見出し画像

安倍総理とSNS

今までは安倍総理に対し
批判する人の意見がSNS上では多く、
総理が辞めるとなった途端、
逆に感謝や敬意を表する
支持層のコメントの露出が増えた気がする。
この人たちの意見は今までと変わらなく、
前者はずっと反安倍派、後者は今までもずっと支持派だったのだとは思う。

しかしここで思うのは、
なぜ今まで支持派の意見が
目立ってこなかったのかということ。
なんとなく総理反対派の批判的な意見ばかりが出ていた気がして、
ここに来て、「あ、SNS上にも安倍総理支持派はこんなにいたんだ」と気づかされたほどに。

恐らく、今まで支持派の人たちは
表立って自らの安倍総理擁護的な意見を
わざわざ投稿していなかったのだと思う。
ではなぜここで急激にその投稿数が増えるのか。これには人間の心理が深く関わっていそうな気がする。

予想では、
この現象の裏にある人の心理とは、
他者への反論や批判の意図
少なからずあるように思う。

安倍総理在任期間中は、
反安倍派が擁護派に対し反対論を訴えたい、
世間から支持されている者(総理)に対し批判的な思考が働き、「してやった感」を得ようとするために、反対派の意見が多数出ていた。

一方で現在(安倍総理辞任決定以降)は、
逆に擁護派が反対派に対し、
何かを訴えたい心理が働いているように思う。「今まで批判してきた奴らへ」的な思考のもと、これも言い換えれば他者への反論、
批判が根本にあるような気がする。

今は「安倍さんがやめたら大変だぞ、彼がどれだけ優秀だったかわかるわ!」的な意見が多い。たしかに擁護意見なのだけど、
この安倍総理擁護意見は
他の誰かに対する反論、批判の意図が
見え隠れする。
正直、今そんなに声を大にして言うなら、
前からもっともっと擁護してあげれば、
とも思ってしまう。

誰か(この場合は総理)が批判されたり苦しんでいるその最中に、当事者を助ける言葉をかけるのが優しさだと思う。でも、それをすると自分も批判の対象になりかねない。
いじめられっ子の味方をすると
自分もいじめられるという心理。

人は、特に日本人は、
他者への態度として優しさよりも
反論や批判をする方が得意な気がする。

なぜだろうか。
恐らく、受けてきた教育、
自らの成長過程の中で、
褒められたり優しくされるより、
怒られた経験の方が多いからなのかもしれない。堂々と人に優しく振る舞う作法を知らないのかもしれない。