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白波瀬達也『貧困と地域 ― あいりん地区から見る高齢化と孤独死(中公新書2422)』(kindle版)中央公論新社(2017/2/25)

「本書は、あいりん地区を通じて『貧困の地域集中』とそれによって生じた問題を論じるものだ。あいりん地区の歴史的背景を踏まえ、この地域が被ってきた不利を明らかにし、それに対してどのようなセーフティネットが生み出されてきたのかを見ていく。」とのことですが、戦前に釜ヶ崎が形成されてから愛隣地区指定を経て現在までつづく歴史を丁寧に説明してくれていますので、あいりん地区について知りたい方には恰好の本ではないかと思います。

釜ヶ崎とも呼ばれるあいりん地区は、長い時間をかけながらゆっくりと、しかし大きく変化してきた地域なのでした。そしてその変化の要因も複雑多岐を極め、簡単に説明できるものではありません。でも「貧困が集中している現実は変わっていない」のだそうです。

「序章 暴動までの歴史的背景」、「第1章 日雇い労働者の町として」、「第2章 ホームレス問題とセーフティネット」では、「二〇〇〇年代初頭までのあいりん地区の歴史を概ね時系列に沿って論じて」います。

「第3章 生活困窮者の住まいと支援のあり方」、「第4章 社会的孤立と死をめぐって」、「第5章 再開発と向き合うあいりん地区」では、「二〇〇〇年代以降にあいりん地区で生じた新たな課題を三つのテーマに分類して取り上げ」ています。

全国に先がけてあいりん地区で顕在化した「貧困の拡大、急激な高齢化、深刻な社会的孤立」などの課題は、「今後の日本社会が直面する問題」であり、あいりん地区の経験は「他の地域でも参考になり、かつ応用できるのではないかと筆者は考えて」います。

バブル崩壊後、いくらなんでも見過ごせないほどの社会問題となった野宿者の激増は、生活保護の適用を推進すること(違法な「水際作戦」の取り締まり強化)によって表面的には解決したかに見えました。

しかし実際には劣悪な居住環境の無料低額宿泊所などに生活保護受給者を押し込めているといった、新たな問題が発生していました。

本書では「福祉アパート」、「サポーティブハウス」といったあいりん地区独自の取り組みが紹介されています。

あいりん地区には貧困が集中しているがゆえに、これを見かねた人びとによる様々な支援活動がてんでバラバラに、いや多層的に行われてきました。

けれど西成特区構想の進行にともない、多層的なセーフティネットを必要とする生活困窮者のくらしがさらに困難なものになるのではないかと懸念されています。

こうした厄介な問題は、お金が足りない、人手が足りない、ネコの手も足りないで後回しにされるのが常です。そこへもってきて新型コロナ感染拡大ですから事態は相当に深刻なのでは…

かたよった視点になってしまって恐縮なのですが、以下ではとくに日雇労働者についての基礎知識的な記述を引用しています。これだけでは十分に理解できないですし、本書にはほかにも重要な内容がたくさん詰まっていますので、ぜひ頑張ってお読みいただけたらと思います。(^^)/ ファイト~

寄せ場の労働力は、建設業を中心とする重層的な下請け構造の最末端を担う。元請けであるゼネコンを頂点に、一次下請け、二次下請け、三次下請けといった具合に労務支配するシステムがある。こうした労働市場の最末端部分を釜ヶ崎(あいりん地区)に暮らす人々が担っていたといえるだろう。
…これらはいずれも日雇労働者の安定的な供給を意図したものである。
 こうした対策の背景には、一九七〇年の大阪万博の開催地建設に向けた労働力不足の解消という大きな目的があり、日雇労働者の有効活用が喫緊の課題となっていた。
しかし、オイルショック以降、港湾運輸業と製造業は、近代化・合理化が進展し、あいりん地区で労働力を調達することがほとんどなくなった。こうして一九八〇年代以降のあいりん地区の求人は、建設業にほぼ一元化されていく。
建設業は公共事業の受注状況や天候に左右されやすく、一年を通じて安定的な収入を見込むことが難しい。たとえば、公共事業の発注・入札の時期に相当する年度はじめや梅雨時には仕事に就きにくい。逆に年度末は公共事業の発注が増えるために求人が急増するのだ。加えて、日雇労働は建設業の重層的な下請け構造の最末端に位置するため、需要の変動が大きい。このような条件が、寄せ場労働者の就労の不規則性と生活の不安定性を規定している(青木二〇〇〇)。こうしてオイルショック後のあいりん地区の労働環境は、従来以上に流動性が高まった。
…一九八〇年前後に一万五〇〇〇人ほどで推移していた日雇労働者数は、バブル経済がはじまった一九八六年には二万五〇〇〇人ほどに膨れ上がる。
つまり、寄せ場の労働力は景気の調整弁として活用されやすいのだ。これまでも、あいりん地区は好況・不況の影響を強く受けてきたが、バブル崩壊後の長期不況は、過去にないほど深刻な事態を生んだ。その最たるものが野宿者の激増である。
社会学者の青木秀男は社会的権利を不当に制約され、生存競争においてハンディキャップを課せられている人々が寄せ場労働者になりやすいとし、その具体例として被差別部落出身者、在日コリアン、障がい者などを挙げている(青木一九八九)。
…したがって、不況に陥ったからといって、あいりん地区の日雇労働者が他業種に転職することは容易ではなかったし、長年、履歴書のいらない仕事に従事してきた者が、バブル経済崩壊の不況下で安定した仕事を得ることは、困難をきわめた。
二度にわたる厚生労働省の通知や、それを盾に生活保護を「勝ち取る」ことを目指す支援団体の働きかけが進み、福祉事務所の「水際作戦」が通用しにくくなったのだ。こうして、あいりん地区では野宿者が減少し、生活保護受給者が増加した。二〇一〇年には地区住民の三分の一に相当する約九〇〇〇人が生活保護受給者となった。
…逆に言えば、好景気には障がい者が一定程度、日雇労働市場に吸収されており、その存在が認知されていなかったと推測される。
 これまであいりん地区のホームレス問題は失業とそれに伴う収入の欠如が主たる要因として理解される傾向があった。しかし実際にはもっと複雑な背景を持っている。社会的排除の議論でしばしば紹介される「複合的不利益」(複数の不利が折り重なっている状況)という観点を導入しない限り、あいりん地区に生きる人々の困難を多面的に理解することは難しい。
 つまり、あいりん地区のホームレス問題を解決しようとするとき、仕事を提供したり、住宅を確保したり、所得を保証するだけでは不十分なのである。これらの物的資源の提供に加え、社会関係の不足を補う取り組みが欠かせないものとなっている。
…野宿者が増加した一九九〇年代は、彼らに対する生活保護の適用が厳しく制限されていた。住民登録がないことを理由に生活保護の申請を受けつけなかったり、稼働能力があるために生活保護の適用を認めなかったりすることが横行せていた。また生活保護が適用されたとしても、施設での保護が一般的であり、集団生活を余儀なくされていた。こうした状況において無料低額宿泊所が台頭してきたのである。
無料低額宿泊所の多くは、居住費用を生活保護の住宅扶助費から、ケアの費用を生活保護の生活扶助費から徴収している。無料低額宿泊所は他の社会福祉施設に適用される最低基準が設けられておらず、利用者から徴収する費用も公的なコントロールが十分に利かない。そのため無料低額宿泊所の経営者は、コストをできる限り抑え、利益を最大化する傾向がある。このように利益を生み出しやすいシステムが「貧困ビジネス」を跋扈させる要因ともなった。

あいりん地区では生活保護を活用した居住支援は、他地域でみられる無料低額宿泊所ではなく、簡易宿泊所を転用した「福祉アパート」で展開されている。日雇い労働者の急減に伴って空き室が増え、経営不振に陥った簡易宿泊所が、自らの生き残り戦略として野宿者居住支援の担い手になっていったのである。(本文要約)

無料低額宿泊所もあいりん地区の支援付き住宅も生活困窮者に対する住宅政策の欠陥が招いたニッチな市場で急増した経緯があり、そこに参入する事業者は玉石混交だ。行政による居住支援の弱さを民間の自由な発想で埋める創造的かつ良心的な業者が存在する一方で、生活困窮者を食い物にする悪徳業者の暗躍ももたらしてきたのだ。
サポーティブハウスは従来、簡易宿泊所として営業されてきたものをアパートに転用した集合住宅だ。そのため簡易宿泊所と同様、居室は三畳、トイレ・風呂・炊事場は共用となっている。一方、サポーティブハウスには簡易宿泊所にはない四つの特徴を有している。(以下省略)
そもそも仮の寝床であるはずの簡易宿泊所が定住空間となってしまったことの構造的な困難がサポーティブハウスに立ちはだかっている。
 また、サポーティブハウス以外の福祉アパートも、事業の利益が十分に得られなくなったときには廃業する可能性が高い。そうなると、大量の「住宅難民」が生まれるだろう。
二〇一二年に始まった西成特区構想は、あいりん地区において、ますます深刻になっている貧困の地域集中に歯止めをかけるものであり、従来と同じように生活困窮者を吸収し続けることは困難になりつつある。
あいりん地区が生活困窮者を受け入れる力を弱めつつあるなか、各々の地域社会が包摂力を高めない事には問題が根本的に解決しない。


下記は白波瀬先生が本書とTwitterで紹介している本です。「」内は白波瀬先生のコメントです。(私はまだ読んでない…)

原口剛・白波瀬達也・平川隆啓・稲田七海(編著)『釜ヶ崎のススメ』洛北出版(2011/11/1)―「西成特区構想がはじまった二〇一二年以降の目まぐるしい変化は描けていないが、多面的な実態と魅力に触れた入門書としては最適だと感じている」

生田武志『釜ヶ崎から: 貧困と野宿の日本(ちくま文庫)』筑摩書房(2016/1/7)―「ホームレス支援活動に長年従事する文筆家によるルポルタージュであり、西成特区構想の負の側面が取り上げられている」

鈴木亘『経済学者 日本の最貧困地域に挑む―あいりん改革 3年8カ月の全記録』東洋経済新報社 (2016/10/7)[Kindle版もアリ] ―「西成特区構想のブレインとして奔走した経済学者の奮闘記だ。…西成特区構想の正の側面に光が当てられている」

原口剛『叫びの都市: 寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』洛北出版 (2016/8/31)―「主に高度経済成長期の事例を取り上げたものだが、今日のあいりん地区を理解するうえで重要な論点を提示している」

村上靖彦『子どもたちがつくる町―大阪・西成の子育て支援』 世界思想社 (2021/4/27)―「質的社会調査、なかでもインタビューに関心がある人は必読の一冊。語りの捉え方が実に丁寧。語られた内容の洞察も深い。興味深い内容なのに読み進めるのに時間がかかる。ひとつひとつの文章が濃密。こんな本にはなかなか出会えない」


下記リンクで白波瀬先生の記事を読むことが出来ます。




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