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ヒゲナガヒラタドロムシ

はじめて自分の名前が学名に付いたのがヒゲナガヒラタドロムシNipponeubria yoshitomii Lee et Satoだった。

1995年4月にヒラタドロムシの世界的な研究者である台湾大学の李奇峰(Chi-Feng Lee)さんが名古屋女子大学の佐藤正孝先生の研究室を訪問した。その際、日本のヒラタドロムシを採りたいということで、採集の案内役が私のところに回ってきた。ヒラタドロムシは小型のコウチュウで幼虫はマルハナノミ同様水生。丸い陣笠のような形の幼虫は渓流や小川の石の裏にくっ付いていて、そのユニークな姿から“water penny”と呼ばれている。英会話が苦手だった私はこちらの意思を伝えるだけでも必死だというのに、採りに行ったことも無いヒラタドロムシを彼に採らせてあげねばならないので、そのプレッシャーはたいそうなものだった。佐藤先生は面ノ木峠まで行けば何か採れるだろうと仰り、私はその言葉を信じて李さんを面ノ木峠に連れて行った。

4月上旬の面ノ木峠はまだ春早く、ヒラタドロムシの成虫の発生にもまだ早いようだった。我々は渓流沿いに幼虫を探し回るが、石の裏には少しのヒラタドロムシの幼虫しか発見できない。二人ともちょっとがっかり。ところが、神の気まぐれか、ビギナーズラックか、私が水中の落ち葉の裏から形の変わったヒラタドロムシの幼虫を1頭採集してから風向きが変わった。李さんはその幼虫を見るとみるみる表情が変わった。
「これは新種に違いない。もっと採ったら君の名前を付けてあげよう」
その言葉に夕方まで必死に探し回り、二人で10数個体の幼虫を採集することが出来た。面白いことにこの種の幼虫は、水辺から少し離れた場所の湿った落ち葉の裏にいることが多く、他のヒラタドロムシの幼虫との生息環境の違いが李さんの盲点だった。
Leeさんは幼虫を飼育し、無事に成虫を羽化させることが出来た。やはり新種だった。それどころか、新属でもあった。
約束通り李さんは私の名前を付けてくれた。そればかりか、論文が掲載された雑誌の表紙をこの虫の綺麗な絵が飾ることになった。李さんとはそのとき以来、たいへん親しくなって、今でも交流が続いている。

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一番右が李さん(2016年台中の博物館にて)

(吉富博之,2000.矢作川から見つかった新種.2,ヒゲナガヒラタドロムシNipponeubria yoshitomii Lee et M. Sato.Rio(豊田市矢作川研究所月報)No. 26: 4.を一部改変)

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