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香りはどこから来るのか。

前々回の柄香炉において香を焚く習慣がユーラシア大陸全体に広がっていたことと香を焚く香炉は4000年も前には今あるような柄の付いたものを使っていたことに触れました。
今回はこうした原料がどこから来ているのかの部分にフォーカスしたいと思います。

香りには二つの役割がある。

お香は空間を清めたり、畏敬の念を表明するための装置としての役割と日常のフレグランスや芳香剤などの空間に色を添える目的やリラックス効果を目的とした楽しむための役割の二つがあります。

歴史的な道筋としては宗教上や儀式上の供物として発生し、その後次第に儀式から貴族社会において香りを楽しむものとして定着し、一般庶民へと普及していった流れを持ちます。

また香木やエッセンシャルオイルのような単一の材料を熱して香りを生むものと数種類の香原料をブレンドして香りを生む線香や香水など二つのグループに分けることもできます。

今回は香りを生む単一材料もブレンドされたものも香料と呼称し、ブレンドされる材料を香原料と呼称します。

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(ペナン島のお寺で見つけた沈香や白檀。1RM=約25円なので安い?)

香原料について


香原料にはそれぞれに個性があり、大きく二つの種類に分けられる。

まず一般的のよく知られているもので単一でも使用され、香り生むものであるお寺で使う「沈香」や「白檀」などの香木やキリスト教などの西方の宗教で一般的な「乳香」「没香」のような芳香樹脂などはよく知られたものだと思います。
これらは主に香りの基礎を作り全体の主となる香原料になります。

一方、単純に匂いを生むものばかりでなく一緒にブレンドした香原料の香りを長期間保つための保留剤・保香剤と言われるものや調薬された香料の全体のバランスを取るための調和剤というものもあります。

これら全てを含めて香原料です。
つまりブレンドされた香料は全体の主役とそれを引き立てる脇役が混ざり合って一つの香りを作っているのです。

こうした香原料の調合は旧約聖書の「出エジプト記」や仏典の中にも記載されており、古代インドやオリエント社会において古くから広く行われていたことが考えられています。

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(僕が世界一周の出発までに作ったノートの1ページ。もうどこの何を引用したか思い出せない・・・)

どんな香原料があるか

【沈香】 
名前の由来は木より比重が重いので水に沈むことから来ており、正式には「沈水香木」という。これはバクテリアの作用で木質内に樹脂つまり樹液が溜まって重くなったため起こります。

東南アジア全域で産出する沈丁花科アキラリア属の木が腐ったもので東南アジアの様々な地域で取れるので地域により名前がついています。
「シャム沈香」とはベトナム産で「タニ沈香」はインドネシア産のことを指します。

カンボジアやラオス産のものは甘い香りがマレーシア産のものは酸味があるとされ、地域によっても樹脂に個性もあるとされています。

また【沈香】と【伽羅】が別々のものに思われることがあるが【伽羅】は沈香の一種で、ベトナム中南部でしか取れない最高級品のことです。

この【伽羅】の名は先日「シュウカツ!!」の方に登場したカンボジア・クメール王国とそのクメールと長年戦争状態にあったチャンパオ王国のエリアを表す言葉らしい。
江戸時代の日本はこのチャンパ王国やクメール王国を滅ぼしたアユタヤ王国と交易関係にあり、徳川家康はこれらの国に伽羅を分けて欲しいと書簡を送っている。ちなみにこの交易の為にアユタヤにもチャンパにも日本人の居留地が作られたそうです。

【白檀】
マレー半島とインドを原産とする半寄生型の常緑樹で燃やさなくても木そのものから甘い香りがする。おそらく一般の人が最もよく知った香りの香木でしょう。

常に木そのものから香りがするので白檀で作った仏像や骨に白檀を使った扇子などが販売されています。また香原料の中でも特に防腐殺菌力が強く、衣服や着物を守る防虫香の原料としてよく使っています。

インド・マイソール産のものは特に高級品で別名「老山白檀」という。

【丁子】(ちょうし)
インドネシアのモルッカ諸島や東アフリカのザンジバル諸島原産でフトモモ科のチョウジノキの花の蕾を乾燥させたもの。
またの名を「グローブ」と言います。肉料理やカレーに使われる香辛料でもあるのでこちらの呼び名の方が有名かもしれない。

香りが高く、白檀と同様に防腐殺菌力が強く。
この丁子はクレオパトラが特に好んだ香原料とされエジプトへの交易品として原産国から運ばれた記録が残されています。

【甘松】(かんしょう)
中国やインドのヒマラヤエリアに分布するオミナエシ科の多年草の根や茎を乾燥させたもの。甘みある香りで沈香や白檀と合わせる。鎮静作用があり漢方薬の材料としても使われます。

【鬱金】(うこん)
アジア原産のショウガ科の多年草であり「ターメリック」ともいう。
一般的のよく知られた香辛料であり香原料で、黄色染料でもあり薬用効果もあるので甘松と同様に漢方薬の材料になっている。

甘松や鬱金のように漢方薬の材料でもある香原料は多く。
実際、京都には漢方薬の材料を販売する会社といて創業し共通する原料を商ううちにお香屋さんへと鞍替えした会社もあります。


【龍脳】(りゅうのう)
インドネシアやボルネオを産地とするフタバガキ科リュウノウジュの樹脂を加工してできた白い結晶です。クスノキから取れる樟脳という似た香りのする香原料もあります。そしてどちらも防虫・防腐効果を持っています。

【山奈】(さんな)
インド・中国南部のショウガ科の根茎で匂い袋や防虫香の材料になり、インドではスパイスとしてカレーに使われるそうですが日本では専ら香原料にされています。

【大茴香】(だいういきょう)
ベトナム北部、中国の広西省や雲南省で取れるモクレン科の多年草で香原料以外にも葉や茎は食用にされる。
一般には「八角」と言った方がわかりやすいかもしれません。
中華料理の代表的な香辛料の一つであり、インフルエンザ薬のタミフルの材料の一つでもあります。

【貝香】(かいこう)
ザンジバルやフィリピン産の貝類を粉末状にしたもので、香りの保留剤の一つとされます。
保留剤というのは匂いの発散性の強い香原料と混ぜて、その発散を抑える効果がある香原料です。現在の国内品の多くはアフリカ産のものが主になっているそうです。

【麝香】(じゃこう)
別名は「ムスク」と言う。化粧品などでよく見かけるのでこちらの呼び名の方が広く知られているとのではないでしょうか。
中国・シベリアに住むジャコウジカの雄の腹部にある香嚢から取り出す動物由来の香原料です。一頭から約30gから60gほどしか取れないのでワシントン条約で取引が禁止されていて現在ムスクと言われるもののほとんどは化学的に調合された合成ムスクです。
貝香と同様に保留剤としての効果が強く、薬用効果としては強心作用が強く「救心」などの原料になっています

麝香のような動物性の香原料は他にもジャコウネコから取れる【霊猫香】(れいびょうこう)別名「シベット」やマッコウクジラの体内で生成される【龍涎香】(りゅうぜんこう)別名「アンバーグリス」などがあります。
どれも動物由来にものはそのままでは非常に匂いがきついので薄めて使用され、保香力が非常に強い。またどれも非常に貴重な香原料で高値で取引されています。

【乳香】(にゅうこう)
アラビア半島南西部・アフリカ北東部・ソマリランド・イエメンで古代から産出される香原料です。
カンラン科ボスウェリア属の木から取れる樹脂を固めたもので古代エジプト文明から利用されており、その後古代ユダヤ人にも受け継がれキリスト教においては重要な香料の一つとさるようになった。
今日も教会でのミサなどで使用される仏教における沈香のような役割の香料です。

【没薬】(もつやく)
乳香と同じようにアラビア半島やアフリカ北東部で取れる。
カンラン科モツヤクジュの樹脂を固めたもの。
こちらもキリスト教において重要な香料の一つで仏教であれば白檀のようなものと考えることもできる。
別名「ミルラ」と言われ一説にはミイラの語源になったと言われており、白檀と同じように防腐効果があるので実際にミイラの加工に用いられる香原料です。
乳香も没薬も日本では線香の香原料として利用されています。

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(マルセイユ石鹸の工場での香原料匂い体験の様子ヨーロッパは花や薬草が多かった)

保管について

これら様々な香原料があるが中で特に保管する上で気をつけることが二つあります。
まずは湿気対策です。これは乾燥剤を入った箱や専用の桐箱などに保管することをおすすめします。

そして最も大切なのは保管方法です。
一般家庭ではあまり起きない事例ですが、線香と香木や抹香は一緒に保管してはいけません。線香の香りが香木に移ってしまうからです。
線香は主になる香りを作る沈香や白檀に様々な保香剤や調香剤をブレンドして作られています。そのため長期間一緒の箱や同じ戸棚で保管するとそのブレンドした材料の香りが移ってしまい本来の香りを損ねてしまうからです。

線香と香木はそれぞれ違う箱で違う場所に保管することをおすすめします。

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(インド・日本寺で線香と香木を整理させてもらった時の写真。湿気が怖い。)

今は手に入らないものがある


ワシントン条約により天然の麝香はほとんど取引されていないそうです。中国で生きたジャコウジカから取る技術が開発されているがそれでも世界中の需要に応えられるほどではないらしいです。
このようになかなか手に入らない香原料があり、取引数が非常に少ない為に価格が高騰しているものもあります。

その中で法衣店の現役時代に特に注目されたのが「沈香」「白檀」の価格の高騰で。
これにもちゃんとした理由があります。
原産国の東南アジア地域でこの二種の香木の輸出が規制されていたためです。
具体的には原木のままつまり加工前の状態では輸出しない状態になっています。
今流通している抹香や粉香は現地で加工したものか国内保有の原木を加工したもので原木は国内保有のものしかないので総じて価格は高騰していきました。

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(ラオスで見た原木。お土産でも持って帰れないはず。)

香料流通であったとんでもない話。

香木の原産国での輸出規制を設けるようになったことで中国などの他の仏教国でも香木の値段が高騰したそうです。
そのため風の噂に中国人が先物取引の材料として日本の原木を買い締めようとしたなんて話も出回ったりしました。

そして遂には化学的に調合した香料液の中に沈香に似た木質の材木を漬け、高圧下に置いて香りを圧着させた偽の匂いを着けた人工の沈香が出回る様になったのです。

5年程前に一度だけお香屋さんでその偽物を見せていただいたことがあります。
見た目では本物の沈香と見分けるのは非常に難しかったのですが、焚いてみると香りはとちょっと違和感がします。ただ普段から沈香に慣れているお坊さんやお茶を習っている方なら違和感を感じるくらいだと思います。
しかしそれも今から5年以上前の話なのでその後進化していたどうなっているだろうかと思います。
怪しい香木の話には乗らないことおすすめします。


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