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【童話】かいものかご(買い物かご)

☆2018年の夏、鎌倉の坂の下の海岸にシロナガスクジラの赤ちゃんの死骸がうちあげられました。この騒動をモチーフに、自然や環境問題について幼いこどもが楽しく関心を持てるように、私自身の子供の頃の懐かしいエピソードを交えて書きました。掲載したクジラの写真は、実際に浜辺で撮影した物です。

対象年齢は幼稚園年中〜小学校一年生。オリジナル版は小学校一年生の児童が自分で読む想定で書きましたが、ここでは大人が読みやすいように、学習漢字以外を使用しています。

※短編小説「山の上の美容院」の中で主人公・陶子が母に読み聞かせた童話は、この「かいものかご」のお話です。

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買い物かご 


 夏休みのある日のこと。ばあばの家の近くの海の砂浜に、死んだくじらが打ち上げられた。テレビでニュースを見たかっちゃんは、次の日の朝、ばあばの家まで自転車で飛んで行って、それから、ばあばと二人でくじらを見に行った。 

クジラと人々

クジラ海

 ざくざくざく。ばあばの家から細いじゃり道を通って、海まで歩いていく。砂浜につくと、大人たちがたくさん集まっていた。ぐったりと動かない大きなくじらを囲んでいる。これからクレーン車で動かして、博物館にくじらを運ぶらしい。漁師のおじさんが、危ないから近寄らないようにと言った。二人は少し離れたところで、しばらくくじらをながめて、それから、ばあばの家に帰ってお昼ごはんを食べた。そーめんを食べながら、ばあばが言った。
「昔はね、くじらの肉を食べたのよ。いまはくじらの数が減ってしまったから食べなくなったけれど。買い物にだって、買い物かご持って行ったのよ。スーパーもコンビニもレジ袋もなかったから、買い物かごを持って八百屋、肉屋、魚屋、順番にまわって買い物したんだよ」 

 ばあばはそう言って台所へひっこむと、木の枝のようなものでできた四角いかごをもってきて、ひょいと肩にかけた。
「ほら、こうやって。これはね、藤(とう)をあんでつくった買い物かご。ばあばがつくったの。かっちゃんにあげるよ。」  

 お昼ご飯を食べ終わると、かっちゃんはまた自転車を飛ばして家に帰った。玄関で靴を脱ぎすてて、買い物かごをもって、お母さんのところへ行った。
「ぼく、買い物にいきたい!」
「なあに、突然。あら、それ、ばあばのお買いものかご?」
「ばあばにもらった。なにか買うものない?」
「そうねえ。じゃあ、とりのから揚げ四百グラム。ひろくんちの向かいのお肉屋さんね。でも、その前に、麦茶を飲んで休んでね。熱中症にならないように」
お母さんはそう言って小さなお財布を持ってくると、かっちゃんが抱えた買い物かごにポトンと入れた――。

  
  

「はい、いらっしゃーい!」
「あのお。とりのから揚げ四百グラム、ください。」
かっちゃんは小さな声でいった。
「ほいきた、とりのから揚げ四百グラムー。」
肉屋のおじさんがガラスケースのむこうで歌うように言った。おじさんは太っちょで坊主頭で、まゆげと目は細くて吊り上がっている。じゅわー。おじさんが大きな油の鍋にとり肉を投げ入れた。しずかに小さな泡がたつ。ぷくぷくぷく。じゅわじゅわじゅわー。とり肉が油の海で浮かんで沈む。ぷかぷかくるくる、ぷかぷかくるりん。
「ちょっと待ってねー、いま、とりさん、泳いでるからねー」
おじさんはまた歌うようにいうと、こっちを振り返ってニヤッと笑った。細い目の上下がくっついて、一本の線みたいだ。
「泳いでるだって。とり肉が泳ぐわけないじゃないか」
かっちゃんはショーケースのガラス越しにおじさんと鍋を見ながら思った。静かに油の音だけが響いている。じゅわー、ぷくぷくぷく。じゅわじゅわじゅわー。ぷくぷくぷく。じゅわじゅわじゅわー。

  
  

「あれ?ここはどこ?」
気がつくと、かっちゃんは海の中にいた。
ペットボトル、コンビニ袋がふわりふうわり漂う海の中、魚たちはヒョイヒョイと上手にゴミをよけながら泳いでいる。
「わっ!」
かっちゃんは叫んだ。大きな黒いクジラが目の前にぬっと現れた。
「おい、おまえたちのせいで、海はこんなに汚れちまったんだ!…いてて、ああ、おなかが痛い。まちがえて飲み込んだペットボトルが、おなかの中でぶつかってるんだ。ガラガラガランガラン、音がしてる。おまえにも聞かせてやろうか?」
くじらは大きな口をがばっとあけると、かっちゃんを一気にのみこんだ。
「うわあーーー!」

  
  

 かっちゃんが目をさますと、壁に貼られたあいうえをのポスターがぼんやりと見えた。おや、おいしい匂いが漂ってくる。お母さんが夜ごはんのから揚げを揚げている匂いだ。
「ああ、よかった。夢だったんだ」
かっちゃんは階段をかけ下りて台所へいった。鼻唄を歌いながら、から揚げを揚げているお母さんの背中が見えた。
「お母さん」
「あら、起きたわね?あなた、ばあばの家から帰ってきて、麦茶を飲んだら寝ちゃったのよ」
お母さんは振り返って、かっちゃんに向かって言った。そうだったのかと思いながら、かっちゃんは言った。
「お母さん、ぼく、買い物に行く!何か買うものない?」
「そうねえ、じゃ、ヒロ君ちの八百屋さんでネギを買ってきて」
「わかった!ばあばの買い物かご、早くかして!」
すると、お母さんはいつものように、ニヤッと目を細めておどけて言った。
「ちょっと待っててね。いま、とりのから揚げさん、泳いでるからね」


「かいものかご」茉莉花/文・写真、Mame Chang /イラスト(2019年4月執筆) 

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