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生物多様性は感染症リスクを減少させるのか増大させるのか

生物多様性と感染症リスクの関係についての最近の論争について簡単に解説しました。本稿は、森林文化協会発行の年報「森林環境2022」のトレンドビューに掲載予定の原稿です。許可を得て掲載しています。
河田雅圭(2022)生物多様性と人獣共通感染症リスク. 森林環境 2022, 58-61.でお願いします。年報「森林環境 2022」 pdf版はこちら

生物多様性と人獣共通感染症リスク


  生物多様性の減少は、生態系がもたらす様々な恩恵(生態系サービス)を減少させることが予測されることから、生物多様性の保全は、SDGs(持続可能な開発目標)でも重要課題とされている。そのような状況の中、新型コロナウィルス感染症の流行は、人間の開発による生態系への影響が原因の一つであるとする論調が多くみられる。野生生物の中で保持されているウイルスなどの病原体が、自然の開発(生物多様性の減少)によって、人間に感染するリスクが増大する、という考えである。
 生物多様性と感染症との関係には、2つの側面がある。一つは、生物多様性の増加は、感染性病原体の密度や伝播を抑えて、感染リスクを減少させるという側面と生物多様性の高い地域は、人間に感染する可能性のある病原体の多様性も高くなり、人間への感染の危険性が高まる(生物多様性のディスサービス)という側面である。しかし、この2つの側面も単純にどのような場合でも当てはまるわけではなく、生物多様性と感染症との関係は複雑である。この問題は、国外では、科学的に大きな論争となっており、「生物多様性を保全することで感染症リスクが低下できる」という単純な結論には至っていない。そこで、本稿では、最近出版された生物多様性と感染症との関係をレビューした論文(1-3)をもとに、この問題について解説したい。

生物多様性の減少と感染症の増加:希釈効果

 希釈効果(dilution effects)とは、病原体やベクターに対する宿主の質が異なる場合に、生物群集における種の多様性が高いほど感染症のリスクが減少することをいう。たとえば、農業では、何十年も前から、同じ作物種の異なる品種を植えることで病原体の伝播が抑えられることが知られているが、同様に、異なる種を混同することにより病原体による病気が減少することが知られている(3)。
 自然界でも、希釈効果の存在が報告され、生物多様性の増加と感染症との負の関係が指摘されるようになった(1)。たとえば、人間に重篤な症状を引き起こす住血吸虫の感染の危険性は、他の多様な巻き貝の種が増えるほど減る。それは、住血吸虫の中間宿主となり得る巻き貝の種の数が減り、住血吸虫にとって好ましくない宿主が増えることで、人間への感染確率が減少するからである。また、北米でみられるハンタウイルスは、げっ歯類が宿主となるが、哺乳類の多様性が高まるほど、ウイルスを保持しない個体の割合が高くなるため、ウイルスの人間への感染確率が低下する(図1)。

図1

図1. 希釈効果の概念図。人間へ感染するウィルスを保有するダニの宿主(ネズミ)が4種(A~D)存在する。宿主の多様性の高い群集では、ダニを保有する割合の高いネズミC種が全体の中で占める割合いは低く抑えられているが、宿主の多様性の低い群集では、C種の割合が高く、人への感染リスクが高まる。


しかし、このような希釈効果が、自然生態系でどれくらい一般的なのかについては論争がある。アメリカでは、この論争は論者を感情的にさせてしまうようで、それは指導教員が学生に希釈効果について研究することを控えさせるほどであるという(4)。論争の原因の一つは、希釈効果がどれほど自然界に一般的にみられるか、ということのようである。実際に、希釈効果がみられるためには、いくつかの条件が必要である。それをみたさない場合は、種が増えるほど感染確率が増加する場合(増幅効果)もある。
 生物多様性と感染症との関係を考える上での重要な点は、生物多様性の影響を受けない感染症と影響される感染症を区別することである(1)。たとえば、宿主以外の生物と相互作用しない病原体は、生物多様性の影響を受けないと考えられる。多くの種類の宿主に寄生する病原体、複雑なライフサイクルをもつ寄生虫や病原体、ベクターを介して感染する病原体などは、生物多様性の変化に最も反応しやすいと予測される(1)。
 希釈効果がどれくらい一般的かについては、メタ解析(複数の研究データを統合仕手解析する統計手法)をした研究がある。61種の寄生者について総合的に解析した研究では、生物多様性と疾病には負の関連性が一般的であった (5)。特に、人獣共通感染症や野生動物のみ感染している疾病で、生物多様性と感染症の間に負の関係があることが強く示された。一方、Wood ら (6)は、世界保健機関(WHO)が把握している最も重要な24のヒト感染症うち生物多様性の影響を受ける可能性がある11の感染症について検討した。その結果、調査した国全体を通した解析では、11の感染症のうち5つにおいて生物多様性が増加すると感染症も増加した。しかし、同一国内で解析すると、7つの感染症において生物多様性増大は感染症減少を引き起こし(統計的に有意なのは1つのみ)、4つ感染症において生物多様性増大は感染症増加の傾向を示した(統計的に有意なのは1つのみ)。
 これらの結果から、Rohr ら (1)は、調べる空間スケールで、希釈効果の検出が異なってくることを議論している。つまり、希釈効果は、感染や伝播といった生物間の相互作用の程度の違いによって生じる。そのために、希釈効果が観察される空間スケールは、生物が密接に相互作用している群集である必要がある。それに対して、大きなスケールでみたとき、生物多様性が高いほど感染症や寄生虫の出現する確率は高まると指摘している。実際に、Rohrら (2)らの再解析では、調べる空間スケールが小さくなるほど生物多様性の増大と感染症リスクは負の関係を示した(図2)。

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図2. 生物多様性が感染症リスクに与える効果と解析した空間スケール。 効果が正のときは生物多様性の増加により感染症リスクは増大し、負のときは減少する。Rohr, J. R. et al.(1)を改変。

人獣共通感染症の病原体供給源としての生物多様性

Jonesら(7)は、1940年から2004年の間の人獣共通感染症が発生しやすい場所の解析を行った。その結果、野生動物の種多様性が高い場所ほど、野生動物に由来する人獣共通感染症の発生予測が高くなった。しかし、様々な要因を同時に考慮して、その影響の違いをみると、人口密度の方が、野生動物の種多様性よりも感染症発生により高い影響を及ぼしていた。このことは、人獣感染症の宿主となる野生動物の多様性が高いほど感染症を保持している可能性が高いが、人口密度が高いとそれら野生動物と接触する機会が増大し、人間への感染が増大すると考えられる。つまり、生物多様性の高い地域での人間の自然への介入は、自然界で保持されている感染症が人間に感染拡大(スピルオーバー)する可能性を増大させるということだ。
 人間の自然環境や生物多様性への影響による感染症のスピルオーバーは、単に人間と病原体との接触機会が増大することで生じるだけでない。人間による森林や自然環境の土地利用の変化は、人獣共通感染症の宿主となる種の分布、行動、数などに影響を与え、それにより人間への感染が増加することもあるようだ(8)。また、人間の影響を受けている生息地では、受けていない生息地に比べて、人獣共通感染症の宿主となる種の多様性と数が多いということが指摘されている(9)。つまり、人間の影響を受けた生息地で繁栄している種は、潜在的な病原体の種類と数が共に高く、スピルオーバーの機会をより多く提供しているという(2)。
 ヒトに病気を引き起こす病原体を保持している生物種(リザーバー)は、齧歯目、食肉目、偶蹄目において最も多く見られた(10)。人獣共通感染症の最も一般的なリザーバーは、ネズミ、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどの家畜であった(10)。人獣共通感染症の病原体の宿主となる種は、そうでない種に比べて、保全上の懸念が低い(絶滅危惧種や危急種でない)可能性が高いようである(11)。リザーバーとなりうる種の特徴として、寿命が短く、生活史が早いことが指摘されている。自然免疫と適応(獲得)免疫への投資はトレードオフの関係にあり、寿命の短い種は自然免疫への投資が多いことが示唆されている(12)。そのため、寿命の短い種は、獲得免疫反応が弱く、免疫が強い宿主と比較して、高い感染力の病原体を維持する可能性が高い。それに伴って伝播性も拡大すると考えられている(2)。これらのことから、人間による生態系への影響は、人獣共通感染症のリザーバーを増加させる可能性があることが示唆される。

生物多様性保全と感染症リスク対策

  生態系や群集を構成している生物種には、病原体、寄生虫、ウイルスなどの寄生生物が含まれているので、生物多様性が高い地域は、必然的に感染症の原因となる生物種も増加する。そのため、広いスケールで比較してみると生物多様性(種数)と感染症リスクは正の関係が検出されやすくなるだろう。一方で、局所的にみてみると、宿主となる生物種の間に病原体の感染率や保持率に差がある場合、相互作用する種が増加するほどその病原体の感染リスクが減少するという希釈効果がみられる傾向がある。希釈効果がみられるかどうかは、その病原体の感染様式や宿主の性質に依存すると示唆されている。
 Jonesら(7)の解析は2004年までのデータであるが、過去約60年の間に大幅に新興感染症が増加していることを示している。Keesing とOstfeld (2)の主張によれば、人間の影響をうけている生態系ほど、感染症のリザーバーとなる宿主が多く、人間による生態系や生物多様性の改変によって、感染症が人間へスピルオーバーすることにより感染症リスクが増大している可能性が高い。近年、生物多様性は、急激に減少していると言われている。しかし、一方で、局所的な種の数はそれほど変化せず、種の構成が変化し、置き換わっていることが示されている(13)。感染症リスクに関係する生物多様性とは種の数よりも種の構成員の変化が重要であるかもしれず、生物多様性の保全によって感染症リスクを抑えるには、リザーバーとなり得る種の数と個体数を管理する必要がある。
 ヒトが1万年前に農耕を開始し、定住によって人々が密集して生活し、家畜などを飼育するようになり、このような感染症の影響は特に大きくなったと考えられている(14) 。さらに、現代になって、人間のグローバルな移動や大規模な土地改変が感染症リスクをさらに増大させているといえる。そのような状況のなか、感染症リスクを減少させるためには、公衆衛生学的な感染や伝搬の制御、ワクチンや治療薬など医学的対策が中心となると考えられるが、同時に生物多様性を人間がうまく管理することで、感染症のリスクを低減することができるかもしれない。

以下は関連記事です
人類の進化史と病気の進化
カリブ諸島のヒトと動物の移入・絶滅の歴史


引用文献

(1) Rohr, J. R. et al. (2020)Towards common ground in the biodiversity–disease debate. Nature Ecology and Evolution 4, 24–33. 
(2) Keesing, F. and Ostfeld, R. S. (2021) Impacts of biodiversity and biodiversity loss on zoonotic diseases. Proceedings of the National Academy of Sciences  118, e2023540118 
(3) Keesing, F. and Ostfeld, R. S. (2021) Dilution effects in disease ecology. Ecology Letters doi:10.1111/ele.13875.
(4) Halsey, S. (2019) Defuse the dilution effect debate. Nature Ecology and Evolution 3, 145–146. 
(5) Civitello, D. J. et al. (2015) Biodiversity inhibits parasites: Broad evidence for the dilution effect. Proceedings of the National Academy of Sciences 112, 8667–8671 (2015). 
(6) Wood, C. L. et al. (2016) Does biodiversity protect humans against infectious disease? Ecology 97, 542–545.
(7) Jones, K. E. et al. (2008) Global trends in emerging infectious diseases. Nature 451, 990–993.
(8) Murray, K. A. and Daszak P. (2013) Human ecology in pathogenic landscapes: Two hypotheses on how land use change drives viral emergence. Current Opinion in Virology 3, 79–83
(9) Gibb R. et al. (2020). Zoonotic host diversity increases in human-dominated ecosystems. Nature 584, 398–402 
(10) Plourde B. T., et al. (2017) Are disease reservoirs special? Taxonomic and life history characteristics. PLoS One 12, e0180716.
(11) Johnson C. K. et al. (2020) Global shifts in mammalian population trends reveal key predictors of virus spillover risk. Proceedings of Royal Society B 287, 20192736.
(12) Martin, L. B., S. C. Burgan, J. S. Adelman, and S. S. Gervasi (2016) Host competence: An organismal trait to integrate immunology and epidemiology. Integrative and Comparative Biology 56,
1225–1237.
(13) Vaidyanathan, G. (2021) The world’s species are playing musical chairs. Nature, 596, 22-25
(14) Wolfe, N. D., et al. (2007) Origins of major human infectious diseases. Nature 447, 279–283.


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