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ハバビロドロムシ

原始的なヒメドロムシ
ヒメドロムシは渓流のようなきれいな流水環境に生息する小さな甲虫である。脚が長く流水中で泳がずに歩きまわっていて、河床の石や流木にしがみついていたり、砂の上を歩いているところを見つけることがある。
ハバビロドロムシ属はそのヒメドロムシ科の中にあって、脚も短めで体は流線形をしていなく、水中生活に適応しきれていない、いわゆる原始的な雰囲気を持ったグループである。昔からヒメドロムシ科の中で最も原始的だと言われており注目されてきたが、日本から2種、東南アジアから数種が知られるのみであった。日本の2種はそんなに珍しくなく、本州から九州のちょっと山地に入った細流で、半分水に浸かった流木をひっくり返すと流木の裏側にしがみついている個体を容易に見つけることができる。

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ハバビロドロムシ(関東以西では比較的普通で細流の中に落ちている朽木の裏に付いている)

奄美大島で新種発見!
奄美大島は生きもの好きにとってはたいへん魅力的な島だ。アマミノクロウサギ、ルリカケス、オオトラツグミ、フェリエベニボシカミキリなど、スター的特産種も多い。私も大学生時代から何度も訪れていた。
社会人になって1年目の1997年の春、佐藤正孝先生、大林延夫先生、岡田圭司さんと4人で、奄美大島を訪れた。大林先生と岡田さんはカミキリムシが専門、佐藤先生は水生甲虫類が専門、しかし佐藤先生もカミキリ好きということで、別れて採集することもあったが、仲良くみんなでカミキリムシを採集していた。春の奄美大島はシイ類の花が咲き、化粧されるように原生林が白く色付き、そこに多くの昆虫類に混じりカミキリムシも集まる。4人でそれぞれが8m以上はあるかという竿の先に直径が60cmのネットを付けて花を掬うのだが、虫影も多くいろいろな昆虫が採集できた。カミキリムシ以外でも水生甲虫を真面目に採集した。
私自身、これまで奄美大島を何度も訪れていたが、水生甲虫をまじめに採集したことが無かったので、採集するものが全て目新しかった。それに加えてセスジダルマガムシの未記載種も発見したり(既述)、その前年に1頭だけ採集されていたマルガムシの未記載種がたくさん採集できたりと、この旅は新しい発見の多いものであった。そしてハバビロドロムシ属の未記載種も採集できたのだ。ハバビロドロムシの未記載種はこれまで未発見だったのが不思議なくらい、いろいろな場所で採集できて驚かされた。なぜこれまで未発見だったのか判らないほどであった。採った瞬間に新種だと判るほどの大発見だったにも関わらず、いろいろな場所で採集できたので今思い返しても何の感動もなかった。

アマミハバビロドロムシ(奄美大島・吉富)

アマミハバビロドロムシ(渓流に落ちている朽木の裏側に付いていた)

屋久島でも新種発見!
その年の7月、今度は早めの夏休みをとって会社の先輩の岡田さんと共に今度は屋久島へ行った。その当時の屋久島は世界遺産登録前であり、時期も早かったことから観光客も多くなく、快適な旅行だった。雨が多い屋久島にあって、梅雨時だというのに晴れ男2人が揃っていたのでほとんど雨にも降られることはなかった。我々は共にカミキリムシが好きだったので、岡田さんが事前に屋久島で記録のあるカミキリムシリストを作って、それに採集の難易度に応じて点数を付けて、二人でカミキリムシ採集競争をしていた。ヤクシマホソコバネカミキリやオニホソコバネカミキリという人気のあるカッコいいカミキリムシを採るために吹き上げポイント(これらのカミキリは生態が解明されておらず風に乗って飛んでくるところを採集する)には長い竿を持った人たちが待機していたが、それを横目に我々は地味なカミキリムシを採集していた。屋久島での採集は二人とも初めてだったので、採る種採る種が初めてで、狂喜乱舞していた。
島の西側には低標高地ながら樹林環境が残っている。ここでは何か面白いものが採集できるに違いないと思い、行ってみることとした。昼なお暗い樹林の中に立ち入ると、何か潜んでいそうな、何か新発見をしそうな期待が募る。しかし期待に反してたいしたものは採れなかった。ふと道路脇の細流が目に付いた。カミキリが採れないから水生甲虫でも採集しておこうかと、軽い気持ちで熱帯魚用ネットをザックから取り出し細流に入れてガサガサかき混ぜてみた。すると1投目、ネットの縁のほうに大きめのヒメドロムシらしい甲虫がしがみ付いていた。薄暗い樹林の中であったが、手に取るまでもなくネットに付いている状態でも、それははっきりと新種だと判った。なぜなら日本からそれまで知られているハバビロドロムシともヒメハバビロドロムシとも一見して違っていたからだ。そして春に奄美大島で採集していた新種とも一見して違っていた。「うぉおおお~」、指が震えた。それから細流の上から下までくまなく調べてなんとか数個体を採集することができた。
屋久島はその後、世界遺産に登録され昆虫採集するのにはかなり難しい状況になっていると聞く。加えて、私たちが行った際には気付かなかったが、現在ではシカによる食害で林床環境が深刻なダメージを受けているという。もう一度行ってみたいと思っているが、現状を見てがっかりするかも知れないと思い躊躇しているところだ。
余談だが、この採集旅行で二人合わせてカミキリムシを50種以上採集することができた。カミキリムシ採集競争は岡田さんの圧勝、そして岡田さんが採集された2種は屋久島初記録であった。

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日本産4種。左からハバビロ、ヒメハバビロ、アマミハバビロ、ヤクハバビロ

研究は続く
日本産ハバビロドロムシ属の4種は、幼虫期も含め解明されたが、まだまだ研究することはある。
まず、一番の問題、それは本属が特徴的に持っている見かけ上の腹節1節にある大きな1対の凹みの適応的意味である。凹みはポケットのような形になっており後方を向いて口が開いている。そして口のところには長い毛が密生している。Hintonは何か分泌しているのではと考えており、Crowson(1985)はmycangia(共生菌などを貯蔵運搬する凹みなどの器官で多くの食菌性甲虫類が持っている)ではないかと推測している。Grebennikov & Leschen (2011)は甲虫類のmycangiaを広く俯瞰し、ハバビロドロムシ属に見られる凹みについてもCrowson (1985)の推測を紹介している。この凹みの機能を何とか調べようと、生きた個体を観察したりSEMで凹みを観察してみたりしたが、今のところその機能を明らかにすることはできていない(Yoshitomi & Jeng, 2013)。本属の幼虫と成虫の生態や、凹みを雌雄ともに有していること、ヒメドロムシの他属にこのような器官が見られないこと、などを考え合わせると、この器官がmycangiaとして機能している可能性は低いようにも思うのだが、だからと言ってどのような機能を有しているのか、全く想像できない。最近、ヨーロッパの研究者はこの凹みを詳細に観察して凹みの内部に分泌腺のようなものがあることを見出したが、機能などは解らないままである。
次に世界の種の分類学的研究である。本州~九州の日本本土域で2種が同所的に分布し、屋久島・種子島と奄美大島にそれぞれ1種がいるが、果たして沖縄にはいないのか?台湾には?朝鮮半島には?詳細に探索すれば見つかりそうだが、今までのところこれらの地域では見つかっていない。最近、マレーシアから多くの新種が発見され(Ciampor & Boukal, 2013)、中国本土やラオスからも複数の種が知られるようになってきたが、まだまだいろいろな地域から見つかることだろう。
そして最後に、ハバビロドロムシは本当に原始的なのだろうか?このグループを研究し始めてからずっと思っている疑問だが、どうしてもこのグループが原始的なのかが理解できない。最近になり、ヒメドロムシ科の分子系統解析が行われ、示された系統樹を見てみると、やはり基部からの分岐ではなく、真ん中辺りに入り込んでしまっている。
分類学的研究と言うのは、やはり生物学の基本で、分類して名前をつけてから形態学や生態学、系統学などのいろいろな研究がスタートすることがわかると思う。

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ラオスから記載した新種。東南アジアにはまだまだ新しい発見が眠っている

ソース

ハバビロドロムシの記載は以下の論文。この中でアマミハバビロドロムシとヤクハバビロドロムシの2新種を記載している。[Yoshitomi, H., & M. Satô, 2005. A revision of the genus Dryopomorphus (Coleoptera, Elmidae) of Japan. Elytra, Tokyo, 33: 455–473.]
ラオスから1新種を記載し、SEMを用いて腹節1節にある大きな1対の凹みを観察したが機能等は解明できていない。[Yoshitomi, H. & M.-L. Jeng, 2013. A new species of the genus Dryopomorphus (Coleoptera, Elmidae) from Laos. Elytra, n.s., 3(1): 45-51.]
ヤクハバビロドロムシの幼虫形態を解明[Hayashi, M. (2009) Description of larva of Dryopomorphus yaku Yoshitomi et Sato with distributional and ecological notes on the Japanese members of the genus Dryopomorphus Hinton (Coleoptera: Elmidae). Entomological Review of Japan, 64(1): 41-50.]
マレーシアから多くの新種が発見されている。Ciampor & Boukal, 2013


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