吉富博之

昆虫学者。生き物や自然環境について考えていることなどをつらつらと書きたいと思います。

吉富博之

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マガジン

  • 新種発見の日々―昆虫の多様性をさまよう

    新種発見の裏話をつらつら書く予定です。

  • 考えていること

    つれずれなるまま自然や環境について綴ります。

  • ぼくが昆虫博士になったわけ

最近の記事

コガシラミズムシ

研究を始めた2014年頃も、日本のコガシラミズムシは既によく研究され解明度が高いグループだと考えられていた。生物の分類学では、属や科といった大きなカテゴリー別にそれまでの知見などを纏めたレビジョン(revision)という形式の論文が出され、一般にレビジョンが出ればそのグループはよく研究され解明されたと言えるだろう。なので、分類学の研究の最終形はレビジョンだと言われることもある。日本のコガシラミズムシは、中根猛彦(1985)や佐藤正孝(1985)、Vondel (2006)に

    • 林成多さんのこと

      私が学部生の頃、仲良くしてくださっていた栃木県立博物館の佐藤光一さんが教えてくれた。 「新潟大の虫屋でネクイハムシを調べている優秀な学生がいるよ」 それが同じ歳の林成多さんのことだった。ちょうど私も愛知県でネクイハムシを調べているときだったのでショックだった。もともとネクイハムシは趣味で調べようかと思っていたので、自分の研究はライバルがいないもっと地味な昆虫たちにテーマを決めた。しかし初恋の相手をさらっていった恋のライバルのことは気になっていた。 林さんと直接お会いしたのは、

      • マルカッコウ

        佐藤先生の宿題佐藤先生は生前、自分が調べたいと思っている標本を1つの標本箱に入れていた。亡くなったあとにそのままその箱を引き継いだ私は、その宿題の標本箱の謎解きをしながら論文化していくことにした。その中にマルカッコウが入っていた。 マルカッコウは、カッコウムシ科の中では顕著な体型により分かりやすいグループで、当時は日本から3種が知られていた。その3種の標本が標本箱の中に入っていたわけだが、さて佐藤先生は何が問題だと思い何を調べたかったのだろうか。生前にその問題点をお聞きして

        • 九州から見つかったヒョウタンヒメドロムシ

          2018年末、九州の友人の井上さんから変わったヒメドロムシを採集したとのメールが入った。添付されていた写真を見ると確かに変わっていたが、かなり小さな体で玄人好みな感じの種だった。Macronychini族という触角が短くなる仲間であることは間違いなく、触角が6節のようだ。さっそく最新の教科書であるHandbook of Zoologyのヒメドロムシ科のところを見てみると、触角の節数が減少するMacronychiniにあっても最小が7節とある。これはすごい発見かも。でも近縁の属

        コガシラミズムシ

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          11本
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        記事

          ハバビロドロムシ

          原始的なヒメドロムシ ヒメドロムシは渓流のようなきれいな流水環境に生息する小さな甲虫である。脚が長く流水中で泳がずに歩きまわっていて、河床の石や流木にしがみついていたり、砂の上を歩いているところを見つけることがある。 ハバビロドロムシ属はそのヒメドロムシ科の中にあって、脚も短めで体は流線形をしていなく、水中生活に適応しきれていない、いわゆる原始的な雰囲気を持ったグループである。昔からヒメドロムシ科の中で最も原始的だと言われており注目されてきたが、日本から2種、東南アジアから数

          ハバビロドロムシ

          ニセマルハナノミ

          発見その虫の存在にたぶん日本で初めて気付いたのは私だろう。1994年頃、研究材料の採集と自分に言い訳しながら何度も通った木曾御岳北側斜面(扉写真)でササの葉の上に止まっている個体を数頭採集した。図鑑に掲載されていないことは採集した時から明らかだった。標本にして詳細に調べてみたが、どうしても所属が判らずにまず佐藤先生に見て頂いた。佐藤先生は、最初、「カツオブシムシかシバンムシかその周辺の変わったものであろう」と仰った。私も虫の外見の第一印象だけでは同意見であったが、図鑑の検索表

          ニセマルハナノミ

          クワガタムシ

          インドシナ初記録となったサトウマダラクワガタ 2002年5月、大林先生や佐藤先生らと共にラオスへ調査に行った。調査地はPh.Panという山だ。前年冬に大林先生がこの山を訪れ、樹林の状態からここは素晴らしいに違いない、という何とも不確かな情報だけで我々は喜び勇んで訪れたのだ。はたして大林先生の目の付け所は素晴らしく、この海外調査で我々は大成果を挙げたのだった。 調査も終盤に差し掛かったある日、私はカッコいいホソコバネカミキリ(ネキダリスと呼ばれる) を採ろうと林道を歩き回ってい

          クワガタムシ

          ヒゲナガヒラタドロムシ

          はじめて自分の名前が学名に付いたのがヒゲナガヒラタドロムシNipponeubria yoshitomii Lee et Satoだった。 1995年4月にヒラタドロムシの世界的な研究者である台湾大学の李奇峰(Chi-Feng Lee)さんが名古屋女子大学の佐藤正孝先生の研究室を訪問した。その際、日本のヒラタドロムシを採りたいということで、採集の案内役が私のところに回ってきた。ヒラタドロムシは小型のコウチュウで幼虫はマルハナノミ同様水生。丸い陣笠のような形の幼虫は渓流や小川の

          ヒゲナガヒラタドロムシ

          ヨツボシテントウダマシ

          普通種 ヨツボシテントウダマシは、畑の脇などの枯草の下に生息するテントウダマシ科の中でも最も普通な種である。オレンジ色に黒い斑紋を持っていて識別も簡単だ。日本からは、2種(ヨツボシ・ベニヨツボシ)が分布することになっていた。しかし、50年近く前に富士山周辺から1度だけ記録されたベニヨツボシは、正体がよく判っておらず、日本にはおそらくヨツボシ1種が広く分布するのだろうと考えられていた。(上がヨツボシの成虫、下がヨツボシの幼虫) 新発見 十川晃一君とこの仲間を再検討することにし

          ヨツボシテントウダマシ

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          セスジダルマガムシ

          セスジダルマガムシ

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          セスジダルマガムシ

          なかなか採れない虫 セスジダルマガムシは、日本では河川に比較的普通に生息する3ミリ程度の大きさの甲虫である。日本からは9種が知られている。しかし私がこの仲間に興味を持ちはじめた頃は、図鑑に2種が掲載されており、その他にそれぞれ1頭の標本を基に記載された2種が存在していただけで、混沌としていた。なぜ混沌としていたかと言うと、個体数がまとまって採集できず、標本数が絶対的に少なかったからだ。標本数が少ないと比較検討することができず、種の同定すら難しいことが多い。 学部生の時、フィ

          セスジダルマガムシ

          はじめに

          私は甲虫類の分類学的研究を20年近く行ってきた。一番の専門は、マルハナノミという水生甲虫類の仲間だ。マルハナノミの説明はさておき、子供たちや一般の人に分類の研究とはどのようなものかと説明するのは、実は容易ではない。「フィールドに出て新種を発見して論文を書いている」と端的に口にしてしまうことが多く、そんなときは大抵「楽しそうな仕事ですね」という反応をもらうが、実はそんなに華やかで判り易い仕事ではない。野外で新種を発見する機会はそんなに多くなく、博物館の標本室の片隅で標本箱の中か

          はじめに