やりたいことと、世間に求められていることのギャップについて
「デトロイト・メタル・シティ」
原宿系のポップでお洒落なミュージシャンになることを夢見て上京した、心優しき青年の根岸(松山ケンイチ)が、自分の志向とは真逆のデスメタルバンド、デトロイト・メタル・シティのボーカル、ヨハネ・クラウザーII世をやらされている。もうこれだけで葛藤があって面白い。
訂正、「やらされている」と書いたが元々の性格からか、クラウザーII世になった彼は、全身全霊で悪になろうとする。手を抜かないし、暴言も厭わない。強烈なカリスマ性さえ感じる彼が一転、化粧を落とした瞬間、素の根岸に戻る。そのギャップがたまらない。
物語の中盤で帰省する場面が特に興味深い。クラウザーII世が嫌で逃げたけれども、(おそらく)衣装やメイク道具を持参している所に彼の真面目さを感じるし、弟が悪の道に染まらないようにするため、あえてクラウザーII世の恰好のまま説教するのも彼らしい。お母さん、クラちゃんと息子がイコールであることに気づいているんだろうな。
自分の好きな音楽がそのまま世間に認められ、大ヒットとなったら最高だと思うけど、世の中そう上手くはいかない。作中の大事な場面で、彼はそれを試してしまうが、結果は散々である。観ながら「イエスタディ」という映画を思い出した。この作品は、地球上の人が一夜にしてビートルズを忘れてしまうSFで、主人公は彼らの音楽をコピーして一躍有名になる。次々と曲が受け入れられる中、自分で作った歌をしれっと混ぜたがそれだけはボツを食らってしまう。世間が求めているのは、自分の歌ではなく、あくまでもビートルズの歌という残酷な答えが分かってしまう瞬間である。
クラウザーII世ではなく、おしゃれなミュージシャンで成功したい。やりたいことと、世間から求められていることのギャップに彼はどのように折り合いをつけるのか。ラストのそのあたりが若干唐突に感じたけれど、久しぶりに観てやはり面白かった。(多分12年ぶりに鑑賞)
デトロイト・メタル・シティは、2008年の作品。この年は皆まだガラケーだった所に時代を感じる。そしてライブシーンで当たり前だけど誰もマスクしていない。勝どき橋を走るクラウザーさん。そこ私も歩いたことある。そして長身の松山ケンイチさんにクラウザーII世は結構ハマる。
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