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松山のローカルな和菓子「醤油餅」。140年続く老舗の挑戦は続く|白石本舗

愛媛・松山の醤油餅をご存知だろうか? 

「醤油餅」と聞くと、全国的には磯辺焼きのイメージを持つ人が多いのだろうが、松山人がイメージする醤油餅はちょっと違う。醤油が練りこまれたういろうのような和菓子で、小判形や捻った形など、スーパーの和菓子コーナーでも日常的に見かける、松山では馴染みのあるおやつだ。

県内の大手菓子メーカーでも製造している醤油餅だが、実は、市内には専門店もある。創業明治16年という白石本舗合同会社の白石隆聖さんにお話を伺った。

4代目のお父様や兄とともに、家族で店を切り盛りしている白石隆聖さん。卸売りの担当をしていて、外に出向くことも多い。

郷土菓子・醤油餅をイノベーション

松山の郷土料理を調べると、必ずというほど登場するのが「醤油餅」。上新粉に砂糖、醤油、生姜汁を合わせて湯でこね、蒸して作るのが一般的だ。そのルーツは江戸時代に遡る。

【醤油餅】
松山地方の和菓子。慶長年間(1596〜1615)、松山藩祖久松定勝が京都伏見にいたとき、旧暦三月の節句に醤油餅を作って家臣に分け与え、子孫繁栄を祝ったのが始まりといわれる。松山地方では、旧暦の雛祭りが近づくと、醤油餅を作るため、昔は各家庭で夜なべに石臼で米や餅米の粉をひき、その音があちらこちらから聞こえていたという。

『愛媛百科大事典』(1985)

久松定勝の息子、定行が松山の一般家庭に広めたと言われており、その後、雛祭りでも子どもの成長を願って供えられるようになったという。400年以上続き、家庭でも作られてきた醤油餅だが、専門店を始めたのはなぜだろうか。

白石さん:創業者は白石ハナと言います。これまで各家庭でつくられていた醤油餅の中に餡子を入れて、店頭に近いところでつくって、そのまま売っていたところ、それが評判になって、明治16年(1883年)に醤油餅専門店として開業したと伝え聞いております。

――餡入り醤油餅の元祖であり、そこがスタートだったのですね。ハナさんは、働き者でアイデアがある方だったのですね。

白石さん:確かに。松山地方の銘菓にさらにその中に餡子を、というのが多分珍しかったのではないかなと。餡入りの醤油餅というのはあまり見かけないですから。

醤油の旨みと餡が合わさった甘じょっぱさがたまらない「あん醤油」(茶)、抹茶の風味が香る「あん抹茶」(緑)、爽やかな柚子と甘さのバランスが取れた「あん柚子」(黄)。どれも、滑らかで上品な甘さの餡がもちもちの生地に包まれている。

白石本舗の醤油餅とは

白石本舗の看板商品は、餡入りの「あん醤油」「あん抹茶」「あん柚子」の3種、「すや」と呼ばれる餡なしの「すや醤油」「すや抹茶」「すや柚子」「すや生姜」「すや梅」の5種。この全8種が定番だ。

餡が入っていない「すや」5種。醤油味にほんのり生姜を感じる「すや醤油」(茶)、醤油も入っている「すや抹茶」(緑)、爽やかで子どもに人気の「すや柚子」(黄)、梅肉入りでさっぱりした「すや梅」(ピンク)、生姜が効いている「すや生姜」(白)。お茶はもちろん、珈琲のおともにも。

◎“すや”とは

――すやというのは、可愛い響きですが、どんな意味ですか?

白石さん:これが素なんだという「素だ」という意味を、松山地方の方言では「素や」と言ったからという説があります。(松山の方言では「〜だ」「〜です」と言うのを「〜や」と言う)

あと、おそらく昔は焼いているところもあったんじゃないかなというところから、「素焼き」から、「き」を取って、「すや」と言ったという説も。諸説あるんですけど、結局のところ、うちでは、餡を入れていない、何も入ってないという意味ですね。

――すや5種とあん3種。選ぶ楽しさ、食べ比べる楽しさがありますが、最初からこれだけの種類があったのですか?

白石さん:創業当時の種類は分からないですが、おそらくほぼ醤油味だけがしばらく続いたのではないかなと思います。いつからこの基本のあん3色、すや5色になったのかは記録がないのですが、数十年来、私の知る限りではずっと変えずにやっています。

――白石さんにとって、子どもの頃から慣れ親しんだ味だったのですね。その中で好きな味はありますか?

白石さん:そうですね。当時、1番食べていたのは「すや柚子」。柚子が好きだったので。小さい頃はどちらかというと餡子入りが苦手で、柚子の味が一番好きでした。

――子どもだから甘い方が好きとは限らないですよね。これだけの味のバリエーションがあることで、誰にとっても好きな味が見つかるのも魅力だと思います。

◎湿度をよむ

原材料は、米粉、砂糖、醤油、生姜など、いたってシンプル。シンプルが故の難しさがあるようだ。

白石さん:このお餅が、湿度に影響されるのですよ。全く同じ粉の分量と水の量でやっても、乾燥している日と雨の日では違うものができあがるので、かなり気を遣いますね。米粉も時期によって違うので、例えば、新米だとちょっと柔らかくなってしまうとか。その辺りのバランスを考えながら、そこに加える水、熱湯の量とかを調整するという、ここの調整が1番難しいです。

蒸篭で蒸したての状態。

白石さん:裏の原材料を見ていただいたら分かるんですけど、うちは、すや柚子とすや梅に、食用の着色料を微量だけ入れていますが、それ以外は一切、添加物、副材料なしでやっています。保存料も使っていないので、その分、固くなったりとか、品質の低下も早くなってしまう。ですので、そういったシンプルなつくりであるが故に、ちょっとした固さであるとかの違いが、顕著に出てしまいます。

――モチモチなのかベタベタなのか。シンプルだからこそ食感も味の印象に影響してきますよね。日々の微細な変化を感じ取って、調整している職人の世界というのは、すごいですね。

白石さん:お客様にお出しするものなので、もちろん一定のクオリティは保っているのですが、朝一にできたものの様子を見ながら、2回目3回目の製造で少し変えて微調整することもあります。そこは難しいところですね。でも、そうした調整ができるのが、大手メーカーさんとは違う、当社の特徴だと思います。

◎醤油のこだわり

――醤油餅というからには、醤油の味も大事だと思うのですが、ずっと同じものを使っているのでしょうか?

白石さん:私の知る限りは、ずっと統一されていますね。時代を遡ると醤油会社の変遷に伴う変化はあったかもしれませんが。醤油は2種類をブレンドしてオリジナルの味にしているのですが、実は、「あん醤油」と「すや醤油」では、違う味の醤油を使っています。味によって、こっちが合うというのがありますからね。

あん醤油を丸める様子。生地に餡を入れて、コロコロとあっという間に綺麗な丸い玉が出来上がっていく。簡単そうに見えるが、慣れていないと餡の位置が偏って蒸しあがった時に破れてしまうそうだ。

――そこまでこだわられているのですね。効率を重視すると、同じ餅で、餡入りと餡なしをつくる方が楽ではないかと浅はかな考えを持ってしまうのですが、味を大事にしているのですね。その味わい方のおすすめはありますでしょうか?

白石さん:そうですね。まずは、素のままで召し上がっていただきたいですね。その日のうちに召し上がらない分は、そこは迷わず、柔らかくて、ぷにぷにしているうちに、冷凍庫に入れるのがいいです。どうしようかなって悩んで、翌日、翌々日に、硬くなってから冷凍すると、柔らかく美味しくは戻りにくいので。冷蔵庫はあまり向いていないと思います。

――郷土料理の本では、醤油餅は焼いて食べる豆知識が紹介されていたのですが、本当ですか?

白石さん:焼いても美味しいと思います。だから、もうお客様の自由な発想で好きにいろいろ試していただきたいですね。焼いたり、好きな調味料をちょっと加えるとかもいいですし。そこは自由にしていただいて、これが良かったよという反応がいただけると嬉しいです。

時代にあわせて変えるところと、変えないところ

100年以上続く老舗だからこそ、変えないところ、時代とともに変化していくところがあるだろう。白石本舗にとっての変化とは。

◎パッケージと形をリニューアル

白石さん:基本はあん3色、すや5色というのは、ずっと変えずにやっています。形は、少し変わったりしたんですけれども。

――どう変わったのですか?

白石さん:「すや」は、もともと小判型だったのですが、外の外装フィルムを変えるに当たって、餡入りと同じ丸型に統一しました。より可愛らしくなりまして、今年はそういう変化がありました。

――外装フィルムを変えたのはなぜでしょうか?

白石さん:もっと多くの人に食べてもらいたいという想いがありまして、最近、松山生協さんや三越の十五万石さんなど、卸売りにも力を入れています。以前の外装は、何も文字や絵がない透明なフィルムを真空包装機でびたっとさせて包むシンプルなものでしたが、他社の商品がお洒落なパッケージで置かれているので、そこに並んでも、可愛いって思えるように、あと名前がすぐぱっと分かるように、新しいデザインにしました。

今年から新しいパッケージに。

白石さん:新デザインでは、シンプルで、中がちゃんと見えるようにして、外側に模様を入れています。あんは雲竜柄という和菓子でよく使われる柄を、すやには日本庭園で見られるような波柄を。「すや」か「あん」そして「白石本舗」の文字が入っています。だいぶ、常連のお客様も慣れた感じですが、やっぱりまだまだ、「小判形ないです?」って店頭で言われる方がいらっしゃいますね。

◎基本の8強に加わる新商品は?!

――味を増やすことは考えていないのですか?

白石さん:考えてないことはないです。今年出した、黒ごま餅やごま練りもそうなんですけど、基本のあん3色、すや5色に、もう1個増やそうと商品開発を始めるのですが、いいものができても、結局、サブ商品に落ち着くのですよ。それだけやっぱりこっちが完成されているのかなと。

人気の黒ごま餅。ごまと餡の絶妙なハーモニー。

――完成度が高くて、なかなかここに入り込めないのですね。

白石さん:別に、絶対にこれにこだわって変えないという頑固な考えでやっているわけではないです。自信作は生まれているのですが、最後には、やっぱりこれを定番商品化するのは違うかなとなり、計8種類に入り込むっていうのは、なかなかないですね。

――逆に、新たな味が定番商品に仲間入りすることになったら、ニュースですね。

白石さん:そうですね。加わったら、それはそれで面白いかなと思います。うん、インスタグラムの方も盛り上がるかなと思うんですけど(笑)。

「あん醤油」や「すや醤油」が綱引きしたり、旅に出るなど、それぞれの商品がキャラクターに見えてくるinstagramの投稿。仲間が増えると、白石本舗ワールドがさらに賑やかに。


――8種以外のお菓子には、しぐれもあるのですね。それも柿のしぐれは初めて目にしました。

白石さん:珍しいと思います。他では見たことがないですね。しぐれは、大洲市の銘菓として有名でして、枠に生地を流し入れて蒸して作るという、流し醤油餅というジャンルの中の一つになります。柿しぐれはオリジナルで、「NPO法人まつやま山頭火倶楽部」という、俳人・種田山頭火を偲ぶ会がありまして、この代表の方から、山頭火の句をイメージした柿を使ったお菓子をお願いできないかと依頼を受けて生まれました。実際に柿のペーストを練り込んでいて、この黒い小豆の部分は、柿の種に見立てています。ちょうど真ん中に黒い種があるじゃないですか。あの感じですね。イメージとしては。いろいろな柿で試して、柿の味をしっかり感じつつ、あんまり、くどくならない味を目指しました。


手前が柿しぐれ、奥が餅しぐれ。柿しぐれは、山頭火の「しぐれて柿の葉のいよいようつくしく」という句に合わせて制作した。

白石さん:基本的に全部うちの商品は、小さいお子様からご高齢の方まで、何を食べても美味しいって言ってもらえるようにというのを考えて、できるだけシンプルで、癖のない味に仕上げています。

――その味に対する姿勢が、創業から続く、白石本舗の変わらないところなのですね。


140年を目前にして

松山市本町にある店舗では、定番商品や季節商品を購入できる他、夏にはかき氷を販売するなど、工夫を凝らしている。どんなお客様が来ているのだろうか。

白石さん:うちのお客様の年齢層は、50〜60代以降の方が多いですね。松山出身で上京された方が、帰省した時に購入いただくこともあります。最近はネット注文も増えまして、ちょっとずつ知られていっている感覚はあるなんですけど、まだまだですね。

店頭では、「あん」や「すや」、季節商品を購入できる。箱入りはギフトとしても。

――松山の味を贈りたいと思った時に、一般的なお菓子屋さんよりも、ローカルというので選ばれる方は多そうですね。

白石さん:タルトや坊っちゃん団子は、首都圏でも購入できたりしますので、確かに松山のものということで地方発送や東京に贈る方とかはいらっしゃいますね。

――手土産にしたり、お茶といただいたり、句をひねりながら口にしていたり、このお菓子を食べた方のそれぞれのストーリーや思い出がたくさんありそうですね。

白石さん:そうですね。そこがやっぱりずっと同じものを続ける1番の楽しみでもあります。

白石さん:実は、あの、まだどこにもインスタにも何も載せてないのですけど、来年140周年で記念の年で、何か商品が作れないかっていうのを考えていて。大体、中身が出来上がったんですけど、見ませんか? まだ未完成な状態ではあるんですけれど。

――140周年ってすごいですね。それは、ぜひ見たい!

そして白石さんが運んできたのは、まるで玉手箱。手毬のような和菓子が並んでいた。

140周年記念の試作。柿しぐれや餅しぐれ、みたらし、チョコ餅、きなこ餅、黒ごま餅にあずきご飯など、白石本舗の味が勢ぞろい。ピンクと黄色の米粒が乗っているのは桃の節句の郷土料理「りんまん」。発売時期や購入方法はInstagramをチェック。

――これは、素敵ですね。可愛い!! 140年続く、白石本舗さんの”今”が詰まっていますね。

白石さん:そんなに日持ちしないので、大量に販売するのは難しいかもですが、受注生産ならば。内容や購入方法は、インスタグラムでお伝えすることになるかと思います。

――140年周年、楽しみですね。食べて下さる方にお伝えしたいことはありますか。

白石さん:140年、京都の方だと、100年、200年では老舗とは言えず、300年以上ないと、まだまだとか。なので、140周年で老舗ですというのは、ちょっと憚られるというのはあるんですけれど。やっぱり140年ずっと続けられたというのは、お客様が支えてくれたことがあってのことだと思います。

ですので、これまでずっと皆さんに愛してもらってきた、「あん」や「すや」を変わらず続けつつ、記念商品もですが、新しいこんなのを出したんだって言っていただけるような、ちょっと驚きみたいなのも加えられるように、これからも挑戦していきたいですね。これまで来てくれていたご年配の常連の方もそうですし、インスタを見てきましたという新規の方も最近増えてきたので、そういう方にも幅広く愛され続けるようなお店にしていけたらなと思います。

店内には、俳人・柳原極堂による直筆の書が掛けられている。

初代の白石ハナさんのアイデアと行動力から始まった醤油餅専門店。そのチャレンジ精神や、食べる人を笑顔にしたいという想いは、140年後の今も脈々と受け継がれている。
店内には、正岡子規の友人であり、俳句雑誌『ホトトギス』を創刊した俳人、柳原極堂の書が掛けられている。そこには「松山一醤油餅」と書かれており、明治の俳人も愛した松山の味は、つくる人の誠実でたゆまない努力によって、これからもずっと続いていく。

【白石本舗】
住所:愛媛県松山市本町4丁目1-6
電話番号:089-924-4507
営業時間:9:00〜18:30
定休日:日曜日
HP:http://shiraishi-honpo.com
Instagram:@shiraishihonpo_shoyumochi
駐車場:あり


今回の書き手:新居田真美
えひめの暮らし編集室主宰。これからも続いてほしい「ひと、もの、こと」に光を当ててたいと、流れていく言葉や降り注ぐ言葉を編む人。暮らしを編むことについてはまだまだ実験の日々。愛媛県内子町の紙にまつわる人々による「そしてこれから 和紙の旅」のサポーター。
HP▶︎https://ehime-life-edit.localinfo.jp
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Twitter▶︎EhimeLifeEdit

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