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セスジダルマガムシ

なかなか採れない虫
セスジダルマガムシは、日本では河川に比較的普通に生息する3ミリ程度の大きさの甲虫である。日本からは9種が知られている。しかし私がこの仲間に興味を持ちはじめた頃は、図鑑に2種が掲載されており、その他にそれぞれ1頭の標本を基に記載された2種が存在していただけで、混沌としていた。なぜ混沌としていたかと言うと、個体数がまとまって採集できず、標本数が絶対的に少なかったからだ。標本数が少ないと比較検討することができず、種の同定すら難しいことが多い。

学部生の時、フィードにしていた矢作川で偶然に別々の場所で2頭採集した。かなり採集に通い詰めていたにもかかわらず2頭というのは珍しいに違いない。とりあえず当時発表されていた資料を集めて同定してみたがよく判らない。それもそのはず、以前から知られている2種はともかくとして、1頭の標本を基に記載された2種は記載論文に種の特徴がきちんと書かれていなかったのだから。私はそれらの資料を読み込んで記載論文の行間を読んで、矢作川で採集した2頭はそれぞれハセガワダルマガムシとナカネダルマガムシという、図鑑に掲載されていない種だと同定し、採集記録を発表した。しかし実際は同定が正しいかどうかは、ちょっと自信がなかった。
ちょうどその頃、ウイーン自然史博物館のJach博士が日本のセスジダルマガムシ属の再検討を行い、日本産が8種に増え既知種もしっかり同定できる検索表も示した。

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けっこう採れる虫
話は前後するが、栃木県立博物館に勤務されていた佐藤光一さんも、私と同じようにダルマガムシに興味を持ち調べられていた。佐藤さん曰く、セスジダルマガムシは普通に採集することができると言う。鮎が釣れるような河川の中流域で、瀬に大きめの石や岩が頭だけ出ている場所で、水面との境、ちょうど水しぶきがかかって濡れている石や岩の表面に多数着いていると言うのだ。半信半疑で佐藤さんが言うような環境に行き、岩の表面を見てみると、水際の濡れているところにペタペタたくさん着いていた。これまで何をしていたのだろう、何度も採集に行った場所でも普通に生息していた。面白いように採集できた。まさに灯台下暗しという状態だ。

標本がある程度集まり、Jachの論文も公表されたので、それらを基に同定作業をしてみた。するとこれまた、それまでが嘘のように容易に種の同定ができた。頭部や胸部の形状や表面の凹み、体長などにより、慣れてくると肉眼でも同定できるほどであった。先に報告した矢作川の2種は、同定し直してみると幸運なことに正確であった。

友人達を巻き込み、セスジダルマガムシ属の記録を纏めてみることにした。折角なので同定の手助けになればと絵解き検索を作り論文に付けることにした。絵解き検索とは、絵を辿るように検索をひいていけば種に辿り着ける同定ツールである。Jachの論文では既に検索表は示されていたが、やはり標本を複数持っていて、比較しながらでないとなかなか同定できない状態であった。そこで1頭の標本だけを見ても同定できるように、解りやすい資料を作成しようと思ったのだ。論文は甲虫類専門の学会の和文誌に発表した。この論文発表後、セスジダルマガムシについての記録が増え、セスジダルマガムシが一気に身近な存在になったことは、論文執筆の意義があったと思っている。ある人に、「あなたの論文の中で、一番良かった」と言われたことがあったが、セスジダルマガムシはそんなに専門ではないし、日本語で書いたものだし、何より論文自体もJachの論文がベースになったものなので複雑な心境である。自分自身での自信作や勝負論文は他にいくつもあるのに…しかし読者の利便性を考えて執筆したことを褒められたのだと前向きに考えることにしている。

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奄美大島で新種発見
先のJach論文は、日本と台湾のセスジダルマガムシ属が纏められたものであった。しかし日本本土と台湾の間に弧状に連なる琉球列島−本来は生物多様性の高い地域であるはずだが−からは、セスジダルマガムシが全く確認されておらず、そこだけ闇が広がっているような状態だった。分布しているに違いない、私は佐藤先生と共にいろいろな島で何度も調査したのだが、全く確認することができなかった。いるはずのものが分布していない、生物の分布パターンの形成は複雑な地誌に基づいているので、そんなこともあるかも知れない。なかなか採集できないものだから、二人とも分布しない理由を考えつつあるそんな時であった。

1997年春に、大林延夫先生と岡田圭司さん、それに佐藤先生と私の4人で奄美大島に採集に出掛けた。4人ともカミキリムシが好きなのでカミキリを狙うものの、連日天気が悪くあまり成果があがらなかった。その日も天気が悪く中央林道でその時は未記載であったアマミハバビロドロムシやリュウキュウマルガムシなどの水物を採集し、夕方に新村の宿に戻ってきた。車から荷物を下ろす間にふと宿の脇を流れる川に入ってみると、石にセスジダルマガムシが着いているではないか!私は子供のように指にその虫を摘んだまま、佐藤先生のもとに走った。「先生、これ・・・・」それを見た佐藤先生はすぐに川の数キロ上流にある八津野という場所に行こうと言い出した。そこは以前にも採集に訪れ採れなかった場所なので、気が進まなかったし、なにより疲れていた。それに増水の影響で流されてきた可能性が高いものの、どこから流されてきたか判ったものではない。しかし佐藤先生は頑として行くことを主張した。しぶしぶ疲れている私はまた車を運転し八津野に向かった。いま思えばなぜ八津野だったのだろうか。佐藤先生しか判らない。

八津野の住用川はやや増水していた。「いた!やっぱりいた!」川に入ってまず見つけたのは佐藤先生だった。それから2人で暗くなるまで探したのが、アマミセスジダルマガムシのタイプシリーズになった。

宿で今日採れたばかりの3種の未記載種(ハバビロドロムシ、セスジダルマガムシ、マルガムシ)の標本の入った小瓶を蛍光灯に透かすようにしてずっと眺めていた佐藤先生の嬉しそうな笑顔は今でも忘れられない。大林先生はそんな佐藤先生を見て、「佐藤さん、心配しなくても標本は逃げないから!」と言って散々からかっていた。

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ソース

アマミセスジダルマガムシの記載[Yoshitomi, H., & M. Satô, 2001. Discovery of the hydraenid genus Ochthebius Leach (Coleoptera, Hydraenidae) from Ryukyu Islands, with description of a new species. Koleopterologische Rundchau, 71: 105-110.]。
日本のセスジダルマガムシ属の解説。絵解き検索も示されている。[吉富博之・松井英司・佐藤光一・疋田直之,2000.日本産セスジダルマガムシ属概説.甲虫ニュース(130):5-11.]

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