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喫茶店(連続小説)

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小説 喫茶店 第5話

小説 喫茶店 第5話

第5話

Sは、探し続けていた。毎日、朝から晩まで、あの女性を、探し続けていた。

どうやら一目惚れしてしまったらしいと、Sは思った。この前、喫茶店に行く道すがら、最後の十字路で出会った、あの素敵な女性に。

独り身の寂しい生活を送っていたSは、すっかり彼女の虜になってしまっている自分を感じていた。
あんなに疲れ果てた状態で倒れこんていた自分を無視して通り過ぎることなく、彼女はわざわざ近寄って、優

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小説 喫茶店 第4話

小説 喫茶店 第4話

第4話

疲れ切った体で、なんとか喫茶店にたどり着いたSは、ドアを開けて店内に入ると、いつものカウンター席ではなく、通路を挟んで反対側にある、ソファー席に倒れ込むように座った。
いつものカウンター席の椅子では背もたれがないので、これほど疲れていると、とても座っていられないと思ったのだ。

マスターは、そんなSを一瞥すると、いつものように無言でコーヒーを運んできた。
運ばれてきたコーヒーに、いつもの

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小説 喫茶店 第1話

小説 喫茶店 第1話

第1話

今日は、関東地方一帯が猛暑となるでしょう、朝のテレビで言っていたが全くその通りだ、とSは実感していた。2か月前にやっと採用された契約社員のノルマとして、訪問すべき得意先はあと数件残ってはいたが、積もり積もった疲れは体中に溜まっていた。

なんとかこの疲れが取れないものかと常々思っていたこともあり、異常なほど流れ落ちる汗を言い訳に、Sは、目の前にあった喫茶店に飛び込んだ。    

小さな

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小説 喫茶店 第2話

小説 喫茶店 第2話

第2話

茹だるような暑さの中、Sは、今日も喫茶店に向かっていた。あの時から、これで、すでに7回目だ。

確かに、最初に喫茶店に行った時は、震えが止まらないほど、恐ろしい思いを味わった。人生の最後の1時間が差し引かれた、と急に聞かされたのだから。

しかし、よくよく考えてみると、人生のたった1時間を失うだけで、これほど元気が回復するのである。
睡眠を多くとるより、マッサージや整体を受けるより、ある

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小説 喫茶店 第3話

小説 喫茶店 第3話

第3話

Sは疲れていた。ただ、ただ、疲れていた。
あれから2週間、Sは喫茶店に行くのを控えていた。理由は簡単だ。回数を重ねるごとに、店で出される時計が大きくなっていくのが怖かったのだ。

もう、これ以上、自分の人生の時間を差し引かれるのは、止めにしたかった。このまま通い続けてしまうと、この前、喫茶店で見かけた女性のように、いつかは、等身大のような大きな時計となっていき、ついには…。

しかし、今

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