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あなたに読んで欲しい感動と不思議の物語 第一話・手編みのマフラー

あれは十数年前の十二月、とても寒い夜だった。⁡

ガッシャーン…⁡

父が床に叩き着けたグラスが、大きな音を立てて粉々になった。⁡

母も言葉にならないほどの大声で父に何かを叫んでいる。⁡

最近、いつもこんな感じだ。
夫婦喧嘩が絶えない。⁡
いつからだろう、昔はこんなことはなかった。⁡
父も母も仲が良く、家族三人でいろんなところに遊びに行った。⁡

だがここ数年、とくに今年に入ってからはどんどん夫婦の仲が悪くなっている。⁡

離婚の話しは何度も出ているが、私の事を思ってか、なかなか離婚できずにいる。⁡

家にいたくない。⁡

夜の八時、小学五年生の私は、一人外に出た。⁡

十二月の夜、突き刺すような寒さの中、私はただただ歩いた。⁡

「私がいなければ、二人は離婚して自由に生きていけるのかな…」そんな思いが頭の中を過る。⁡

「私さえいなければ…」そう思うと涙が溢れた。⁡

クリスマスの話しで盛り上がる友人達が羨ましかった。⁡

気が付くと、家から大分離れた川まで歩いていた。⁡

いろんな事を考えているうちに、ずいぶん歩いていたようだ。⁡

土手を降りて川岸に座ると、幼い頃この川で父と釣りをした事を思いだす。⁡

なにも釣れなくて、帰って母に笑われたけど、あの頃はとっても幸せだった。⁡

「あの頃に戻りたい…」そう思うとまた涙が溢れた。⁡

空を見上げると、どんよりした空で星がひとつも見えない。⁡
まるで私の心のようだ。

数年前まで、父と母はとっても仲が良かった。⁡

十代後半から付き合い始め、七年間付き合った後、結婚したらしい。⁡
絵に描いたようなラブラブの夫婦だった。⁡

それが三年前、父が勤める建設会社が倒産し、仕方なく母が水商売を始めた。⁡

それから二人の仲がどんどん悪くなっていったように思う。⁡

父は現在知り合いが経営する建設会社に下請けで働いているが、仕事が薄く休みが多い。⁡

母は日曜以外夜は働きっぱなしだ。⁡

顔を合わせる度に言い争いになる。⁡

それでも私は、父も母も大好きだ。⁡
だから余計に辛い。⁡

「私の存在が邪魔で離婚できないでいるのなら、いっそのこと」⁡

そう思い目の前の川をぼんやりと眺める。⁡

昨晩降った雨のせいか、ザーっと音を立てて冷たい川が激しく流れている。⁡
かすかな月明かりに照らされて、その流れは私を誘っているようだった。⁡

一歩ずつ、川に近づく。⁡

もう一歩で川に片足が入る…その時、だれかが私の服を後ろから引っ張った。⁡

とても弱い力だったが、びっくりして私は振り返った。⁡

するとそこにはかわいらしい少年が立っていた。⁡
小学一年生位だろうか。⁡

色白でツルツルした肌、少しぽっちゃりした体型でとても優しそうな顔つきをしている。⁡

少年は私の右手をそっと両手で包むと、「お姉ちゃん。手、冷たいよ…」と悲しそうな顔で言った。⁡

なぜこんなに小さな子供がこんな時間にこんなところにいるのだろう?⁡

普通なら当たり前に浮かぶ疑問が、なぜかこの時は浮かばなかった。⁡

少年と二人で川岸に座る。⁡

少年は私の右手を握ったままだ。⁡

「お姉ちゃん、お家に帰らないとパパとママが心配するよ。」少年が心配そうな顔で言う。⁡

「ううん。私は邪魔だから、きっと二人とも心配なんてしてない。」⁡

私はまたこぼれそうな涙を堪えながら言った。⁡

「邪魔なんかじゃない。お姉ちゃんがいないと、パパもママも絶対に悲しむよ。お姉ちゃんが元気じゃないと、僕もすごく悲しいよ。」⁡

少年はそう言うと、心配そうな表情で私の顔を覗きこんだ。⁡

少年と話した会話は、これだけだった。⁡

少年は立ち上がり私の後ろにまわると、自分が巻いていたマフラーを私の首に巻いてくれた。⁡

少年のぬくもりが残っていて、それは心まで暖めてくれるように感じた。⁡

私が何も言えないでいると、少年は小走りで川岸の土手を登り、少し大きな声で私に言った。⁡

「お姉ちゃん、約束だよ。ちゃんと気をつけて、お家に帰ってね!バイバイ!」⁡

優しくにっこり微笑んで手を振ると、少年は走って行ってしまった。⁡

ハッとして私も土手を駆け上がったが、少年はもう見えなかった。⁡

少年にもらったマフラーのおかげか、さっきまで冷えきっていた気持ちが、ポカポカと暖まるのを感じた。⁡

そのマフラーはきっと手作りなのだろう、少年の母親が編んだのだろうか、とても上手とは言えないが、それはそれは暖かかった。⁡

ふと土手の下を見ると、さっきよりもずっと明るい月明かりが川を照らしている。⁡
流れもさっきよりずっと穏やかで、心地よい水の音が聞こえる。⁡

「家に帰ろう」⁡

両手をマフラーに当てながら、ふと空を見上げると、先ほどのどんよりした空が嘘だったように、そこには満天の星空が広がっていた。⁡

翌日の日曜日、朝目が覚めると父と母がなにやら話している。⁡

どうやら珍しくケンカではないようだ。⁡

静かに戸を少し開けて二人がいるリビングを覗き込む。⁡

「懐かしいなあ。これをもらった時、俺は本当に嬉しくて。夜寝るときも、どこに行くにも着けていたっけ。」⁡

父が久しく見せなかった笑顔で言った。⁡

「初めてだったからすごく時間がかかっちゃって、全然うまくできなかったんだけど、あなたが使っているところを想像するとすごく嬉しくて…頑張ったんだけどやっぱり下手くそね…」⁡

と母も笑顔で言った。⁡

よく見ると二人の手元には、昨夜あの少年からもらったマフラーが置かれていた。⁡

あれから十数年、私は結婚して一児の男の子の母だ。⁡

あの寒い夜、少年からもらったマフラーのおかげで、父と母の仲は回復し幸せな家庭に戻る事ができた。⁡

父と母に少年の話しをしようと思った事もあったが、なぜか言えなかった。
なぜ母が編んだマフラーをあの少年が持っていたのか、今思うととても不思議な体験だった。

ただあの時、少年に「ありがとう」と言えなかったのがすごく心残りだ。⁡

今年から小学校一年生になった息子は、少しぽっちゃりした体型で、にっこり笑った顔がとてもかわいい。⁡

そして本当に優しい子だ。⁡

今月はクリスマスがあるので、サンタさんに何をお願いしようか毎日パパと相談している。⁡

そんな二人の会話を聞きながら夕食を作るのが何よりの楽しみだ。⁡

こんなささやかな幸せを感じる度に、「生きていて良かった」と心から思う。

近ごろ息子は、ばあば(私の母)からもらったマフラーが大のお気に入りで、毎日そのマフラーを巻いて学校に行く。⁡

そう、それは昔、母が父に編んだマフラー。⁡

私があの夜、少年にもらったマフラーだ。⁡

もうすぐクリスマス、今年の冬はとても冷える。⁡

こんな寒い日は小学五年生の時の、あの寒い夜を思い出す。⁡

その日は夕食を食べたあと、私と夫と息子三人で夜八時から始まった映画を見ていた。⁡

息子が楽しみにしていたので、三人でこたつに入りながら見ていた。⁡

ハッとして目を覚ますと午後十時、どうやら途中で眠ってしまったらしい。⁡

夫は隣でイビキをかいて寝ている。⁡

きっと仕事で疲れているのだろう。⁡

ふと部屋を見渡すと息子がいない、違う部屋にもトイレにもいない。⁡

あわてて夫を起こす。⁡

夫もびっくりして探すが息子はどこにもいない。⁡

ふとハンガーをみると息子がいつもかけているマフラーがない。⁡

きっとマフラーを巻いてどこかへ出掛けたに違いない。⁡

昨晩は激しい雨で、今日も外はどんよりとした天気だ。⁡

あわてて外に出ると息子の名前を叫んだ。⁡

すると息子はちょうど駆け足でこちらに向かっているところだった。⁡

息子の姿を見ると、安心して涙が溢れた。⁡

「こんな時間にどこに行ってたの?」⁡

私が涙を堪えながら言うと、「ママごめんなさい。どうしても行かなきゃいけないような気がして…」⁡

行かなきゃいけないような気がして?
息子の言葉の意味がよくわからなかったが、不思議とあまり気にならなかった。⁡

私は息子を抱きしめた。⁡
息子が無事帰って来た事が嬉しくて嬉しくて。⁡
息子に「ありがとう」と一言⁡

息子はにっこり微笑んで私の手を握った。⁡

ふと見ると息子の首にはマフラーが巻かれていない。⁡

どこかに落としてしまったのだろうか。⁡

空を見上げると、先ほどのどんよりした空が嘘だったように、いつの間にかそこには、満天の星空が広がっていた。


おわりに
お読み頂いてありがとうございます。
さて、マフラーをくれたあの少年はだれだったのでしょう。
あの時、あの少年に会えなかったら、もしかするとこの女性はこの世にいなかったかも知れません。
すると、かわいいかわいい息子さんも生まれなかった事になりますね。
このお話を読んでくれた方の中に、辛くてどうしようもなく悩んでいる方がいたら、このお話の女性のような「生きていて良かった」そう幸せを感じる日が訪れますように。

他の事はどうでもいい

あなたが幸せでありますように。

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