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五感も心も満ちる「日々くらしのモノ。」

小学生のころ、松山市内のピアノ教室にバスで通っていた。教室の近くに小さなかわいらしい雑貨屋さんがあって、バスが早く着いた日には、そこに寄り道するのが楽しみだった。「この時計すてき」「このポーチかわいい」「このバッグ超かわいい!」。小学生のおこづかいでは到底買えないキュートな雑貨たちを眺めているだけで幸せだった。

ある日のピアノ帰り、迎えに来てくれた父にその雑貨屋さんの話をすると「どれどれ」とついて来てくれて、「買ってあげるよ」と私のいちばん欲しかったバッグを買ってくれた。淡い水色で口を紐でキュッと縛る巾着型のころんと丸いバッグ。真ん中に大きく白い花が咲いた特別かわいいバッグを買ってもらった喜びは、30年経っても色褪せない。実はまだ大事に持っていたりする。もう連れて歩くことはないけれど、このバッグの存在が私の心を癒やし続ける。

松山ローカルエディターズ、第5弾のテーマは「雑貨」。メンバーで集まって座談会をしたとき、「松山の雑貨屋さんと言えば?」と聞かれて真っ先に思い浮かんだのは、父がバッグを買ってくれた「チャティクロス」だった。「他には?」と言われても、あの小学校時代ほど通った店は浮かばない。どうやら私は、雑貨屋さんに疎い生活をしているようだ。

はてさて、松山の雑貨屋さんの事情とは。メンバーの話を聞いていると、松山の生活雑貨店の先駆けとも言われる「日々くらしのモノ。(以下、日々)」に行ってみたくなった。第3弾の「久谷」テーマで取材した陶芸家、宮内太志さんの器も扱っているし、はるな編集長の「お店も店主の美千代さんも最高」という熱弁にも惹かれて。直感に導かれながら、15周年記念イベントを終えたばかりの日々へ向かった。

子どものころからのモノへの信頼

松山市の中心部、松山市駅から歩いて7分ほどのところに、日々はある。職人の手仕事から成る日用品や衣料品、作家作品などをセレクトした大人の生活雑貨店を営むのが、店主の浜田美千代さんだ。

「子どものころからモノが好きで、部屋を整えたり、しつらえたり、飾ったりするのも好きでした。内気な小学生だったので、モノに癒やされていたんです。それは大人になっても変わらなくて…」

店内は白ベースの美しい空間。「整えるのが好き」と話す美千代さんの佇まいもまた、美しい

「日々目にするモノ、手にするモノ。それは、お布巾やハタキや箒や毎日の暮らしの道具で。誰からの影響もない、そのモノを使うことで五感がよろこぶ感覚が確かにあって、平穏な幸せを感じるんです。ときに、つらい出来事から弱くなる気持ちも助けられたりして…。そんな、モノへの信頼は子どものころからずっとなんです」

15年前の松山には、美千代さんがいうような毎日の暮らしの道具をそろえた店はなかった。「ないなら自分でしようかな」。そう思った美千代さんが、2007年に日々をオープンさせた。

選ぶのは五感のよろこぶモノ

「かやのお布巾だったり、箒だったり…。昭和時代のおばあちゃん家にあったような、すこし懐かしいモノたちが、私は好きなようです」

店内には、箒、ハタキ、かや布巾、亀の子束子、おひつ、せいろ、曲げわっぱ、竹のカゴ、トタンの米びつ、トタンのジョウロなど、作家に特化せず、手仕事と自然素材のものにこだわった衣食住のものが豊富に並ぶ。

店先からも美千代さんのこだわりを感じる、日々

日々では、定番の作家アイテムを常設展示しているほか、年数回、県内外の作家作品の個展も開催している。取材時は、京都のアクセサリーブランドro-jiの個展「ro-ji jewelry exhibition 2022」を開催していた。

作品を綺麗に並べる美千代さんの手にもro-jiさんの指輪がキラリと光る

ro-jiの飯田邦啓さんはなんと、松山ローカルエディターズの第4弾「和菓子とコーヒー」テーマに登場していただいたgallery GAMYの飯田みどり先生の息子さんなんだとか!

みどり先生がご自宅のお庭の木々で生けた花がアクセサリーと美しい共演をしていた。葉っぱの虫食いもなんとも愛らしい

常設の展示作品は見られなかったので、定番の作家作品の一部を日々のInstagramから紹介しておきたい。添えられた美千代さんのやさしい言葉にも注目だ。

写真1枚目は、白木屋中村伝兵衛商店の絹のはたき、シュロ箒、江戸箒、はりみ。「手を使って目に見えての昔ながらのお掃除は意外にストレスなく楽しいですよ」と美千代さん。2枚目は、大阪の町工場でつくられたブリキのバケツ。3枚目は奈良のかやを使った布巾。

陶芸家、宮内太志さんの素朴で温かい器たち。

鍛鉄家、加成幸男さんの丁寧でこまやかなカトラリー。

ギャルリ百草の百草サロン。サロンとは、筒状の布を腰紐を使ってはく定型のスカートで、自由に組み合わせ重ねばきして人それぞれ、季節に応じて装うことができる。希望者には美千代さんが着付けてくれる。

タケカンムリ(愛媛県西条市)の門田雅道さんが手がける竹カゴには、美千代さんは特に思い入れがあるという。

「門田さんとの出会いは、日々をオープンしてすぐ、15年前です。そのころ門田さんは、竹を使ってアート作品を制作されていました。竹といえば竹笊や竹細工、工芸品といった地味なイメージしかなかったので、とても新鮮に感じました」

タケカンムリさんの個展に足を運んだ美千代さんは、門田さんが20代後半という若さで、編み方の凝った作品を作り、綺麗に展示していたことに驚いた。

「店内にタケカンムリさんのコロンとした作品が並んで嬉しかったことを覚えています。けれど、あまり売れゆきは芳しくなくて、今のように1年2年待ちの人気作家さんになったのは結婚され、お子さんができて特にでしょうか。毎日を助ける道具としての竹カゴを作られるようになりました。編み方はシンプルで、カタチは棚に収まりよい四角。『明日着る服いれるカゴ』『高いところのカゴ』『新聞雑誌いれるカゴ』。他にもまだありますが、用途そのまんまのネーミングにも共感します」

門田さんがアーティストとしていろんな作品を出していたのは20代の2年間だけで、その後は暮らしに寄り添う定番商品のカゴとオーダーカゴを13年間作っているそう。

「作家さんによっては、自身が作りたい作品と求められる作品との狭間でのせめぎあいを作品から感じることもあります。でも、門田さんにはそれがなく、潔く方向転換したという感じでもなく、ご自身の暮らしが変わったのでというごく自然な流れで今の暮らしの道具としての竹カゴを作ってらっしゃいます」

門田さんとの出会いのように、作家さんの作品を店で取り扱うきっかけは、美千代さんが偶然目にして生まれることが多い。仕事とプライベートを分けない美千代さんにとって、店は暮らしそのもの。自分の五感がよろこぶモノを選んでいる。

「毎日目に入れたり、手に触れたりする暮らしの道具って、何気ないものかもしれません。でも、朝起きて、カーテンを開けて、窓を開けて、ハタキをすると気持ちがいいのは、私だけじゃないと思うんです。はたく音に耳がよろこび、日の光や風に肌がよろこぶ。そんなふうに、人が道具を使うときって、人と自然のハーモニーがきっとあって、五感がよろこぶと思うんです。それって、私の好みというより、人間の本能のような気がしています」

店先の小さな庭の草花をちょこんと店内に飾るのも、美千代さんにとって心地よいこと

敷居は低く、心地よく

日々はギャラリーのようだ、とも思う。優しい雰囲気の店内に洗練された美しいものがきちんと並べられていて、ひとつひとつアート作品を見ているような気持ちになる。かと言って、敷居が高いわけではないから不思議だ。

「私の中で、統一感を持たせたいとか、綺麗に整えたいという気持ちはあります。でも、お店の雰囲気に負けて買ってしまったとかは嫌で。気軽に来て帰ってもらいたいし、そのときせいろが必要だからせいろを買う。そういう買い物をしてもらえる接客をしたいんです。近所にお住いのおばあちゃまも、ここで過ごす時間を楽しんでくださっているんですよ。お買い上げいただかなくても、気兼ねなく来て帰ってもらえたらうれしいです」

洗練された店内だけれど、敷居は低く、地元のおばあちゃまがふらりと立ち寄るフラットさを合わせ持つ日々。それは、美千代さんの美意識と、常にお客様の立場でありたいという思いによってつくられている。

「お客様からしたら、通りがかりではなく、わざわざ来てくださっています。急いでいる人には急いで対応したいし、のんびりしたい人にはのんびりできる雰囲気で接したい。興味のないことに対しておしゃべりすることのないように気をつけたいし、興味のあることに対しては実体験からの説明をしたいと思っています」

そういえば、はるな編集長は「日々で買い物をするときは、美千代さんの“精神性”を感じている。美千代さんの商品説明はすごく説得力があって、買って帰ってからも美千代さんの言葉を思い出しながら使っている」と言っていた。「単にモノを買っているのではなく、美千代さんの目を通したモノやコトを買っているのかも」と。

日々を訪れるお客さんの満足度は高い。それは、お客さんの心地よさに合わせた接客をする、美千代さんのさりげない心くばりのたまものだろう。

美千代さんには、「日々」という店名にも込めた思いがある。

「私は小学生のころからずっと、『成長しないといけない』『目標を持ちなさい』『夢はなんですか』って言われるのが嫌でした。『毎日一緒でどこが悪いんだろう』って思っていたんです。あと1カ月しか命がないとしても、私はやっぱりいつものごはんを食べて、掃除をして、洗濯をして、ふつうに暮らすと思うんです。変わらない日々の営みを大事にして生きていきたい」

あとに続く「くらしのモノ。」の「くらし」も「モノ」も聞き慣れた言葉を選んだのは、暮らしにそっと溶け込むお店でありたいという、美千代さんの気持ちの表れだ。

モノを介する救いの場所

日々をオープンして15年。美千代さんにとって、ここはどんな場所なのだろう。

「人とコミュニケーションをとるのが苦手な私にとって、ここは、モノを介して人と触れ合える救いの場所。趣味やおしゃべりを通じて仲良くなることがあるように、モノを通じて仲良くなることもあると思うんです。お客様がお店に来てくださって、お金を払ってくださって、モノを介して『これ、いいですよね』っていっぱいは語らなくても、ちょっと心を通わす。短い時間だけど、ささやかだけど、確かな共感っていうのでしょうか。たとえそれが刹那的な人間関係であったとしても、その触れ合い方を、私は気に入っています」

ro-jiさんのラッピンググッズ。お客様と共感した商品を丁寧にお包みする。その時間が美千代さんは好きだという

心地よく、幸せに生きるためのきっかけをくれるような、日々。この場所は今日も誰かの日々を癒やすと思うし、美千代さんの手から誰かの手に渡ったモノやコトの存在が、刹那の日々を越えて誰かの心を癒やし続けるのだ、とも思う。私のころんと丸いバッグのように。

【日々くらしのモノ。】
住所:〒790-0006 愛媛県松山市南堀端町4-8 ハマダビル1F南
電話番号:089-933-3584
営業時間:13:00〜18:00
定休日:月、水、金
HP:http://hibi-kurashi.com/index.html
Instagram:https://www.instagram.com/hibi_kurashi/?hl=jahibi_kurashi
駐車場:1台(店舗前駐車場1番)


今回の書き手:高橋陽子
「日常を編む」をコンセプトに、企画・執筆・撮影を手がけるフォトライター。家族の日常、愛媛の風景、作り手の想いを、写真や文字で残すことが喜び。
Instagram▶︎yoko.n_n.823
Facebook▶︎高橋陽子

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