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NIO(ニオ): Tesla のライバルたる中国のEV(電気自動車)メーカー

"NIO ET Preview Concept" by Jengtingchen under CC BY-SA 4.0


NIO(ニオ)

EV(電気自動車)と言ったら、多くの方は、Elon Musk 率いる Tesla を思い浮かべるかと思います。ですが、中国においては、そして世界の自動車業界においても、別の企業の名前も思い浮かべる人が多くなっています。

その企業の名前は、NIO(ニオ)といいます。


中国からもたらされる時代のうねり

今月(2021年1月9日)、中国の新興EVメーカーとなる「NIO」がセダンタイプの新型EV「ET7」を発表しました。ET7は、価格が約6万9000ドルで、TeslaのModel S そして、Model 3 の直接のライバルと目されています。あわせて、NIOは、より大容量のバッテリーパックも発表しました。これは、一回の充電で、1,000kmの走行を可能にするものとなっています。(Tesla の Model Sは、一回の充電で、722kmの走行。)

加えて、トヨタを始め様々な自動車メーカーやバッテリーメーカーが市販化に向けて開発を進めている、リチウチ電池より高性能かつ安全である全固体電池(Solid State Battery)を2022年に搭載可能な仕組みを展開するとも明らかにしました。全固体電池は、リチウム電池に比べて急速な充電性能を持ち、また寿命も長いという特徴を持っています。更にいうと次世代EVの主役となるとも言われています。今後のEV業界の地図を塗り替えかねない発表が、中国からもたされたというところに時代のうねりを感じます。


高級市場をターゲットとするNIO

そんな業界の風雲児になる可能性のあるNIOですが、どんな企業なのでしょうか。

NIO、中国名で上海蔚来汽車と書きます。自動車業界向けインターネットメディア企業である BitautoやEVの開発を目的としたNextEVの会長である李斌(William Li)によって2014年11月に設立されました。

2015年、中国の李克強(Keqiang Li)首相が「メイド・イン・チャイナ2025」計画を発表します。中国を安価で価値の低いモノづくりの中心地から、10の分野でハイテク製品を生産する国への転換を示したもので、この計画遂行のために、中国政府はスタートアップへの助成金を開始しました。これが、NIOを成長させるためのトリガーとなりました。加えて、Tencent、Baidu(百度)、Sequoia Capital、Lenovo 等複数の企業から総額20億ドル以上ともいわれる初期投資を確保し、従来のEVメーカーがValue Propositionとしてフォーカスしてこなかった「スピード」と「デザイン」を重視する製品開発を行います。そして、2016年には初のモデル「EP9」を発表します。


このEP9は2ドアのクーペで、最高速度は時速313km、価格は150万ドルという豪華なスーパーカーでした。2018年にニュルブルクリンクのノルドシュライフェで6分45秒25の記録を樹立し、これは現在に至るまで市販されているEVとして最速のラップタイムとなっています。このモデルは、NIOの知名度を一気に高め、中国の富裕層の間で大きな注目を集めました。NIOは当初から高級市場をターゲットであることを明言しており、中国のTeslaになるかもと期待を高め、2018年9月、ニューヨーク証券取引所にて18億ドルのIPOを果たします。


バッテリー交換というアプローチ

NIOの特徴の一つは、冒頭にもあったように独特のバッテリー戦略です。例えば、Tesla等のEVメーカーは通常、各地に設置されている自社専用の充電設備や公共の充電設備を用いて自動車を充電していく方式を採用しています。ですが、NIOは、中国各地に「Power Swap Station」というバッテリー交換設備を設置し、充電ではなくバッテリーそのものを交換するというアプローチを取っています。この方針の実現のために、NIOは非常に困難な道程でもあるバッテリーの標準化に挑み、バッテリーに対する独自のケイパビリティを構築していきます。2020年6月時点で、中国の59都市に135カ所のPower Swap Stationが設置されており、NIOのオーナーは各Stationにて、3分で満充電のバッテリーに交換することが可能です。

以下は、WSJによるNIOを扱ったビデオですが、バッテリー交換の様子が出てきます。ガソリンスタンドより迅速に交換が終了するとNIOのオーナーが述べています。


加えて、2020年8月、NIOは、CATL(Contemporary Amperex Technology Co. Limited)、湖北科学技術投資集団有限公司、国泰潤南国際ホールディングス有限公司の子会社とともに、Battery as a Service(BaaS)というサービスを開始しました。これは、NIOのオーナーが様々な容量のバッテリーパックを選択し、月々の支払いをすることができるサブスクリプションサービスです。このサービスは、NIOのEVの価格を約25%引き下げることにも貢献しています。

更に、中国政府は、国内でバッテリー交換ステーションを標準化する計画を発表しています。これにより、全てのEVオーナーがブランドに関係なく、どの施設でも共通のバッテリーが使用できるようになります。これはつまり、NIOのオーナーが、NIOのライバル企業のバッテリー交換ステーションでバッテリーを交換することができることを意味します。また、ライバル企業の自動車のバッテリーをNIOの、スムースで経験豊富なステーションのオペレーションで交換されるようにもなることを意味し、EVにおける新しいUX(ユーザー体験)競争が起こることにもなります。そして、EVメーカーがバッテリーなしのEVを販売することが可能になることにもつながり、事実上、購入価格は大幅に安くなり、かつ、EVをオーナーも目的やニーズにあわせて大容量のバッテリーにアップグレードするオプションを手に入れることができるようにもなります。

そこに、冒頭にあげた、全固体電池が搭載可能になるというアナウンスです。NIOの存在と動きは、今後のEV業界の鍵を握っているように見えます。


激しい浮き沈みという不安要素

一見、順風満帆たる未来が見えるNIOですが、実際には不安要素も多くあります。そもそもつい最近まで、NIOの将来はどうなるかわからない極めてリスキーなものとして評価されてきました。

2018年9月にニューヨーク証券取引所に上場した数カ月後の2019年には、2017年からの反動としての世界経済の減速と米中貿易摩擦による中国での個人消費の停滞が起こり、高級市場をターゲットにしているNIOのEV販売を直撃。加えて中国政府が2019年6月に突然、EVメーカーへの助成金を減額。なんとかトップラインを作ろうと打ち続けたマーケティング施策と派手なショールームへのコストが膨れあがり、2019年第3四半期にはコストが前年比25%増となり、収益成長の20%を上回ってしまいます。そして、2019年6月にバッテリー発火事故によるリコールも発生。

このような状態の中、なんとか立て直そうと、NIOは、2019年1月から9月までにかけて約2000人の雇用を削減し、コスト削減キャンペーンに乗り出しますが、IPO時に6.26ドルだった株価は、一年後の2019年9月末に2ドルを下回る結果になります。資金繰りが難しくなり、そして、2020年の年明けには従業員への支払いが間に合わなくなるというところまできます。このままNIOは消えてしまうのかと一時見られました。

ですが、2020年3月、中国政府は助成金の延長と、EVやハイブリッド車を含む新エネルギー車への減税措置を2022年まで延長すると発表。加えて、NIOがEV車本体の開発を委託している国有企業の本拠地である中国安徽省 合肥市(Hefei)がNIOに10億ドルの融資を決定。NIOは危機を脱しました。

おかげで業績は回復。NIOが都市封鎖(ロックダウン)解除後の3月半ばに開催したライブコマースのイベントは400万人が視聴し、5000件以上の試乗予約と320台の受注を獲得しました。5月の納車台数は過去最高の3500台近くに上り、2020年は前年2倍以上の出荷台数となって、株価も高騰。NIOは、12月初旬に時価総額でGMとDaimlerを抜き、世界で4番目に価値のある自動車メーカーとなりました。


そして未来

2020年5月に発表されたBloomberg の調査レポート「電気自動車の長期見通し2020」によると、2040年までのEV販売台数は、世界の乗用車販売台数の58%、自動車販売台数全体の31%を占めるといいます。同時に、2020年7月に発表されたデロイトの調査によると、2030年までには、中国メーカーが世界のEV市場全体の49%を占め、欧州企業が27%、米国企業が14%を占めると予想されています。NIOはこのままTeslaに迫り、世界の覇権を握れるのでしょうか。しかし、実際のところがどうなるかは慎重に見る必要があるでしょう。バッテリーにおける独自のアプローチで、NIOは次世代の覇権を握るかのように見えますが、前提でもある海外でのバッテリー交換のネットワークを構築できるかどうかは未知数であり、またこれまでの経営の混乱の経験から適切に成長をコントロールできるガバナンスやオペレーションをどう獲得していくかという課題もあります。業界のフロントランナーであるTeslaに対抗するには、まだ長い道のりがあると言えますが、少なくともEVの未来を占う上で目が離せないプレイヤーの一つであることは間違いありません。


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