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格差【エッセイ】六〇〇字

 半世紀以上も前の、高校時代。英辞書のページを食べる「変わり者」と噂された、Sという男がいた。単語を丸暗記した後に、喰うらしい。目撃していないので、真偽のほどはわからないが。英語ではいつもトップだったし、全国でも、常に上位に入るくらいに、優秀だった。しかし、在学中に、入水した。
 家庭は極めて貧しかったようで、学生服は傷み、北海道の冬でも裸足だった。便所に行くにも。給食はなく弁当だったのだが、食べている姿を見ていない。ごく普通に育っていたなら、学費の安い国立にも入れただろうし、グローバルに活躍できていただろう、と思う。
 貧しくても、「自助」でなんとかなる者もいる。親友であるAがそうだ。中学から新聞配達をやって資金を貯め、同じ演劇学科に入ってきた。生活費も、私と同じ店でバイトし稼いでいた。友も多く、四年で卒業できた。
 Aだけでなく、親に頼らずに、それなりの人生を歩む者は多くいるだろう。しかし、貧しいがゆえに、自殺に追い込まれる者も少なくない。家庭の差によって、将来が決まってしまうなんて、あまりにも理不尽ではないか。
 「子は、国の宝」。大学教育までは、教育費や生活費を、国が保障すべきと、思う———。
 そんな福祉国家は、いくつもある。少子化で国が先細りにならなくて済むだけでなく、格差を縮める方策、にもなる。それが政治の大事な仕事、と思う。Sも、命を失うことなく、国を支える一人になっていただろう。

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