米国における知的障害・自閉症のある人の自傷行動・他害的破壊的行動の治療ににおける「電気ショックを利用した装置」についての事件・論争からみえるもの(1)治療をめぐる経緯 20210802改訂
イントロダクション
知的障害のある人の10~15%に自傷行動、他害破壊的行動、ステレオタイプな行動など、何らかの行動上の問題があるといわれています(Holden & Gitlesen,2006)。特に、自閉スペクトラム症はこのハイリスク要因の一つとされています。
これらの治療に関するエビデンスは、環境調整や機能的アセスメントをベースにしたPBS(ポジティブ行動支援)、FCT(機能的コミュニケーション指導)、AAC(補助代替コミュニケーション)などのABA(応用行動分析学)の介入により、不適応行動に代わる適応的行動を教えること、そしてそれに薬物療法を併用することが指摘されています(David,2021,Heyvaert et al., 2014; Hutchins and Prelock, 2014; Walker and Snell. 2013)。嫌悪的な刺激による治療は、これらを超えて第一選択肢として適用することは当然のごとく推奨されていません。
しかし失明のリスクがあるような、あるいは骨が見えるほどの激しい自傷行動、けがを負わせてしまうような強い他害行動などについては、入院での長期間の拘束や多量の向精神薬による対応を余儀なくされている事例があるのも事実です。
このような状態における治療では、倫理性の観点から通常ではs到底推奨されない嫌悪的な治療法をも選択肢として適用すべきなのでしょうか。これについては現在も議論が続いています。米国での事例をもとに考えていきたいと思います。
まず、米国での電気ショックによる治療をめぐる事件とその経緯について追いかけてみたいと思います。
電気ショックを利用した装置の適用と事件
Judge Rotenberg Educational Center(ローテンバーグ教育センター 以下JRC)は米国のマサチューセッツにある学校であり、全米でもただ一つASDや知的障害のある人の不適応行動に対して現在も電気ショックを利用した装置Graduated electronic decelerator(GED)を使用している組織です。
Wikipediaの.”Judge Rotenberg Educational Center”の記事ではJRCの歴史や複数の事件、その後の対応について記されています。その一例として、Andre McCollinsの事件を要約してみます。
Controversial Shock Device Used To Modify Behavior In Massachusetts Facility | TODAYによる動画では当時の映像を見ることができます。
McCollinsの事件は、GEDの適用について重篤な問題行動に対して通常の方法でうまくいかない場合に、という「適用の限定」を超えた乱用といえるでしょう。このように嫌悪刺激による治療には、かつてこの事件以外にも、範囲を超えた適用や乱用による悲劇が過去にいくつもあります。
嫌悪刺激による治療による範囲を超えた適用や乱用リスクが生じる要因は、嫌悪刺激による治療の即効性がそれを行う人の行動を強化することやスタッフの知識といった個人の問題から、施設のガバナンス、倫理的なルールの徹底と監視といった、組織内の随伴性の問題など、多くのことが考えられます。このような事件の繰り返しは、私たちがこの方法を組織的に制御することが非常に困難であることを示しているともいえます。そして公的な動きが始まります。
FDAによる禁止と裁判
Food and Drug Administration(FDA食品医薬品局FDA)は、2016 年に、これらのデバイスを禁止する案を作成しパブコメを実施しました。結果、電気ショックを利用した装置であるGEDのような嫌悪条件付け装置は「不当な危害のリスク」をもたらし、PBS(ポジティブ行動支援)などの最近の行動的プログラムよりも効果が低いと結論付け、2020年4月、その使用を禁止しました。
しかしJudge Rotenberg Center (JRC) と JRC Parents Association (JRCの親の会)は、FDA に禁止に関連する措置の停止を請願し、米国コロンビア特別区控訴裁判所に禁止の控訴を提出しました。2021年7月、控訴裁判所は、知的/発達障害のある人々に使用されるGEDの使用を禁止するFDAの規制を一部無効にする決定をしました。裁判所は、FDAには、すべての用途でGEDを禁止するのではなく、自傷・他害などに関しては禁止する権限がないとしました。
JRCは、過去何度も嫌悪的治療の使用に関する訴訟を受けながらも、一部の支持者、裁判の判決などによってGDEの使用を継続しています。
つまり、米国の現状では重篤な問題行動に対して通常の方法でうまくいかない場合に安全に配慮した形での、選択肢としてのGEDの限定的使用は法的に認められているということです。
通常の方法でうまくいかない場合という「非代替性」をどのように定義し、だれが認めるか、順守させるか、それをどのようにモニタリングするかという明確で具体的な基準について、JRCは「JRCにおける生徒への嫌悪的な方法に関する保護措置につ いて」を示しています。IEP(個別教育計画)に基づいて実施されることや、医師や裁判所などのガイドラインが示されていますが、「回避策を検討する前の安全対策」として行われているポジティブな介入については、細やかな基準が不足しているように思いました(これは別にあるのかもしれません)。また著者(井上)は現時点(2022年8月1日)では障害のある本人の同意についてのインフォームドアセントの基準も見つけることができませんでした。
国際行動分析学会
この論争は未だ続いています。
国際行動分析学会(Association for Behavior Analysis International)の年次大会では、毎年のようにJRCが学会大会のコンベンション スポンサーとして、ブースの出店やシンポジウムを行っています。このことについて自閉症セルフ アドボカシーネットワーク(Autistic Self Advocacy Network)は批判する声明を出しています。
著者もかつて10年位前ですが、ABAIの学会の際に行われたJRCの見学ツアーに参加した経験があります。この時の感想については別の機会に述べたいと思います。
現時点で国際行動分析学会はJRCに対して特別な対応はとっていないようです。JRC主催のシンポジウムは学会大会でほぼ毎年開かれており、これらのシンポジウムはBCBA(行動分析士)の認定単位となっているようです。
国際行動分析学会は、2021年、科学的立場から随伴性皮膚ショックを検証するタスクフォース(Contingent Electric Skin Shock (CESS) Task Force)を立ち上げました。
2022 年 9 月に報告書が提出される予定となっており、著者も注目していきたいと考えています。
この記事では、WEB上の情報をもとに著者が要約しまとめたものです。
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