![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52860914/rectangle_large_type_2_574a8899acb7d98900a0de154fcdf81c.png?width=800)
涙
俺はどうやらお前らとは違うらしい。
姿形、そして声。
ひとつとして同じところが見つからないのだけれど。それでも俺たちは同じ世界にいて、一緒に生きている。
その日俺は大きな木に止まって街を見ていた。景色を見るのは好きだ。俺のこの眼は遠くまで、暗闇だろうとよく見える。かっこいいだろう。漆黒の俺の身体に合った、眼なのだ。
グルリと見渡すと俺はキラリと光る何かを持っている人を見つけた。そう、これが君との初めての出会いだった。
宝物を持っているのだと思ったのだ。太陽が今日を憂いながら沈みかけている時、キラリと光る宝石が見えたのだ。
俺は羽根を広げて近くまで飛んで行った。
なんせ光るものは大好きなんだ。
でもそれは現れては消えて、ちっとも見つからなくて。本当は突いてみたかったのだけれど、君があんまりにも悲しそうな顔をしていたから俺はひとつ声を掛けた。君は返事をするように笑って「きれい」と言ってくれた。
俺より君のそのキラキラの方がきれいだよ。
言葉を話せたら良かったのに。
俺の言葉はきっとずっと君には届かないのだろう。
君はその後俺にたくさん話かけてくれた。
ニンゲンの話はいつもよくわからないことだらけだけど、君の話は楽しかった。というより、コロコロ変わる君の表情が何より面白くて、楽しくて、俺は君が話終わるまでずっと側にいた。きっと他のニンゲンから見たら可笑しなふたりだろう。ふたり、って言い方も可笑しな感じだけどさ。
そうしていくうちに夕陽が完全に沈んで行くと君は不意に立ち上がり俺の方を見る。悲しさの面影はもうなくて、ほんの少しだけスッキリとした面持ちだった。
「楽しかった。お話、聞いてくれてありがと。またね」
また、来てくれるのか。
また、キラキラを見せてくれるかな。
待っていよう。
なんせ俺は自由だから。
何処にだって飛んで行けるのだから。
その日から毎日、君を探して空を飛んだ。
たくさんいるニンゲンの中から探すのは難しかったけれど、一生懸命君の姿を思い出しては街中の人々にその姿を重ねた。
俺は待ってるのだ。またね、の続きを。
それから何回夜が来たのかな。
わからないくらいの夜の後、君は来てくれた。
今日も君は大きなキラキラを宵闇に浮かばせていた。
あぁ、きれいだ。
ほんとうに、ほんとうにきれいだ。
でもなんでだろう。
なんでこんなに悲しそうな顔なんだろう。
俺は遠慮がちに君の近くに飛んで行く。
君は気づいてくれるだろうか。気付いて欲しい。俺には、君に俺だと教えることが出来ないのだ。俺を俺だと、示すものがないのだ。
「あれ?また会ったね」
きみは覚えててくれていた。嬉しくて「そうだよ」の代わりに短く鳴いた。
「ねぇ、なんでそんなにきれいな宝物を持っているのに悲しそうなの?」
俺は君に問い掛ける。
もちろん言葉は届かないだろう。
いいんだ、そんなことは最初からわかっているから。
でも君は答えてくれた。たくさんのキラキラを頰に伝わせながら。
「あなたも泣いてるの?」
鳴く?今は鳴いてないよ。
「わたしね、疲れちゃった」
つかれた?なんで?
「もう生きているの嫌になっちゃう」
君が俯くと光る粒が吸い込まれるようにたくさん地面に落ちていった。地面に消えてしまうのが勿体なくて、俺は君のそばに寄って落ちる前に掬うように羽根を広げた。それはとても温かくて、優しくて、なんだか俺まで悲しくなっちゃうようだった。
「それはね、涙っていうんだよ。悲しい時にたくさん出るの」
涙?俺もたまに眼が潤むことがあるが、ニンゲンにとってはそういう意味になるのか。
そうか。これが、涙なのか。
こんなにもキラキラ光って綺麗なのに。
君はあの日も、今日も泣いていたのか。
宝物、ではなかったのか。
これは悲しいキラキラだったんだね。
ガラスの欠片のように、奪うことが出来たなら良かったのに。あぁ、俺も君と同じ生き物が良かった。初めてだ。こんなことを思ったのは。自由に空を飛べなくてもいいんだ。代わりに、君の涙を拭う為の手が欲しかった。
俺は一つ鳴く。
君は俯いて涙を流したままだ。
俺は二つ鳴く。
君はこちらを見た。
俺は三つ鳴く。
君は弱々しく笑ってくれた。
四つ鳴く前に君が言った。
「もういいんだよ」
何で、俺たちは言葉が違うのだろうか。
なぜ伝えたいこと、なにひとつ伝えることが出来ないのだろうか。
俺が大きな羽根を持っていたら、君を背中に乗せてここから連れ出してあげられたのに。
俺がニンゲンだったら、君を抱き締めることだって出来たのに。
俺は鴉。
俺は、君とは生きていくことは出来ない。
俺は鴉。
けれど、君のことが好きなんだ。
君は立ち上がって去っていく。
またね、を今日は言ってくれなかった。
俺は去って行く君の背中に大きく鳴いた。
人から煩いと蔑まれる俺の声。
違う、好きでこんな声なんじゃない。
俺だって、本当はまたねと言いたいんだ。
また会いたいんだ。どうしたって。
君はゆっくりと振り返った。
「うん。そうだよね」
くしゃくしゃの悲しい顔を見た瞬間、俺の眼から一筋の滴が落ちた。俺にも、流すことが出来たんだな。君と同じところ、あったんだな。
「またね、だね」
待ってるから。
俺は此処でずっとずっと。
またね、の続きをこれからも待っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?