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もしも「膝枕」が映画化されたら─脚本家が見た膝枕

こちらで公開している短編小説「脚本家が見た膝枕」(近道は目次から)は、短編小説「膝枕」の外伝です。Clubhouseオトナの朗読リレーの原稿をお探しの方は、究極の愛のカタチ─「膝枕」を。朗読リレーの経緯番組表、他の方の二次創作noteはマガジンに。

脚本家が書く脚本家の話

#膝枕リレー が始まって、ひと月。「膝番号」「膝枕er」「膝枕営業」といった新語も生まれ、二次創作が二次創作を呼び、さらにその朗読リレーも始まっている。局地的流行ではあるが、「Clubhouseヒット企画」と名乗っても良さそうな盛り上がりだ。

14年前の「世にも奇妙な物語」の企画募集には引っかからなかったが、人工知能が身近になった今、時代が追いつき、風が吹いている気がする。

噂を聞きつけたどこかのプロデューサーから映像化の声がかかるかもしれない。そしたら、膝枕erたちで祝杯を上げられるかもしれない。

取らぬ狸のなんとやら。映画「膝枕」の脚本を書くことになった脚本家の話を妄想してみた。

今井雅子作「膝枕」外伝 「脚本家が見た膝枕」

「カメオの男のスケジュールが空いた」と待ち合わせの喫茶店に現れるなり、プロデューサーは脚本家に告げた。

「カメオの男」というのは、脚本家が一年かけて本直しを重ねてきた超低予算映画『膝枕』にカメオ出演する予定の若手俳優のことだ。当初は主役の「男」役を打診したのだが、予算が30倍ほどついている超大作娯楽映画の主演が決まっており、撮影期間が重なるということで、「カメオ出演なら」と向こうから言ってきた。向こうというのは、本人ではなく、窓口になっている事務所のマネージャーのことだ。

「向こうは、なんて言って来てるんです?」

氷が解けてすっかり薄くなったアイスコーヒーをストローですすり、脚本家が聞いた。先週提出した44稿目で脱稿したはずだったが、また直しだ。どれぐらいの分量になるかは、向こうのリクエストの度合いによって変わる。

主人公の男の元に膝枕を届ける配達員。それがカメオの男の役だった。出演シーンは冒頭の一箇所だけ、セリフは「受け取ってもらっていいっすか」の一言だけだった。

「セリフを増やしてくれ」なら30分で直せるが、「出番を増やしてくれ」だと別シーンに登場させなくてはならない。取ってつけたようなチグハグさを出さないためには、前後とのつながりもいじる必要がある。一日がかりになるかもしれない。主人公の男がもう一人のヒロインであるヒサコと出会う居酒屋で配達員がバイトしている設定を思いついたが、ご都合だなとすぐさま打ち消した。

「主役、戻せないかな」

「コーヒー」と店員に告げた流れで、プロデューサーが切り出した。カメオの男を主役にできないか、とコーヒーを注文するのと同じノリでサラッと言いやがった。

たしかに主役をオファーしたが、断って来たのは向こうだ。だからこっちは別な役者を当たった。カメオの男ほどの人気はないが、カメオの男より演技力は勝(まさ)っており、現場受けもいい小劇場上がりの俳優だ。役への入れ込みぶりは噂に聞いていた以上で、クランクイン一か月前から箱入り娘膝枕と二人暮らしを始めている。

主演作の撮影が延期になってスケジュールが空いたからといって、すでに役作りを始めている役者を追いやって主役の座に収まろうというのは虫が良すぎる。それがまかり通ると思っているのは、前例があるということだろう。

「まさか、引き受けてないですよね?」
「一旦預からせてもらった」
「預からないで、断ってくださいよ!」

脚本家の声が大きくなり、隣のテーブルでミニスカートの女を勧誘しているスカウト風の男が、なんだよと咎めるような視線を向けてきた。君はいいものを持っているから、レッスンを受けたらすぐデビューできるよとスカウト男が口説き、ミニスカ女がその気になってきたところを邪魔したらしい。あんた騙されているよと女に教えてやりたくなる。無事にデビューできたところで、化かし合いは日常茶飯事だ。

ついでに、スカート短すぎるよ。太ももまで見えちゃってる。「膝枕」の話をしている横で、生膝が視界に入って来るのは何とも落ち着かない。

「例えばの話だけど、ヒサコを男にするっていうの、ある?」

「例えばの話」とプロデューサーが言うときは、一例ではなく本命だ。この設定に乗れるかどうかを聞いている。脚本家になりたての頃はその流儀を理解しておらず、アイデア出しのきっかけなのだと思っていた。

「ヒサコを男にすると、主人公の男の設定が変わりますよね」と脚本家が言うと、
「まぁ、女になるかな」とプロデューサーは言った。夏になったら、半袖になるよな、のノリだ。設定を変えるのを衣替え感覚で言わないでもらいたい。

「そうなると、結局、今決まっている主役を動かすことになりませんか?」

そうだよなとプロデューサーは納得したそぶりを見せ、「主人公の男はそのままにしよう」と折れたかに見せた上で、

「例えば、主人公の男と配達員の男と箱入り娘膝枕の三角関係にするのはどう?」

またしても「例えば」を持ち出した。

「それだと、男じゃなくて、膝枕が二股かけてる感じになりませんか。これってラブコメでしたっけ」
「それもありだと思うんだよな」
「なしですよ」

「例えばの話をしただけだよ」とプロデューサーは言うが、脚本家が乗れば、「じゃあ、その線で直してよ」と言ったに違いない。

「主人公の男がヒサコの代わりに配達員の男と箱入り娘を二股にかける設定でいこう」
「ってことは、主人公の男は、男も女も愛せる設定ですか」
「箱入り娘膝枕は女っていうか、モノだから」
「そうなると、何がしたいんだか、わからなくなってきますよね。混ぜちゃいけないのを混ぜてる感じです」
「いや、どうかな。普遍的なメッセージを打ち出せるかもしれないよ」

プロデューサーが適当なことを言ってから続けた。

「愛には性別どころか人間であるかどうかさえ関係がない。究極のバリアフリーでダイバーシティーでSDGs(エスディージーズ)。こういう映画、見たことある?」

見たことがないのは、誰も作っていないからだ。プロデューサーの無責任な思いつきを、理性を働かせた誰かが食い止めて来たのだ。

「一旦預からせてください」

脚本家は原稿を持ち帰ることにした。まったく割に合わない。1年がかりで、45稿。これが最後とも限らない。作品の予算規模から考えて、脚本料は、せいぜい50万円。時給に換算したら、喫茶店でコーヒーを運んでいるほうが稼げるだろう。ギャラの足しにと劇中に登場する「箱入り娘膝枕」が送られてきたが、呑気に膝枕商品に頭を預ける余裕がどこにあるというのだ。労うつもりがあるのなら、生身の膝を寄越してくれ。

生身の膝⁉︎

そうかと脚本家は閃いた。主人公の男と配達員が箱入り娘を取り合うのは、うまく話を組める自信がなかったが、生身の膝であるヒサコを取り合うのなら成立する。

原作の設定通りの「主人公の男と箱入り娘膝枕とヒサコの三角関係」に配達員を加えた四角関係。これならラブコメテイストも入れられる。

配達員とヒサコがくっついてもいいし、男とヒサコがくっつき、振られて余った配達員と膝枕がくっついてもいい。男と箱入り娘膝枕が溶け合って一体化するところは見せ場になりそうだし、CGデザイナーも張り切ってくれている。そこを残すとなると、ヒサコと配達員をくっつけるのが良さそうだ。

脚本を書くのはパズルのような作業で、キャラクターの設定をちょっと変えると、それが脚本全体に影響する。配達員を「ヒサコに想いを寄せ、ヒサコと両想いになる」設定にすることで、傷は最小限に済みそうだ。

となると、ヒサコが主人公の男にこっぴどく振られる場面が必要になる。 

膝枕と切り離される外科手術を受けた男が、身は別々になっても心は箱入り娘膝枕と分かちがたく結びついていることに思い至り、本当に愛しているのはヒサコではなく箱入り娘なのだと悟る。ようやく男が振り向いてくれると期待していたヒサコは今度こそ失恋し、失意の底に突き落とされる。

そんなヒサコの目の前に現れる配達員。二組のカップルが生まれてハッピーエンド。

一気に書き上げた。プロデューサーと別れてから、わずか4時間。このスピードで改訂稿を上げてきたら、舌を巻くだろう。今日のオーダーにこれ以上の形で応えられる脚本家が他にいるだろうか。いや、いない。ただし当社比。

「改訂」に原稿の「稿」と書いて、改訂稿。脚本家のMacBookは日本語に弱いらしく、「かいていこう」と打って変換すると、「書いて行こう」と出る。英語にするとKeep writing。「腐らず頑張れ」と励ましてくれているようで可愛い。

45稿で決定稿となった。日本語が苦手な脚本家のMacBookは「けっていこう」と打ち込んで変換すると、「蹴って行こう」と出る。Keep kicking。理不尽をはねのける威勢の良さがある。

久しぶりに枕を高くして深い眠りに落ちた脚本家は、あくる朝、プロデューサーからの電話で目が覚めた。

「ネットニュース見た?」

撮影延期になっていたカメオの男の主演映画が、急遽クランクインすることになったらしい。

おいおい、早く知らせてくれよ。配達員膨らませちゃったよ。

「参ったよ」

プロデューサーがため息をつくが、どこか他人事(ひとごと)な響きがあった。

「いいじゃないですか。あのレベルの役者なら、いくらでもいますよ」と脚本家が言うと、
「彼に肩入れしてたんじゃなかったっけ」とプロデューサーは意外そうに言った。

話が噛み合わないと思ったら、役を降りたのはカメオの男ではなく、主役の男だった。役作りのために二人暮らしを始めた箱入り娘膝枕に溺れ、部屋から出て来なくなってしまったという。映画『膝枕』の撮影より前にスケジュールしていた仕事も軒並みキャンセルしているらしい。

「だったらカメオの男を主役に」と脚本家は言いかけたが、その線は消えてしまっている。

「じゃあ次、誰に当たります?」
「次なんて、ないよ。クランクインまで2週間切ってるんだから。今、スケジュールが空いているってことは、売れてないってことだよ」

プロデューサーの声が、くぐもって聞こえる。横になって話しているのだろう。こんな大事な話をするときに、箱入り娘膝枕に頭を預けてやがるに違いない。

「主役がつかまらなかったら、クランクインできないじゃないですか」
「だよなー。これ流れるパターンだ」

ダメだ。企画は流れるかどうかはプロデューサーの踏ん張りにかかっているのに、完全に腰がひけている。いや、腰砕けになっているのだろう。箱入り娘に。

ここは怒るところだ。ヘラヘラしていると、つけ込まれる。

終わりの見えないダメ出しに弱音を吐きそうになりながら、「書いて行こう」と前を向いて書き続けられたのは、作品を少しでも良い形にして届けたいという作者の意地があるからだ。

作品になれば苦労は消し飛ぶが、作品を世に出せないと、徒労感だけが残る。

怒らなくては。自分が書いた登場人物たちに代わって。ここで怒らなくては、主人公の男も、箱入り娘膝枕も、ヒサコも、配達員も、彼ら彼女らのセリフも、誰にも届かないまま埋もれてしまう。

もちろん、その脚本の書き手の存在も。

なかったことにしてはいけない。怒らなくては。怒らなくては。怒らなくては。

だが、体に力が入らない。

昨夜、45稿が決定稿になった達成感で、脚本家は、届いたまま部屋の隅に追いやっていたその箱を開けた。中身を取り出し、頭を預け、マシュマロのような感触に受け止められた。それっきり、一度も起き上がっていない。

脚本家の頭は、箱入り娘の膝枕に深く沈み込んでいた。この膝があれば、もう何もいらない。

膝開けは「ミスター膝枕」徳田祐介さん

お酒の口開けならぬ初朗読の膝開けは、「箱入り娘のピロートーク」に続いて、膝枕リレー2番手(膝番号2)の徳田祐介さん。徳田さんの「朗読練習王国」に合わせて、このnoteを公開。初見で読んでいただいた。

「カメオの男」の発音が少し違ったのと、「結末を知っていたらもっと遊べた」とのことで、再演にかけていただくまでに原稿も磨く予定。



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脚本家・今井雅子(Clubhouse朗読 #膝枕リレー)

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🎤Clubhouseにて「膝枕」オトナの朗読リレー中 https://www.joinclubhouse.com/@masakoimai ✏︎saita連載小説「漂うわたし」✏︎オーディション発「私じゃダメですか?」脚本公開✏︎おじゃる丸✏︎嘘八百シリーズ