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光男の才能は花開いたのだろうか?

私が小4のときのクラスに光男という名前の大人しい子がいました。

彼と少しずつ話すようになって驚いたことは、彼はもう独学でラジオを組み立て始めていたことです。

やっとトランジスターが出現した時代で、千葉の田舎町ではまだ太い真空管を使っていました。

光男は妾の一人っ子で、彼の父親はビルの工法の特許を持っていたそうです。
父は蔵前の出身、つまりそれは東京高等工業のあった場所で、今の東工大のことです。

光男は中学になると「相対性理論」とか、「絶対温度まで冷やすと電気抵抗がゼロになるので超伝導になる」などと解説してくれるので、私は尊敬して付き合い続けていました。

でも光男は理科だけが得意で、その他の科目、特に英語は全然ダメでした。

私も英語は苦手だったので、落第しないようには努力していましたが、光男は嫌いな科目は全く努力をしませんでした。

光男は私と同じ県立高校には入学したものの勉強はせず、高二ごろには中退して、以後音信も途絶え行方不明になってしまいました。

今、日本ではダイバーシティー(多様化)がにわかに言われていますが、それを重要視するならまず【校則の廃止】から始めるべきでしょう。

教師としては均質な生徒の方が扱いやすいのだろうと思いますが、今頃よく指摘される「発達障碍児」たちなども排除せず、得意な面を延ばしてやるように教育したら良いと思います。

戦後の一時期、家電製造は器用で正確な日本人の独壇場でしたが、コンピューターの出現で産業の主力がハードの均質大量生産から、ソフト開発というIT産業の重要な部分に移っていくと、日本は次第に基材造りの下請けに落ちぶれていってしまいました。

こういう時代になりますと、いわゆる開成・麻布レベルのオールラウンダーを一万人排出しても、1人のスティーヴ・ジョブス級には太刀打ちできません。

ですから光男のような特別な才能を持つ「発達障碍児」を百人ぐらい集めて、親切に手助けしてあげたら、その中の一人ぐらいは、日本の産業に希望をもたらすような基本的なアイディアを世界中にもたらしてくれるかもしれません。

光男も生きていれば80歳、どんな人生を送ったのだろうか。

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ソニー 盛田昭夫

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※編集協力
和の国チャンネル
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