁才天や毘沙門天など)の四天王の名を冠する四人の弟子達のくだりも、仏教の元ネタそのままでびっくりするほど良い。
天部は分かりやすく言うと
「仏様の教えで改心したり仏教に帰依した、元よそ者や元ワルの神々」
みたいな存在。これは仏教上の設定で、現実としては、元々別の宗教を信仰していた地域に仏教が拡大していく過程で吸収された神々だ。

『サバハ』で四天王の名を与えられた四人の男達は、過去に殺しの罪を犯し、仏教のもとで更正した少年達だった。
映画劇中でも語られる事だが、
“獣だったのが諭されて改心し、教えを守る将軍となる”
という天部を地で行く形で任命されている。

こういう“宗教的な概念そのまんま感”が、現代社会を舞台に綿密に張り巡らされた伏線に時折ストレートな解として組み込まれており突然の答え合わせみたいになるので、人によっては置いてきぼりになったりトンデモ設定に見えたりするだろうが、この手の学問が好きならグイグイ引き込まれてやまないだろう。
この感じは『セブン』とかに近いけれど、違うのは『サバハ』で起こっている事件にはバリバリのオカルト要素がある事だ。

□おみくじの話と『サバハ』が問いかけるもの

この記事の冒頭で私は「おみくじ」の話に触れたが、三たび書いてみる。

もしも、あなたが引いたおみくじの番号が「第四番」だったら、結果を見るより先に
「悪そうだな、もしかして凶かも」
と思ったりはしないだろうか。
……そして目の当たりにした結果が凶だったら更に
「やっぱり」
と思ったりはしないだろうか。

一つ目の問いかけに「Yes」と頷いた人の理由は多分、第四番→四→死、を連想し、四を不吉だと考える俗信に基づいて
“何だか嫌な感じ・縁起の悪い感じがした”
から……というのが大半だろう。

更に二つ目の問いかけにも「Yes」と答えた人は、四という数によって受けたこの“嫌な感じ”が“的中した”という辻褄の合い方のようなものに
「やっぱり悪い結果だったか~」
と感じたのではないだろうか。

・物事に対して、正邪(或いは真偽)の基準となる価値観が己の中にあり

・起きた事がその価値観を参照した通りになっていると、辻褄が合っていると感じ、価値観の正しさを確信する

ここでなされた判断はこの二つ。
これは多くの人間にとってごく日常的な判断であり、おみくじ等の占いや縁起かつぎにとどまらず、広い意味では科学的なものも同じである。
エビデンスに拠り、結果を科学的に肯定する、というのもまた「基準となる価値観」に「辻褄が合ったから信じる」という判断にほかならない。

何かを“信じる”とはこういう事だ。
そしてこの“信じる”事により下す判断の危うさと、(神であれ科学であれ)何かを信じて生きるのが当たり前である全ての人間の、どうする事も出来ない心理こそ、『サバハ』のテーマだと私は感じた。

物語の終盤、醜く生まれ悪鬼だと疎まれてきた双子の片割れが、弥勒菩薩の化身であるような姿をあらわす。

こんなにも尊い存在を人々は何故悪鬼だと虐げていたのか。それは醜い姿と、双子のもう片方を傷つけたという二つの事象から感じた邪悪性から判断したからだ。

ここは、物語の中の迷信深い辺境の人々でなく映画を観ている観客には「変わった姿の子供が生まれた」というだけの客観的・科学的に見られるはずの事象だが、映画はこの双子の出生が語られるシーンで、鳴き騒ぐ黒ヤギを映す。
続いて、双子の引っ越してきた場所で起こる家畜の大量死の描写。

言うまでもなくキリスト教において「黒ヤギ」は悪魔の象徴であり、「動物の大量死」は災厄である。
キリスト教徒以外にも広く知られているこれらの描写がある事で、観客も醜いあの子供が“邪悪なもの”だと「理解する」。
いや「判断してしまう」。

邪悪と思われたその子は、物語終盤、菩薩の化身としての姿をあらわし、広目天の名を冠する青年を説き伏せる奇跡とどんでん返しが起こる。
……しかしこれは物語としてはっきり語られるわけではなく、十二本の指と、広目天とその母親しか知らない思い出を知っていたという超常の事象により“示され・そう判断できる”というだけに過ぎないのもまた、特筆すべき所だろう。

信じるとは何か。祈るとは何か。
私個人としては、2022年のホラー映画界でこれらの要素に残酷な程に言及し話題となった『女神の継承』及び『呪詛』を観た後でこの映画を観ようと思い立った事は幸福だった。
本当にいいタイミングで観たな、と思う。

これまで熱心に“正しい”信仰を持ち、それに拠ってインチキカルトを信じる人々を暴いてきたパク牧師。
一連の事件の元凶だった、かつて確かに聖人だったのに宿命に抗い子供を殺してでも生きながらえようと渇望し邪悪に落ちた男や、その真実に行き着くきっかけとなった、イエスの出生に際し王によって多くの子供が処刑された悲劇に思いを巡らせてきた彼は、映画の最後に呟く。

主よ、どこにおられるのですか。
我らの願いを聞き入れて下さい。

“サバハ”ーーその言葉の源流は“スヴァーハ”。
日本においては「ソワカ」と音写される、仏教の祈りの言葉である。
その意味は、
“どうか、この願いを叶えたまえ”ーー

□Netflixサムネ問題の雑談

この映画に関しては、緑がかった画質に持ち込まない韓国ホラーのソリッドな暗さはやっぱりいい!とか象のシーンとかまだまだ語りたい事がめちゃくちゃあるくらいツボにはまったのだけど、私がこんなにも楽しめた『サバハ』をこれまで観て来なかったのには理由がある。
それは……Netflix上のサムネイルに全く惹かれなかったから。

サムネは何種類かあるんだけど、あの蛇とあのフォントでは、この映画のテイストを好むだろう層は「観てみよう」とはならないんじゃないだろうか。
ポスタービジュアルそのままか、もっとこう、女神転生みたいにすればいいのに。

勿論ネタバレし過ぎないサムネって難しい、それは分かる。だけど
「何でこのシーンだよ(笑)」
「サムネで思ってたのとこの映画違いすぎる(笑)」
みたいな事が結構あるよねNetflix。
逆にこうなると、昔から言う“ジャケ買い”的な楽しみ方もアリな気さえしてくる。
作品詳細とかジャンル検索全く見ずに、画面からあの赤いN+画力(えぢから)の雰囲気だけでこの映画観てみよう!!ってインスピレーションで、意外な名作に出会えるかも。

……とかあたかも新しい発見みたいに書いててアレなんですが、私がここまで惹かれなかったサムネの『サバハ』を観た理由って、
「え、サバハってもしかして仏教の娑婆訶?」
って気づきの他に

この蛇のサムネ、怖いと見せかけて全く怖くない蛇頼みのB級ホラーの可能性あるな!B級ホラー観たい気分だし観たろ!

ってのがきっかけなので……ジャケ買いならぬ“ジャケ舐め”なので……いやまさか軽はずみにタップした蛇のサムネから、こんなに重厚なテーマの仏教ホラーが繰り広げられるだなんて。

逆に何で今までしてこなかったんだろう、ってくらい、一昔前にレンタルショップでよくやってた、ジャケ借りのドキドキ感が再燃してきましたよ。

みんなの「ネトフリコレジャナイサムネ」「サムネ詐欺」みたいなのあったら、ぜひ教えて下さい。


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