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カフェと孤独

休職中ほとんどカフェに住んでると言っても過言ではない、くらいカフェに通っている。カフェとはいってもドトール、タリーズ、コメダ珈琲店、といった身近なチェーン店をぐるぐると。ここはこないだ行ったから、今日はこっちにいこう、とこだわりなく巡回している。カフェは落ち着くし、さみしくない。

休職中、一人が好きだと思っていた私は生粋の寂しがりだということに気づいた。煩わしかったり、気を使って傷つく人間関係だったら不要だけど、やっぱり1日のうちに人が近くにいてほしい人間なんだなぁと。カフェは人がいるけど、決して関わってこないし、ちょうどいい人の声の雑音が好き。店員さんと注文の時2、3言程度話すだけで、旦那以外の人と話した日となる。一日中家にいると、旦那としか話さない日になる。やっぱりそれが続くと余計に心に穴が開いていく気がするのだ。さみしがりやの一人好きマンにとって、存在してくれてありがとう、な場所がカフェだった。

「お待たせしました~。ブレンドたっぷりサイズです~。」ガシャン。

土日なこともあり、店内が酷く忙しそう。今日はめずらしく星野珈琲店に来た。でも、込み合っていて店員さんはバタバタしてるし、なにより、お隣さんが騒がしく、ハズレの日だった。旦那と来たけど、明らかにテンションが下がっていく二人。二人とも騒がしいのは苦手だ。

「・・・」黙々といつものように本を読み始めたり、携帯を見始める二人。私たちの間には、カフェや外食に行っても会話はない。でもそれが心地よい。

隣にだれかいる。そして自分の好きなことをやる。

はたから見たら、あの二人一緒にいて楽しいの?って思われるかもしれない。それが私たちだ。出会って15年以上。

私たちに流れる空気感はカフェのそれだった。


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私にとって休職になり、一番しんどかったのは孤独感だった。たまにごはんやお茶に連れ出してくれる方もいるし、心配してくれて連絡をくれる方もいる。

でも、社会との断絶は「マズローの五段階欲求」の「社会的欲求」の三段階目がごっそり抜け落ちている。その開いた穴は日々過ごしていく中で埋まらないどころか大きな穴になっていく。

虚無感。崩れていく積み上げてきた社会的自信。

何度自分を責めたかわからないし、どれだけ薬に助けてもらったかわからない。でも、私は生きて今日もカフェでコーヒーを飲む。ネットを徘徊して、自分の存在意味を探す。意味なんてないのに。

春頃には復帰したい。だから、それまでに頂いた時間の中でもう少し何かを得たい。

その何かはわからないけれど。


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