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巡る、こころ

生きてりゃ幸せ、だなんて誰が言ったんだろうな。最初に言い始めたヤツに会えたなら俺はまずソイツをぶん殴る。
生きてるだけで幸せなら俺の今のこの気持ちはなんなんだってんだ??
死にたくて、死にたくて俺は毎日生きてる。
生きてるのに幸せなんかこれっぽちも感じやしない。
つまり幸せと生きることって別モンなんじゃねーのかなって思うわけよ。
じゃあ幸せって?生きることって?
そんな哲学っぽいことは俺に聞くな。知らねぇよ。ただそんなもんはなんもわかんねーけどさ、俺今、すげえ死にたいんだなってことはわかる。




「よぉ、はよ」

朝、学校までの通学路を歩いていると同じクラスの田中が横からひょいっと現れた。眠そうに目を擦りながら「数学の課題やった?」と言葉を続ける。

「いんや、なーんも」

少しおどけてそう返すと田中は残念そうに「見せてもらおうと思ったのに」と肩を落とす。

「お前なら誰かしら見してくれるだろ」

クラスの中心にいる田中の周りにはいつも誰かしらがいた。俺らは家が近い為時々こうやって朝に会話する。家が近いだけだ。だから別に俺じゃなくてもいい。そんな卑屈な事ばかり考える癖がついたのはいつからだろうか。


「つめてーな。クラスメイトじゃん」

そこは友達じゃん、じゃねーのか。お前、人生にはお世辞ってやつが必要なんだぞ。


「わるいな」

そう言い切ると俺は少し足を早めた。田中はついて来ない。どうだ、俺って本当に冷たいやつだろ。
あぁついさっき家を出たばかりなのに、もう帰りたい。もう嫌だ。なんだかわからないけれどこの世の全てが鬱陶しくてたまらない。これがよく言う鬱ってやつなのか。それとも俺の性格がクソなのか。わからない。自分の心が自分でうまくコントロールできていない気がしてしまう。

「……なぁ、今日学校サボらね?」

「ハァ?」

あまりにも突拍子もない提案に思わず後ろを振り向いてしまった。田中は小走りで僕の元へ駆け寄って「たまにはよくね?」と怠そうに笑った。

「たまには、って俺サボった事ねーよ」


「んじゃとりあえず一限の数学はサボろう。そうしたら課題もチャラになるだろ」

意味わからなすぎて俺は吹き出してしまった。田中ってこんな奴だったっけ。教室にいる田中と今の田中がちぐはぐで頭が追いついていかない。

もう考えるのも面倒になって俺は気持ちが楽になりそうな方を選んだ。どう考えたって一限の数学は気が重いし、課題をしてなかった事でネチネチ言われるのは更に怠い。

「よし、サボろう」

「一大決心しましたか」

「まぁな」

「んじゃ、初めてサボるお前に俺のお気に入りのサボりスポット教えてやるよ」



そう言われて連れて来られた場所は学校の屋上だった。まったくなんの意外性もないのになぜか田中は得意げに笑っていた。


「いや、ベタすぎね?」

「ベタなくらいがいいんだよ。サボってまーすって感じするだろ」

まぁ、たしかに今日は天気も良くて青空最高だし、屋上は鍵が壊れてて中から開けられないようになってるし悪くはないのかもな。

ゴロンと横になるとちょうど始業開始のチャイムが鳴った。これで俺の初サボりが成立したわけだ。


「どうよ」

横を見ると田中は鞄の中からここに来る前にコンビニで買った分厚い少年誌を取り出して表紙を捲っている所だった。

「まぁ、悪くはねーな」

「だろ?サボって大正解っしょ」

「どんな自信だよ」

「ははっ。でもサボり仲間を誘ったのは俺も初めてだよ」

「……ってか気になってたんだけど、なんで俺?お前友達たくさんいっぱいいるじゃん」

「それだよ、それ」

「は??」

「俺とお前、みたいな線引きされたのがなんかムカついたわけ」

「なんっだよそりゃあ……」

「こう、距離取られると近付きたくなるっていうか……」

「……お前がこないだ彼女できねーって騒いでた理由なんか分かる気がするわ」

「うるせー!よ!」

田中は笑いながら足で軽く俺の頭を小突いた後、持っていた雑誌に目を落とした。

「これ読んでる間は静かにしててくれよ」

お気に入りの作品だろうか。真剣な目に変わって
いく。何を読んでるのか気になって横目で見ると、エロいシーンがデカデカと載っているページで俺は「馬鹿かよ」と笑った。

まるで勝手に肩の力が抜けるような笑いが自然に出た事にビックリした。
俺はそのまま目を瞑る。風の音に紛れて校庭で体育をやってるクラスの掛け声が聞こえる。
こんなに穏やかな気持ちはいつぶりだろう。

死にたい気持ちはきっと消えた訳じゃないだろう。けれど間違いない。今は心の奥に隠れているし、これが勘違いじゃなければ俺はどこかこの状況に幸せを感じてしまっている。

嬉しかった。こんな気持ちが俺にもまだあったんだな。生きてるって、こんなにも自分で感じることのできるものなんだ。

「なぁ」

田中は「んー?」と気のない返事をした。

「幸せだな」

言葉にするとなんだか本当に幸せになったようで、認めたくないけれど目頭がほんの少し熱くなるのを感じた。

「えー、お前の幸せこんなんでいいんか?」

「いいんだよ、俺は」

「もっと夢持とうぜ。俺は彼女作ることな。お前ももっと贅沢しろよ」

「んじゃ、億万長者かな」

「それはさすがに夢見すぎ」

「それ言ったらお前の彼女つくるも夢見すぎなんじゃねーの」

「つめてーな!友達だろ!もっとこうオブラートに包むとかさ、」

「えっ」

「えっ、じゃねーわ。友達でもないって言いたい訳?お前に人の心はあるのか?」

朝はクラスメイト、なんて言ってたのに。
でももうわかる。これはきっとお世辞の「友達」ではない。そもそもこいつはお世辞が言えるような器用な人間じゃないだろう。知らなければ見えなかった。知ろうとしないと見えなかった。言葉の本当の意味を。

「友達、だな」

絞り出すように言ったのに俺の言葉を掻き消すように終業のチャイムが鳴った。


「あーあ。もう一限終わっちったなー。ってか、今なんか言った?」

「いや。……今日さ、一緒に数学の課題やんね?って言った」

「おっ、いいね。俺数学苦手だし教えてくれよ」

「いいけどなんか奢れよ」

「なんか、線引きもなくなったと思ったら遠慮もなくなりやがったな」

「うるせー。これが俺だよ」

そう。これが俺だ。生きてる限り俺は俺で、それは一生変えることはできない。けれど今日感じた幸せは間違いなく生きてるからこそだった。

死にたい気持ちと幸せな気持ちってきっと両方心にあって。どっちも俺の気持ちで否定なんかできなくて、俺はこの気持ちと付き合って生きていくしかない。

その為には時々でいいからこうやって心を休ませないとどんどん心は疲れてしまうのだろう。


俺は立ち上がってグイッと青空に向かって背伸びをする。手足の伸びる感覚が全身に巡っていく。

あぁ、生きている。俺は間違いなく、生きている。


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