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林成多さんのこと

私が学部生の頃、仲良くしてくださっていた栃木県立博物館の佐藤光一さんが教えてくれた。
「新潟大の虫屋でネクイハムシを調べている優秀な学生がいるよ」
それが同じ歳の林成多さんのことだった。ちょうど私も愛知県でネクイハムシを調べているときだったのでショックだった。もともとネクイハムシは趣味で調べようかと思っていたので、自分の研究はライバルがいないもっと地味な昆虫たちにテーマを決めた。しかし初恋の相手をさらっていった恋のライバルのことは気になっていた。
林さんと直接お会いしたのは、それからずっと後のことだった。
趣味が合う、というより好みと面白いと思うポイントやタイミングがとても似ている。きっと同じクラスだったら同じ女性を好きになり、奪い合いになっていただろう。彼の専門、ネクイハムシはピカピカ緑色で水辺に棲んでいて私好み。実際、私も学生時代には狂ったように集め調べていた。彼がその後に出した論文や本を見ていると、ネクイハムシを続けなくて良かった、と心から思う。でも今でもネクイハムシを見つけると心の奥のほうがキューンとなる。彼は2010年頃に急にキジラミを調べ始めた。実は私も以前からキジラミを集めて調べていたのだが、同定が難しく私は途中で投げ出していた。彼はこれまでにキジラミに関する論文を何本も書き上げた。私が2011年から調べ始めたウスバカゲロウも、今度はバッティングしないだろうと思っていたが林さんも以前から目をつけていたらしい。お互い地元で調査を始めたが、彼はすごい発見をいくつもしている(一部、まだ論文化されていない情報もある)。ヒメドロムシも私の方が研究には早く着手し論文も書いていたが、彼がその後に論文化していったヒメドロムシの幼虫に関する一連の研究は世界的にも着目されるものになっている。同じグループを研究しても彼の方が一段上を行くのだ。とにかくすごいのだ。
私が好きなTHE BOOMの「手紙」という曲にこんな詩がある。
「僕らの夢を完璧に成し遂げてくれるシンガーが出てきたら、僕はギターとマイクを置いて、そいつの歌に夢中になっているかもしれない。」
私が今でもギターとマイクを置かずにいられるのは、林さんが付け入るスキを作ってくれているからかも知れない。彼がいる島根県でセマルヒメドロムシやナカネセスジダルマガムシを初めて採った時は「やった」、と思った。水生甲虫相があれだけ調べられているところで初記録を出す難しさは相当だ。採れたことを彼に伝えるとそんなに悔しそうな表情を見せなかったが、そのあとすぐに採りに行ったところをみるとやはり悔しかったに違いない。2015年にも彼を悔しがらせるチャンスがあった。
その年は島根県の湿地を廻って湿地に生息する昆虫を調査していた。川本町の休耕田でネクイハムシを2個体採集した。標高も低く環境も良くないし、どうせ普通種のツヤネクイハムシだろうと思い、小さなサンプル管に適当に放り込んだ。そして翌日にお会いした林さんにツヤネクイハムシですがお土産です、と言ってサンプル管ごと手渡した。ありがとうございます、と言いながら彼は首をかしげていた。その数時間後、彼からメールが入った。
「お土産で貰ったのはカツラネクイハムシで、絶滅危惧種でおまけに島根県初記録です!」
初恋の相手で同定ミスをするとは!カツラネクイですが、と勿体つけて渡せるチャンスだったのに!この件で悔しくて歯ぎしりしたのは私の方だったに違いない。
とにかく仲間がいるのは楽しいし、アイディアマンの彼にはこれからもいろいろ教えて貰えることを期待している。そして時々は悔しがらせてやりたいと密かに思っている。
(「ぎょぶる」一部改変)

スゲの花に群れるキタヒラタネクイハムシ


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