短編小説23-1「君は鏡なんか見ないと言ったけど」
《君の眼で見えてるものが、
皆と共有できてるとは限らない》
「美千(みち)、誕生日おめでとう! これプレゼントだよ、欲しがってたバッグ!」
「えっ嘘っマジで!? ちょーうれしー! ありがとー! でもこれ高かったのに」
「バイト入れまくったからな!」
「ホント光(こう)君大好きー!」
待ち合わせ場所は駅前の噴水広場。高校生の男女が、周りを気にせず大きな声で話していた。
女子高生の美千(みち)は、プレゼントされたバッグを右手に下げたまま、光(こう)に抱き着く。自然と顔が緩むのは、男子高校生であれば仕方がない。
おそらく、男子高校生のそれを《女子高生》美千(みち)は、本能で理解している。
しかし、この絵面には少々違和感を感じる。
何が違和感を与えてくるのか。
その理由は、美千が持つ鞄だろう。高校生にしては背伸びしすぎな、分不相応な物であることを不釣り合いなセーラー服が物語っているからだ。
「じゃあさ、早く使いたいから週末デートしようよ光君っ! フューチャー・スタジオ・ジャパン!」
「FSJ!? いいね行こう行こう! あ、門限大丈夫?」
「うん、その日はなんとかするね。でも今日は、もうやばい……」
広場にそびえ立つオブジェを同時に見上げた。てっぺんに時計が埋め込まれているためだ。
その針は、そろそろ八時ということを知らせてくる。
それにしても時計の場所が上過ぎる気もするが、遠くからでも見えるようにということなのだろうか。
見難い時計から目線を落とすと
「ばいばい光君!」
美千が家路へ駆けて行った。
☆
女の子の朝は大変だ。起床後は、洗面所へ直行する。寝ぼけ眼をそのままに呆ける秘(ひめる)は、鏡を見る前に、躊躇した。その理由は……。
「おっはよー!」
朝一番の元気な挨拶。それは男の声だ。
「見ないで」
洗面所の前で俯いたままの秘は、不機嫌な声で言う。寝起きが悪いのだろうか。こういう子の扱いは面倒だ。
「え~、そんなこと言わないでよー。ずっと待ってたんだからさ~」
「寝起きなのっ」
「寝ぼけた顔も可愛いよ」
その男は、不機嫌な態度を物ともせずに、明るく接する。しかも、それだけに収まらず口説き始めたではないか。だが、秘には何も響かなかったようだ。
「はいはい、ありがとありがと。わかったから後ろ向いて」
冷静にあしらわれた。
まだ俯いたままの秘に素直に従い、鏡の中で後ろを向く男は、そのまま話し続ける。鏡の中で、だ。その鏡に秘は映らない。
「おれさ、鏡とか窓にしかいられないじゃん?」
「そうだね~」
「こっから出られないわけよ」
「うんうん」
「ひめちゃんさ、寝る時カーテン開けてくれない?」
「いや」
鏡の中の男に、顔を洗いながらしょっぱい返事をする秘は、男の願いを即答で拒否する。
「寝顔」
「いや」
最後まで言わせずに拒否する。先が読めるのだろう。
「もっと会わせてよ~」
「だいたい鏡に自分が映らないことの不便さがわかる?」
駄々をこねる男に、ピシりと指を押し付ける。その指先に血が集まるくらい、強めに。といっても鏡に押し付けるだけだから、鏡が濡れただけだ。
「いや、それはこっちもだよー」
そう、男の方も鏡に映らないのだ。しかし気にしている様子もなく、秘はそこも気に入らないみたいだ。
「光(こう)君はただのチャラい人だから役得でしょうけど。私にはメリットがないじゃん」
「うわぁだいぶ嫌いだね……」
「そうね」
男の名は光(こう)らしい。互いに名前は知っているようで、相手を呼ぶときは光君、ひめちゃんと呼びあっている。
「でもさ、俺ひめちゃん好きだよ?」
「会えないのに? それでいいの? どうやって会うの?」
「質問攻めだね。会うのは、こうやってさ」
鏡の中で振り返る光に、秘は無表情で言う。
「これは会ってるって言わない。見えてるだけ」
「あ、そこ寝癖残ってるよ」
「見るなっ」
と、鏡に水をかける。毎朝洗面所の掃除が大変だ。
「へぇい」
「鏡の中にしかいられないんだから、好きになられても困るだけ。じゃあね」
「ひめちゃんいじわるぅ~」
鏡の中に光を残して、出かける準備をする。今日は先輩の高守(たかがみ)と出かける予定があるのだ。高守(たかがみ)は秘が懐いている先輩で、最近は受験勉強を見てもらうことも多い。
高校の先輩というだけでなく、大学受験の先輩でもあるのだ。
☆
「おはよう秘」
「高守先輩、おはようございます」
「先にお花を積ませていただきまーす」
「はい、どーぞー」
先に駅についていたのは高守だった。彼女は秘が到着するのを待ってからトイレに行こうと思っていたのだろう。
一人、駅前で待つ秘に声がかかった。
「ね、ね。可愛いね、俺と一緒に遊ばない? 楽しませてあげるからさ。とりあえず連絡先でも交換しようよ。いやぁ、今日は幸運だなぁ。こんな可愛い子に会えるなんて」
「はいはい、うるさいよ」
そんなナンパを一蹴する。けれども、ナンパの声は他人には聞こえないから小声で言った。
ナンパ野郎は、ショーケースにいる光のおふざけだったからだ。
「ひめちゃんキツーイ。けどそんなところが可愛いっ」
「光君、なんでついてくるの。今日は高守先輩がいるんだから、やたらに話しかけてこないで」
「ゆーても、俺ひめちゃんが居るとこにしか居られないし……」
「それは仕方ないけど、話しかけるなって言ってるの」
「そんなんつまんないよ~」
「はいはい」
「つっめた! ひめちゃん最近つっめた!」
「おまたせ秘~」
「先に待たせちゃったのは私ですから」
高守の帰還と同時に光を無視する。
「じゃあ映画観に行こっか、あれ楽しみにしてたんだよねぇ」
「先輩もですか? この監督の前作面白かったですもんね! 『割れた鏡の純恋歌』!」
「ヒロインが、歌いながら坂をスキップするところとかね」
「ビルの屋上から紙飛行機を飛ばす主人公もかっこよかったですよね」
前作の感想を話しながら、映画館へ向かう二人を光は寂しそうに見ていた。
秘の通る道にショーウィンドウがあればそこに。車が通ればその窓に。入り口にガラスドアがあればそこに。光は、常にいた。
「面白かったですね~」
「うん、キュンキュンしたよね」
「先輩もしましたか」
「ヒロインが羨ましかったなぁ」
高守は、今を幸せそうに話す。秘をチラッと見やり
「ごはん食べてかない?」
「私もそのつもりでしたよ」
「やったぁ! じゃあね、私行きたいところあるの」
「えー、先輩の行きたいところですか、気になります!」
秘の好感触な反応に、満面の笑みでピョンと跳ねる高守は、可愛い。秘も可愛いと思ったのか、小走りで寄っていく。
「ひめちゃんさ、俺のこと放っておきすぎじゃない?」
無視、ではなく聞こえていないだけなのだが、光は無視されたと感じていた。
高守に連れてこられたのは、水槽のある綺麗なレストランだ。入り口に光もいたが、言葉を交わすことなく、中に入る。
「先輩こういう所、よく来るんですか?」
「まさか~。秘と来たかったから探してただけだよ」
もじもじしながら答える高守。グラスに映る光は、秘ではなく高守を見ていた。
「ひめちゃんさ、この人どうなん」
「え?」
「高守って先輩、結構頑張ってるじゃん。もういいんじゃない?」
「何のこと、光君」
グラスに映る光と小声で喋る。
「どうしたの? なんか言った?」
高守に聞かれてしまったが、なんでもないと誤魔化す。
それからのレストランでは、映画の感想や趣味の話、次の予定の話から受験勉強の日程など、色々な話をした。
さぁ帰ろう、というところで高守が呼び止める。
「秘、ちょっと散歩しない?」
「え? いいですけど……」
駅とは逆方向に散歩する。
「今日は楽しかったね」
「はい、先輩といると楽しいです」
一呼吸おいて
「秘、敬語やめにしない?」
「どうしてですか?」
「秘には使ってほしくないなって……」
「使ったら嫌ですか?」
「うん、嫌」
「……どうして」
「秘が好きだから! 私の彼氏になってください!」
え。と秘の時が止まる。
高守が秘のことを好きだったことが、驚きで。だって同性だし……と思ったが、ふと思い出すと、高守は彼氏に、と言った。
そのセリフが秘をさらに混乱させる。
「ひめちゃん、どうするの」
ショーウィンドウに映る光が聞いてきた。
高守には、光の声が聞こえないため、告白の続きを始めてくる。
「返事は、さ。次の家庭教師の時にでもいいから聞かせてほしいな。……ぶっちしたら怒るからね、あははっ」
そう笑って、高守は走って行ってしまった。
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