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noteとcakes編集部に知っておいていただきたい野宿生活で発生する健康問題

白井裕子・蒔田寛子・佐々木裕子「症例報告からみる野宿生活者が罹患しやすい疾患の特徴と受診に至る経緯についての文献検討」『豊橋創造大学紀要』 第23号(2019-03-30)

上記論文は「症例報告から,野宿生活者が罹患しやすい疾患の特徴と受診に至る経緯について明らかにすることを目的とした」ものです。

短い論文ですが一般の方が読むのは大変ですので、論文本来の目的とはことなりますが、野宿生活で発生する健康問題についての記述を中心に一部を引用し、さらに太字で強調させていただきました。(著者のみなさま、どうか怒らないで)

I.緒言

… 野宿生活者は,河川敷や公園,路上など街の様々な場所に身を置き,雨風をしのぎながら日々生活している.身の安全を守る住居がないだけでなく,食べ物が十分でないことや,入浴や洗濯ができずに清潔を保てない(厚生労働省,2012)など,生活に欠かせない基本的なニーズを満たすことができない生活環境にあり,劣悪な環境の影響から,健康を脅かされている.
 野宿生活者の健康に関する実態は,野宿生活者の増加や健康格差の社会問題化とともに徐々に明らかになってきている.小小橋ら(2001)が行った,健康相談会における調査(問診と血圧測定,尿検査)では,歯が悪い,背中や腰の痛み,便秘や下痢,胃の調子が悪いなどの自覚症状を訴える人が多く,半数が高血圧値を示し,26%の人が尿糖が検出されたと報告されている.谷本ら(1999)は,高血圧や胃・十二指腸潰瘍などの既往歴をもつ人が多かったと報告している.またこの原因について,塩分が多い食べ物の摂取や外界の冷気の影響を直接受ける路上での生活そのものが高血圧になりやすく,胃・十二指腸潰瘍に関しては,路上での生活によるストレスが関係すると述べている.
 医療相談会における受診者の調査を行った大脇(2003)は,年齢による疾患の特徴について,50歳未満は白癬や蜂窩織炎などの皮膚疾患,50歳代では高血圧や胃潰瘍,糖尿病,結核,60歳以上になると胃潰瘍,糖尿病,結核は減る一方で高血圧が多くなる,と報告している.また,寒冷・栄養不良やストレスなどの厳しい環境下に長期間おかれることによる急激な症状悪化についても指摘しており,環境の影響について言及している.さらに,60歳以上に胃潰瘍や糖尿病が少ない理由は,野宿生活者の死亡年齢が平均59歳であることから,50歳代で重篤な疾患にかかり,亡くなる人が多いのではないかと推測している.
  逢坂ら(2003)によると,大阪市の野宿生活者と簡易宿泊所宿泊死亡者の死亡時平均年齢は,56.2歳であった.死亡原因については,16%が餓死や凍死であり,男性の野宿生活者の標準化死亡比について,全国男性を1とした場合,他殺が78.94,結核が44.88,胃・十二指腸潰瘍が8.57,自殺が6.04,心疾患3.34,肺炎4.52と有意に高いことを明らかにしている.この点からいえば,大脇の指摘のように,50歳代で重篤な病気になって死亡する場合もあれば,50歳で罹患した疾患が悪化して60歳を待たずに死亡する場合もあると推測できる.しかし,例えば結核や胃潰瘍は,早期に治療できる疾患であり,日本の医療技術から考えれば,多くの人が命をおとす疾患ではない. …
IV.考察

1.野宿生活者が罹患しやすい疾患の特徴

 本研究で対象とした症例報告の中では,感染症を主症状とするものが16症例中9症例あった.感染症については,野宿生活者は結核発症のハイリスクグループにあげられ,様々な取り組みが行われていることがこれまでに報告されているが(鈴木ら ,2005:八木ら ,2006:高鳥毛ら,2007),今回の研究では,結核以外の感染症の罹患の実態があった
  感染症に罹患しやすい理由として,第一に,野宿生活者の不衛生な生活環境があげられる.野宿生活者には,ブルーシートでテントをつくったり,廃材で小屋を常設したりして生活する人がいる.しかし約6割の人は,テントや小屋を持たず,簡単な敷物(寝袋,毛布等)を敷いて路上で寝ており,さらに1割弱の人は,敷物もないままに路上で寝ているという実態が明らかになっている(厚生労働省 ,2012).一方食べ物は,破棄された弁当を摂取する者もおり,隅田川沿いに小屋を常設し寝泊りしている人を対象にした下平ら(2007)の調査によると,多くの人が主に自炊をしているものの,食材を調達する資金がないときには炊き出しや飲食店の残り物や期限切れのものを活用することが報告されている.
  野宿生活者は,路上に体を横たわらせて就寝し,翌日そのままの衣類で日中を送り,再び夜を迎えるという生活の中で,だんだん衣類が汚染される.また,路上に寝転がるという行為そのものが路上の粉塵を吸い込みやすく,特に野生動物の糞尿などで土壌が汚染されている場所であれば,素肌を密着することによって寄生虫などの感染源に暴露される可能性も高い.さらに,期限切れや破棄された食材も,食べ物としての安全性を保障されたものではなく,経口感染を引き起こしやすい.
  あいりん地域で集団赤痢の発生を経験した吉岡(2002)によると,野宿生活者は,公衆トイレの数が少ないために路上で排泄したり汚染物をごみ箱に捨てたりする.他方でゴミ箱の廃棄食品を探して食べるといった状況のもとで,感染源が判明しないまま1年間で赤痢感染が拡がっていったと報告されている.野宿生活者は,感染源と隣り合せの環境の中で生活し,路上で繰り返される生活行為の中で感染経路を断つことができない環境にあると言える.
 次に,感染症に罹患しやすい2つめの理由に,野宿生活者の低栄養状態があげられる.例えば,後腹膜腔まで進展した重症急性膿胸に罹患した症例7の男性では,口腔内常在嫌気性菌のグラム陰性桿菌のFusobacterium necrophorumが疾患の原因であることから,口腔内の不衛生と低栄養状態が影響を及ぼしていると考えられる.皮膚腺病に罹患した症例9の男性は,腰椎カリエスが皮膚腺病の原因であることから,抵抗力が低下しもともと体内にあった結核菌が再燃したものと考えられる.
  野宿生活者の食事回数では,1週間に何も食べられなかった日が1日以上ある人が32.8%,2日以上は17.5%,4日以上3.7%であった(黒田,2005).さらに,食事ができても,卵・肉・魚など動物性たんぱく質を摂取している頻度が週2回以下は50.0%,野菜や果物の摂取頻度が週2回以下は約62.6%であった.あいりん地域のホームレスの栄養調査(田原ら,2011)でも,野宿生活者の低栄養は指摘されている.BMIによる痩せの割合は11.5%,貧血は20.0%であり,野菜類摂取量が極めて少ないために,鉄,ビタミンA,B1,C,食物繊維の栄養素が低値であることが報告されている.
 これらのことから,野宿生活者は,十分な食事回数と栄養素を摂取することができないために栄養の偏りや低栄養状態にあり,感染症に罹患しやすいと言える.加えて,田原らは,野菜摂取不足が起こる理由について,スーパーで販売されている野菜類惣菜が主食類や主菜類の惣菜に比べて圧倒的に高価である点をあげている.野宿生活者の食事では,満腹感を得る方が優先されるため,安価で購入できる主食や主菜の惣菜は摂りやすく,相対的に高価で満腹感を得にくい野菜類の惣菜は敬遠されやすいと述べている.野宿生活者は,廃品回収や建設日雇などで収入を得ているが,月額収入は34.1%の人が1~3万円未満,30.2%の人が3~5万円未満である(厚生労働省,2012).一日単位でみれば,約333円~1,666円で生活することになり,できるだけ安価で空腹を満たせるものを選択せざるを得ず,栄養の偏りや低栄養状態を招くといえる.
 他方で栄養の偏りや低栄養状態にあることは,感染症の罹患に影響するが,そればかりではなく,症例4のようにペラグラに罹患した例もある.この女性は,長年にわたり住所不定であり,コンビニエンスストアの破棄された弁当を食べ,毎日焼酎を2合以上摂取していた.ペラグラは,ニコチン酸の欠乏によって発症する疾患であり,栄養の偏りやアルコールを多飲していたことが関係している.また,赤痢アメーバー症で死亡した症例12の男性は58歳にも関わらず,衰弱が原因で死亡していた.
  野宿生活者は,栄養の偏りや低栄養状態にあることから感染症に罹患しやすく,また栄養の偏りから起こる疾患に罹患することもあり,時には低栄養状態によって衰弱死することもあるといえる


2.野宿生活者の受診行動の特徴と受診行動を高める支援

… 野宿生活者の受診行動について,救急救命センターにおける救急受診状況から報告を行った青山ら(2012)によると,1年間で救急受診した野宿生活者626例うち,341例(全体の54.5%)が救急車搬送であった.同時期における非野宿生活者の救急車搬送率は19.6%であり,野宿生活者は救急車搬送による受診が有意に高い.また佐々木ら(2013)によると,救急外来に野宿生活者が搬送されたケースでは,意識障害や歩行困難など自分で動けなくなった時に第三者から要請されていることが多いと報告されていることからも,野宿生活者は自ら受診行動をとることが少なく,症状が進行してはじめて医療機関につながると言える.…

… 森川(2012)は,アウトリーチ活動の中で野宿生活者が見ている現実を理解しようとすることが大事であり,支援・援助計画を本人目線でつくっていくことが必要であると述べている.相手を「説得する」という行為だけではなく,ともにここにいることを伝え,当事者性をもって「励ます」ことも同じように必要である.自分の人生に関心をもってくれる人の存在を感じたとき,人はもう一度「生きよう」と思えるのではないか.何よりもこのような双方向の関係を築こうとする過程こそ重要で,野宿生活者の受診行動を促進する契機となると考える.
V.結論

 野宿生活者が医療機関を受診し治療を受けた経緯が記述されている症例報告16編を検討した結果,以下が明らかになった.

1)症例報告16件中9件が感染症を主症状とする疾患に罹患していた.その背景には,不衛生な生活環境,十分な栄養を摂取できないことによる易感染状態があると考えられた.

2)症例報告16件中11件が,他者に発見され医療機関に搬送されていた.また,13件が受診以前から自覚症状を認めていた.野宿生活者は,自覚症状を認めていても受診行動を起こしておらず,その理由として,人とのつながりがないことや,自暴自棄になっていることがあげられた.支援者が野宿生活者と双方向の関係を築くことで,受診行動を促進する契機となると考えられた.

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