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クリスマスは、お祭り騒ぎをする日ではありません

というのは、弟の幼稚園の園長先生の口ぐせだ。毎年、2学期の最終日は、クリスマスをお祝いする会が催される。その冒頭で、園長先生が必ず話すのが表題の言葉。今年もご多分に漏れず、お決まりの台詞が飛び出した。

「サンタからプレゼントをもらってパーティーして、お祭り騒ぎする日ではありません。クリスマスは、イエス様の誕生をお祝いする日なのです」。

なので、会もそのような内容になっている。キャンドルサービスに始まり、聖歌を歌い、各学年の出し物へと続く。年少は合唱。年中は合奏と合唱。そして年長は、イエス様の降誕を描いた聖劇を行う。

聖劇はもう何十年と続けている、歴史ある出し物。先生方の熟練の技で、一週間で仕上げてくださるからすごい。そのからくりは、劇の練習に入る前、一週間かけて配役決めをするところにあるようだ。

1日目、すべての配役が紹介される。2日目、子どもたちが好きな役を選び、台詞を言ったり、動いたりして役を体験する。3日目、再び体験したのち、先生に今日、自分が演じたいと思った役を3つ伝える。4日目、再び体験後、先生に3つの役を自己申告。5日目、最終申告。このときは3つの役に順位をつけて申し伝えるそうだ。

体験期間が長いので、その間に所作も含めて、台詞もなんとなく覚えてしまうのだろう。晴れて役がついて台本をもらったときには、台詞はほぼ言える状態になっているというわけだ。

自主的に参加している子どもの習得の速さと言ったら、やらされているのとは大違い。子どもの自主性を尊重し、最大限のパフォーマンスを引き出しているところは、モンテッソーリの理念を感じるところである。

弟は、当初は博士を演じたいと言っていたが、1回目の体験で、贈り物を持ちながら歌って踊るのは難しいと感じたらしい。2回目には牛がやりたいと漏らすも、最終的には兄と同じ宿屋に落ち着いた。

配役の決定は、子どもたち全員で決める。先生への事前申告は、自分の意思を固める手段にすぎない。立候補を募り、定員をオーバーしたらオーディションになる。

希望者全員が役を演じたのちに、子どもたちは目を瞑って、良いと思った人に手を挙げる。泣いても決定は覆らない。幼児期に多数決の仕組みを知るのは、貴重な経験だなと思う。真剣な場であるからこそ、公平性の大切さを実感できる良い機会になるだろう。

派手な出番がない宿屋は、オーディションになることなく決定され、弟は希望どおりの役につくことができた。それから本番までの一週間、自ら率先して台詞を練習している様子は微笑ましかった。声色や音量を調節したりして、一生懸命取り組んでいる様子がひしひしと伝わって来た。

何かに一本気で頑張っている人を見るのは清々しい。それが子どもであればなおさら。小学生になると、完成物を見ることはできても、頑張っている過程はなかなか見られなくなるので、すべての過程に関われる今をありがたく思う。

応援の気持ちを込めて、「もうちょっとゆっくり言った方がいいんじゃない?」とか「ちょっと叫びすぎじゃない?」とかアドバイスしながら、母も微力ながら練習をお支えさせてもらった。

そして迎えた本番。弟は幕が開いて一発目の台詞を任されていた。「宿屋の声が小さいと、その後に喋るみんなの声も小さくなってしまうから、大きな声でね」と、先生からもジャブが入り、声の大きさは家でも意識して練習していた。

ナレーションが入り、幕が開く。宿屋の夫婦という設定で、弟が女の子と一緒に出て来ると、明らかに緊張した面持ち。おっと、大丈夫か?と、思う間もなく一発目の台詞。「こんやはいそがしいね…」の「こ」が、練習の3分の1くらいの音量になって、その後、ダダダと喋った台詞は全て3分の1の音量になってしまった。

周りがよく見えているタイプの弟は、緊張しいである。すべての台詞を言えただけ良かったとしよう。ちなみに、同じ宿屋を務めた兄は、張り上げるくらいの大声で台詞を言っていた。性格出るなぁ。

劇の進行とともに落ち着きを取り戻し、劇の後半では堂々とした台詞まわしで、練習の成果が出ていたように思う。他の子どもたちも大きな問題なく、2020年の聖劇は無事に幕を閉じた。

我が家はお寺の檀家なので、当然、教会には通っておらず、私自身、確実な知識があるわけでもないので、「クリスマスとは何ぞや」を教えるのはどう考えても難しい。調べて伝えることはできるけど、子どもにとって、体験に勝るものはないだろう。

「ことしは、イエスさまがおうまれになって2020ねんなんでしょ?」と言っていた弟。早速、西暦の概念が身についたなんてすごいわ。

この世界は多様な宗教で形作られている。それらの一辺に触れることは、多様性を受け入れる一助になるだろうし、その積み重ねが、子どもたちの世代でも、平和な世を望むことにつながるのではないかとも思っている。

「サンタにプレゼントをもらってパーティーする」スタイルの我が家のクリスマスまであと少し。それもそれで、喜ぶ子どもの表情を思い浮かべると、サンタ的には今から楽しみである。

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