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世界で進むスーパーアプリ化の動き

"Man hand holding black smartphone isolated on white background, clipping path" by Deutscher Volkshochschul-Verband CC BY-SA 4.0


今日、世界中の人々が主にモバイルからインターネットにアクセスしています。スマートフォンの普及率がインターネットの普及率に比例して高まるにつれ、アプリのユースケースも呼応して増えていき、日々の暮らしに多様なサービスが組み込まれるようになりました。この「モバイルファースト」の文化は、アプリ開発者が様々なサービスを可能な限りシンプルな方法で取り込む方法を見つけることを促しました。その到達点の一つが、スーパーアプリです。


スーパーアプリとは

スーパーアプリとは、一つのアプリ内で日常生活にかかせない複数のサービスを使いこなすことができる統合アプリ、もしくはアプリプラットフォームです。サードパーティーがバラエティに富んだ機能を開発することでエコシステムを形成し、ユーザーを囲い込むのが特徴です。中国のWeChatやAlipay、インドネシアのGojek、シンガポールのGrabが代表的な例になります。

現在、モバイルユーザーはスマートフォン利用時間のうち、90%近くをアプリに費やしています。平均して、これらのユーザーはスマートフォンに35個のアプリをインストールしていますが、月一回以上使われているのは15個に過ぎません。ニールセンの調査では、毎日一回以上使うアプリは8個しかないと言われています。これらを考慮すると、少なくともよく使われる8つのアプリの一角を絞めることができたら、強力なユーザーエンゲージメントと競争上の優位性を獲得できるとは言えます。そこで、アプリを提供する企業側としては、スーパーアプリ化を目指す意義が出てきます。

スーパーアプリはユーザーには以下の利点をもたらします。

・サービス毎に新しいアプリをインストールする必要がない
・スマートフォンのアプリスペースや容量を節約することができる
・認証・決済・サインアップが共通化されるので、面倒な入力が減る
・異なるサードパーティーのサービスを組み合わせることができ、エンドツーエンドのカスタマーエクスペリエンスが実現される

提供側としては、UI/UX、セキュリティ、カスタマーサポート等のクオリティを統一でき、それにより、ユーザーに高い信頼感を与えることができるというのもポイントです。また、情報利用の同意が取りやすいことから膨大な量のユーザーデータを収集し、それに基づく商品やサービスのレコメンデーションやプロモーション、また継続的な品質改善や新規機能の開発を実現することが可能です。機能の開発側であるサードパーティー側にも、スーパアプリが保有する巨大な顧客基盤にアクセスできるというメリットがあります。

スーパーアプリは、アジア圏を中心に事例が多く見られ、北米やヨーロッパでの事例が比較的少ないのは、独占を禁止する各種法令や規制、プライバシー保護の動向や文化の違い等が影響していると考えられます。


スーパーアプリの事例:中国

TencentのWeChatは、スーパーアプリのパイオニア的な事例です。月間アクティブユーザー数は10億人以上、1日の平均利用時間は66分、10人中9人が毎日WeChatを利用し、中国の人口の70%以上が利用しているこのアプリは、中国の日常生活のほぼすべてをサポートしていると言っても過言ではありません。

例えるなら、Twitter、WhatsApp、Instagram、PayPal、Tinderなどを1つのアプリにまとめたものとでも言う感じでしょうか。ミニプログラムと呼ばれる、数百万にも及ぶ膨大な量のアプリ内アプリを有し、メッセージを送信するという基本的な機能に加えて、食べ物の注文やタクシーの呼び出し、航空券の予約などにも利用できます。また、言うまでもなく、WeChat Payは、中国のほとんどすべてのお店(大小問わず)で支払いに利用できます。

そんなWeChatの最大のライバルは、Ant FinancialのAlipayです。毎日2億人以上のアクティブユーザーを抱え、十数万以上のミニプログラムを誇っています。ミニプログラムモデルを利用して中国で成功している他のスーパーアプリには、Baidu、Meituan Dianping、TaobaoのTmall等があります。


スーパーアプリの事例:東南アジア、インド

中国以外では、東南アジア最大のスーパーアプリであるインドネシアのデカコーン(100億ドル超の巨大未上場企業)であるGojekとシンガポールのGrabが、独自のサービスを開発し、それらをすべて1つのアプリにパッケージ化するというこのモデルを踏襲しています。どちらもUber対抗の配車サービスアプリとしてスタートし、数十億ドルの資金調達を行い、それぞれのローカルにおけるUberの勢力拡大を阻止しました。そしてそこから、提供サービスのポートフォリオを配車サービスから食事のデリバリーや支払い等の他のサービスに拡大していきました。現在は、それぞれ東南アジア各国に展開しています。

インドを見ると、モバイル決済サービスのPaytmがスーパーアプリの主力プレイヤーの地位を狙っています。Paytmは、プリペイドのモバイルリチャージプラットフォームとしてスタートし、その後、金融サービスや日常生活のための各種サービスに進出しています。

他にも、ECビジネスを展開する Flipkart がスーパーアプリを出しており、また、4G の提供を通じてインドのモバイル業界を再定義した破壊的な携帯電話事業者である Reliance Jio も100以上のサービスを提供する独自のスーパーアプリを立ち上げる予定です。


スーパーアプリの強力な武器であるモバイル決済

スーパーアプリは日常生活のあらゆる面を支えるというところから、モバイル決済サービスやキャッシュレスペイメントがそのKSFの一つになっています。

例えば、WeChatとAlipayの躍進のKSFとして、ネイティブのモバイル決済システムであるWeChat PayとAlipayは欠かせません。これらのアプリ内モバイル決済システムにより、TencentとAnt Financialは様々な企業や加盟店とパートナーシップを結び、アプリのユースケースをより多く開発することができたわけです。

GojekやGrabも、独自ブランドのサービスをモバイル決済システムであるGo-PayとGrabPayを通じて拡大してきました。

スーパーアプリ化を目指す日本のLINEや韓国のKakao Talkも、どちらもメッセージングアプリとしてスタートしつつ、LINE Pay、KakaoPay 等のキャッシュレスペイメントを手掛けるようになっています。


Tech Giantsもスーパーアプリ化を狙う

このようなスーパーアプリのトレンドですが、GAFAを中心としたTech Giantsもスーパーアプリ化を狙っています。

過去にFacebookはFacebookアプリ、Messenger、WhatsApp、Instagramの機能を融合させてスーパーアプリを作ると発表しています。

また、Googleも検索アプリとGoogle Assistantアプリでミニアプリ機能をテストしていると述べました。また、Citi group 等と提携し、預金の口座開設、デビットカード発行、Google Pay決済、送金等の金融サービスを統合するPlexというスーパーアプリを2021年中に立ち上げる計画を発表しています。Paypalも、同様の金融サービスを統合したスーパーアプリを出すことを発表しています。

Amazonは、ビデオや音楽のストリーミング、金融サービス等、既に様々なタイプのサービスを提供していますが、これらの異なる体験を更に統合していくことを計画しています。

FacebookのCEOであるMark Zuckerbergは、中国や東南アジアでのスーパーアプリの躍進を眺めつつ、2020年3月の自身のブログで、プライバシーや種々の規制に配慮したサービスの進化に関する記事の中で、Facebookが持つ様多様なサービスの相互運用性を実現したスーパーアプリ化に意欲を示しています。

At the same time, working through these principles is only the first step in building out a privacy-focused social platform. Beyond that, significant thought needs to go into all of the services we build on top of that foundation -- from how people do payments and financial transactions, to the role of businesses and advertising, to how we can offer a platform for other private services.


スーパーアプリのビジネスチャンスは巨大です。現在、GoogleやFacebookは収益の大半を広告から得ています。例えば、Facebookでは広告収入が全体の90%近くを占めています。ですが、WeChatでは広告収入の割合を17%にまで低くすることに成功しています。スーパーアプリを使えば、そのスーパーアプリを経由したすべての取引に対する手数料から追加収益を得ることができるというのは重要なポイントです。


銀行もスーパーアプリ化を狙う

スーパーアプリは日常生活を支えるという特徴を持つことから、TechGiantsのようなグローバルプレイヤーが世界中を同様の機能群で席巻していくというよりは、各国で地域密着型のアプリがそれぞれキープレイヤーとなっていくのが現実的かもしれません。そこでいくと、既存の顧客基盤、金融サービスへのアクセス、地域の習慣や嗜好に関する知識、洗練されたアプリに関する優れた専門知識を有する各国の銀行が、スーパーアプリをリリースしていくことは自然な流れかもしれません。

ベルギー第二位のKBC Bankは、銀行のアプリをスーパーアプリ化していくという構想を発表し、着々とそのサービスを拡充しています。


アプリからサードパーティのサービス(Monizze、eBox、PayPal 等)を利用することができ、それにより、駐車場の支払い、公共交通機関の利用、シェアカーのレンタル、プリペイドフォンコール、映画チケットの購入、クーポンの管理、ドキュメントの管理、エアポートの利用、等が可能です。

更には、去年の7月に、KBCは、モバイルアプリでベルギーのサッカー試合のハイライトを放送する権利を購入したとプレスリリースし業界を驚かせています。またアプリはKBC Bankの利用者以外にも開放するとアナウンスをしており、スーパーアプリ戦略を推し進めています。

ベルギー第三位の銀行であるBelfiusも同様の構想を発表しています。同行はアプリ内でサードパーティのサービスを提供しており、また去年、ベルギー第一位の通信プロバイダーであるProximusとのパートナーシップを発表しています。ここでの目的は、1 つのスーパーアプリで銀行、電話会社、その他のサービスを提供できる共同アプリを提供することです。

ブラジルでも、銀行のスーパーアプリ化の動きを見ることができます。ブラジルのデカコーンであるNubankです。銀行で口座を作れない層をメインターゲットに店舗を持たず100%オンラインで金融サービスを提供しています。現在は、マネーウォレット、クレジットカード、リワードプログラム、送金、決済、生命保険、個人ローン等の金融サービスを展開。3000万以上の口座数を持ち、デジタルバンクではNo.1の規模になっており、メキシコ、アルゼンチン、コロンビアへも進出しています。

今後は、ミニプログラムの機能と利用範囲を拡大し、スーパーアプリとして進化させることを計画しています。また、Tencentから現在までに11億ドルを調達しています。今後、NubankがWeChatと同じスーパーアプリの躍進を達成していっても不思議ではありません。


どうスーパーアプリを実現していくか

これら見てきたスーパーアプリですが、その戦略は確かに多くの利益をもたらしうるものではあると言えますが、顧客基盤を十分な形で構築し、多様なサードパーティーのサービスをプラグイン(API、ウィジェット、iFrame等)を介して統合するためのプラットフォームを整備する必要もあります。単にユーザーを自社アプリに呼び込めばいいというものではなく、アプリはPaaS(Platform as a Service)としての顔を持つということであり、つまりは、リスクの高い投資でもあります。

それゆえ、この戦略をとる企業のシステムは、間違いなくクラウドネィティブかつオープンなアーキテクチャに移行している必要があり、銀行であったらオープンバンキングを実現できることが前提になります。スーパーアプリのエコシステム形成には、特定のケースでは競合他社の製品やサービスもユーザーに提供するケースもあり、オープンさは本質的な要素です。


今後、スーパーアプリのライバルの数が増え、競争が激化していくことを想定した場合、収益性と競争力を維持するためには、個々のサービス・機能においてもより専門性が求められることになります。

それを踏まえた上で、スーパーアプリが提供する製品やサービスはそれぞれ全体的なカスタマージャーニーの一部であることを意識する必要があります。オフラインとオンラインの統合、UI/UXの統一やよりスムースなステップやナビゲーションの実現だけでなく、それらをパーソナライズしていくことが大切です。関連性の高いプッシュ通知、アプリの受信箱、そしてEメールを活用することで、企業はユーザーからの信頼、信用、ロイヤリティを獲得しつつ、エンゲージメントを向上させることを目指します。つまりは、強力なパーソナライズとエンゲージメント、そしてデジタルトラストのプラットフォームとして構築していくことになるでしょう。


その先の展開は

見てきたように様々な企業や業界がスーパーアプリ化を模索しています。ですが、スーパーアプリは顧客接点における価値提供の終着駅というわけではありません。その先の展開はどうなっていくでしょうか。

スーパーアプリの次のステップはもしかしたら、AIをベースとした音声制御(またはチャットボット)のパーソナルアシスタントの展開かもしれませんし、それらともシームレスにつながっていく、生活のあらゆる側面をサポートしていくジャーニープラットフォームのようなものになるかもしれません。

スーパーアプリで中国・東南アジアの後塵を拝しているTechGiantsは次のステップにおいては有利な立場にあるかもしれません。先日の記事で書いたように、AppleはSiriを、GoogleはGoogle Assistantを、AmazonはAlexaを擁しています。


しかし、ここにおいても、地域密着型のアシスタントが補完していく余地があるかもしれません。例えば、前述したベルギーのKBC Bankは、AIベースのチャットボット「Kate」で、この市場にも一歩を踏み出しています。予断は禁物です。


終わりに

以上、世界で広がりつつあるスーパーアプリ化の動きについて概観しました。今後も、5Gネットワークの普及やデバイスの進化に伴い、モバイルコンテンツやアプリが更に発展していくことが期待されます。

スーパーアプリやパーソナルアシスタントが日常に溶け込んでいく世界では、提供企業は様々なミニプログラムで構成されるエコシステムを持ち、幅広いサービスを展開します。ですが、そこにおける自らの存在意義は問われるべきポイントになるでしょう。競争は激化していくことが予想されます。単に便利な機能や場を提供するだけではなく、企業の存在意義(パーパス)を持ち、それをもって顧客の体験をエンドツーエンドで最大化することが肝要です。そうして顧客から選ばれるエコシステムの提供者であり続けることが鍵であることは間違いありません。


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