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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2024年3月の記事一覧

『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

始まりはいつも一本の電話でした。
そう、物語の始まりは、いつも。
彼の場合もそうだったのです。
仕事が休みの日曜日。
妻が買い物に出かけた昼下がり。
ほら、電話が鳴り出しました。
でも、こんな日にかけてきそうな相手が思い浮かびません。
いぶかしがりながら、受話器をあげます。
「あなたの奥さん、浮気していますよ。駅前のマンションの…」
しわがれた声は、部屋番号を告げて切れました。
まさか。
彼が受話

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『桜回線』# 毎週ショートショートnote

『桜回線』# 毎週ショートショートnote

丁寧に頭を下げた春男の目の前で、静かにドアが閉まる。
ドアにもう一度頭を下げて、狭い廊下を歩き出す。
普通なら、徐々に資料が減って軽くなる筈の鞄も、朝から重たいままだ。
そうだよな、桜回線なんて、今更誰も加入しないさ。
階段を降りて、次の棟に向かう。
今日は、この古い団地が担当エリアだ。
いくらでも快適な回線があるなかで、桜の季節しか繋がらない回線なんて、誰が興味を示すものか。
勤め口に困ったから

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『ハラスメント』 # シロクマ文芸部

『ハラスメント』 # シロクマ文芸部

桜色の写真を見て、便座で微笑むのは健志さん、41歳。
満開の桜を背景に、当時4歳の娘を挟んで妻とのスリーショット。
何度も見ているために皺がより、角は擦り切れています。
おや、誰かが入ってきました。
彼はそっと写真を内ポケットにおさめると、水を流し、わざとベルトをかちゃかちゃ言わせながら個室を出ました。

きっかけはひとつの投稿でした。
あるバーガーチェーンのCMで、三人家族が楽しそうにハンバーガ

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句会には妻おすすめの春の服
碧萃生

今日は結社句会。
行ってきます。

ちょっと推敲します。

春服は妻のおすすめ句会の日

『何かがいる』

『何かがいる』

何かがいる。
そんな気配を感じることは、別に珍しいことではないだろう。
誰でも、深夜ひとりで机に向かっている時などに、背後に何かを感じることはあると聞く。
心理学的に何と呼ぶのかはわからないが、少なくとも、心霊現象などではない。
そもそも、私はそんなものは信じてはいない。
戦場ジャーナリストとして名の通っている私が、幽霊などと言い出せば商売にならない。
日本人の誰よりも、自衛隊の隊員よりも、捜査一

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『あの頃に戻れるチケット』

『あの頃に戻れるチケット』

これが、「あの頃に戻れるチケット」か。
俺は、封筒の中から、綺麗なデザインのチケットを取り出して蛍光灯にかざしてみる。
それから、しわをつけないように注意しながら、胸に抱き締める。
思わず恍惚のため息が漏れる。

何年も何年も働き続けて、やっと手に入れたチケットだ。
熱があっても休まずに働いた。
親が死んでも休まずに働いた。
切り詰めて切り詰めて生活をして、貯金した。
付き合いには金がかかるために

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