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アメリカで人工妊娠中絶が禁止に?何が起こっているのかを勉強してみたまとめ

【このまとめを書こうと思った経緯】

「アメリカで中絶が禁止になるんだって!!」
それはとてもセンセーショナルなトピックとして目に映ります。

ただ個人的には、センセーショナルなトピックだからこそ、どうしてそういう結論に達したの?
どんな経緯があったの?といった歴史まで含めた背景をしっかり理解してから意見を持ちたいなと思っています。

人工妊娠中絶に関する対立は
胎児の人としての権利 VS 妊婦自身の身体に対する権利
という対立構造であり、どちらも一切譲歩の余地がない価値観と価値観の戦いです。

「中絶禁止」というキーワードに対しては、「仮に暴行や虐待の結果妊娠をしても、中絶することなく産まなければならない?!とんでもない・・・!!」と瞬発的に反応してしまいがち。
しかし一方で、人工妊娠中絶反対派には反対派の歴史的背景・主張があり、だからこそ一つの国を二分するほどの激論になっているのだということをしっかり理解しておきたい。
その上で「さて、私の意見はどうだろう?」を考えたいなと思っています。

個人的な意見としては、個人が自分の身体を守る権利は基本的な人権の一部であり、干渉を受けることなく保障されて然るべきだと思いますが、以下の文章では特に人工妊娠中絶の是非は論じていません。

アメリカの法律のしくみや憲法の解釈含め、これまでの経緯を自分なりに勉強した知識をもとにまとめてみました。
ぜひニュートラルな目で読んでいただき、ご自身の意見はどんな意見かな?というのを再考してみていただければと思います。

あくまで、素人が個人的に情報収集し、学習し、まとめた文章ですので、不備・不足などがある可能性はありますし、もしかすると言葉尻にちょくちょく私の意見が見え隠れすることもあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。

【起こっていることの概要】

  • アメリカのミシシッピ州で2018年「妊娠15週以降の人工妊娠中絶を禁止する」という法改正が実施

  • これに対して「約50年前の判例から、22~24週相当までの人工妊娠中絶を選択する権利は合衆国憲法によって保障されており、ミシシッピ州法は違憲だ」という訴訟が行われていた

  • 2022/6/24アメリカの連邦最高裁判所で、ミシシッピ州の州法は違憲ではないという判断に(最高裁判事6対3)

  • 加えて、9人中5人の最高裁判事が「人工妊娠中絶を選択する権利は合衆国憲法によって保障されている」という約50年前の判例を否定する意向を示した

  • これによりアメリカの司法トップである最高裁において「合衆国憲法は人工妊娠中絶の選択を保障していない」という判例が作られることになり、実質的にアメリカにおける中絶権の憲法による保障がなくなった

  • 50州あるアメリカの州のうち13州は、最高裁判決と同時に州内での人工妊娠中絶禁止を施行するトリガー法を施行しており、6/24以降該当13州を皮切りに人工妊娠中絶が禁止となりつつある

【アメリカの法律のしくみ】

合衆国憲法/連邦法/条約と、州法があり、合衆国憲法/連邦法/条約で定義されていない事柄については各州か個人に判断が委ねられているという形です。
逆に、合衆国憲法/連邦法/条約で定義されている事柄については合衆国憲法/連邦法/条約の規定が優先され、州法・個人による矛盾は許容されません。

州法は、各州によって作られた独立した法律であって、憲法や連邦法と矛盾しない限り連邦政府からの干渉は受けず、各州の議会で独自に制定できます。

【これまでの人工妊娠中絶に関する合衆国憲法解釈】

1973年のロー対ウェイド裁判への連邦最高裁判所の判決を元に、「胎児が母体の外にでて生存可能な状態となるまでは、人工妊娠中絶は認められる」とされてきました。
これは現在ではおおよそ22~24週と解釈されています。

「中絶は、結婚・妊娠・育児などと同じく極めて個人的な事柄であり、国や州の干渉を受けない自由な事柄である」という解釈で合衆国憲法修正第14条に内包されるというされ、過去49年間アメリカにおいて人工妊娠中絶は「憲法に保障された個人の権利」とされてきました。

【アメリカの宗教と政治】

アメリカではなにがしかの宗教を信仰する人々が7割以上を占めます。
今回の出来事を理解するにあたり、前提としてこのことを理解しておく必要があります。
人々の生活・思想の根底、これまでの歴史には宗教、特にキリスト教的な思想が大きく関わっており、これは政治にも反映されます。

政党の支持者たる国民は自分たちの信条に反しない、あるいは信条を指示してくれる政党・候補者の支持にまわります。
アメリカは政教分離(=国教を禁止)を実現した史上初の世俗国家といわれるものの、支持者の「信条」の中に宗教的価値観が含まれており、ときには政策の方向性を大きく左右しうるということです。
何らかの信仰を持つ国民が2~3割にとどまる日本とは大きく異なる点です。

【キリスト教における人工妊娠中絶の考え方】

キリスト教においては、初代教会から一貫して「中絶は殺人である」として否定されてきた歴史があります。
カトリック・プロテスタントともに基本的には受胎(受精)の瞬間から人間としての命が存在しており、そのれは神によって与えられたもの、「子供を産むかどうかは人間が決めることではなく、神が決めること」という考えに根ざしており、特に保守派であるカトリック教徒多数派の国では現在でも人工妊娠中絶が全面禁止の国があります。

この宗教的価値観は人工妊娠中絶反対派にとっての最大の拠り所となっています。

【アメリカの人工妊娠中絶の歴史】

19世紀~20世紀中盤

19世紀半ばごろまでは、「胎動=神が命を吹き込んだ証」として胎動以前の人工妊娠中絶は宗教的に問題ないとされ、法的にも規制は行われていませんでした。

しかし当時の衛生状況、技術などでは危険な人工妊娠中絶手術も多く、母体死亡や不妊につながるケースも頻発し、1860年頃から徐々にヨーロッパ諸国で人工妊娠中絶が禁止されるようになります。

南北戦争の混乱を経て、1880年頃にはアメリカ合衆国のほぼすべての州でも、母親の命を救う目的以外での人工妊娠中絶は、法律により禁止されるようになります。

この背景には、上記のような死亡・不妊といったリスク回避のみならず、

  • 自由恋愛の時代となり人工妊娠中絶件数が急増したこと

  • 「男性の支配下にあって、権利を持つことなく家庭的役割に従事する女性」という父権的な考え方が強くなったこと

  • 助産師などに人工妊娠中絶という「儲かる商売」の利益を取られたくない医師たちの意向

など様々な思惑が絡んでいたと言われます。

この時点までの人工妊娠中絶問題は、女性たち当人ではなく周辺の人々(主に男性)により宗教的規範と社会的規範、利益保護のために規制されてきたと言えそうです。

20世紀に入り移民が増えると、貧しい移民の女性たちが闇手術を受けて死亡し、裕福な白人中産階級の女性は信頼する医師のもとで安全な人工妊娠中絶手術を受けるといった格差も顕著になり、それまでは「女性問題」とされてきた人工妊娠中絶の問題が「人種問題」もはらむようになっていきます。

1960年代に入って、女性解放運動の高まりとともに、「自分たちの身体への決定権」として、女性から人工妊娠中絶合法化を求める声が上がり始めます。

これを受けて、レイプ、15歳以下の妊娠など限定的な条件付きで、一部の州で人工妊娠中絶が合法化されるようになります。

一方で、

  • 女性の主体的意思によってではなく、医師の判断によってのみ人工妊娠中絶手術が認められる

  • 手術費用が高額で貧困層には恩恵はなかった

などこの時点での人工妊娠中絶が合法化は非常に限定的なものだったといえます。

決定的な転機となったのは1973年の「ロー対ウェイド判決」
この判決を機に、「胎児が母体の外にでて生存可能な状態となるまでは、妊婦自身が人工妊娠中絶の決定権を持つ。またそれは合衆国憲法により保障された権利である。」というアメリカ合衆国全体としての人工妊娠中絶に関する方針が示され、現在に至ります。

1973年の「ロー対ウェイド判決」


1970年、テキサス州在住の妊婦が、「母親の命を救う目的以外での人工妊娠中絶を禁ずるテキサス州法は憲法違反である」という訴訟を起こします。

原告の主張は第一審から認めれらたものの、州法の執行停止請求は棄却され、最高裁での審理まで持ち込まれます。

この訴えに対し最高裁は、憲法修正第14条に基づき「合衆国憲法は女性の人工妊娠中絶に関する決定権を保障している」という判断を下し、テキサス州法の執行停止を指示します。

明文化はされていないとしつつも、「適正な法の手続きなしに州が人々の自由を奪うことを禁止している合衆国憲法修正第14条はプライバシーの権利を認めている」とした上で、女性が妊娠・出産に伴い負う心身への負担は大きく、「女性が人工妊娠中絶を行うかどうかを決定する権利はプライバシーの権利に含まれる」という見解を示しました。

また、この判決で「胎児は合衆国憲法上の「人」に明示的に含まれていない」とした上で、「人の命はいつ始まるか」という論争への関与を回避し、胎児が母体の外にでて生存可能な状態になって以降は胎児の生命の可能性は保護されうる、という見解にとどめました。

これにより、「胎児が母体の外にでて生存可能な状態になるまでの人工妊娠中絶を、女性自らが選択する権利は合衆国憲法によって保障されている」という最高裁判例が作られ、各州での人工妊娠中絶合法化が進みます。

保守派(ProLife)とリベラル派(ProChoice)の対立

アメリカにおける人工妊娠中絶問題は、保守派とリベラル派に考えが分かれており、

■保守派(Pro(賛成)Life(命))
人工妊娠中絶反対。受胎(受精)の瞬間から人の生命は始まっており、いかなる理由、時期においても人工妊娠中絶は殺人と同等の行為であるとの見解。望まない妊娠に際しては、出産した上で養子に出すことを推奨。

■リベラル派(Pro(賛成)Choice(選択))
人工妊娠中絶容認。人工妊娠中絶は、自身の身体に対する決定権の行使であり、人工妊娠中絶の禁止は個人の尊厳の否定であるとしており、さまざまな避妊手段へのアクセスや教育も身体を守る権利として保障されるべきだとしています。

ロー対ウェイド判決により敗北する形となった保守派は、人工妊娠中絶禁止の実現に向けて、各州で人工妊娠中絶を禁止・制限する州法を成立させてゆきます。
州法の成立そのものが目的というよりは、リベラル派に州法の違憲審議訴訟を起こさせ、最高裁での係争に持ち込みロー対ウェイド判決を覆す戦略だと言われています。

最高裁の判事任命権は大統領にあることから、最高裁での勝利に向けて保守的な判事を送り込むべく、保守派は共和党との連携を強化してゆきます。

トランプの大統領就任と保守派最高裁判事の任命

アメリカの2大政党は共和党と民主党。
それぞれこんな特徴を持っています。

■共和党
政府の介入は最小限の「小さな政府」を理想とする。
支持者は保守的、白人、敬虔なキリスト教徒といった特徴がある。
ブッシュやトランプは共和党。

■民主党
社会福祉、生活保護を重視する「大きな政府」を理想とする。
支持者はリベラル、マイノリティ、労働組合といった特徴がある。
バイデン、オバマ、クリントンは民主党。

元々支持基盤として保守的で敬虔なキリスト教徒の多い共和党からは、ロー対ウェイド判決以降「最高裁や連邦裁に保守派判事を送り込む」と約束した大統領も複数当選しています。
しかし最高裁判事官は終身制であり、死去するか自ら引退するか、弾劾裁判により罷免されるまで空席ができないためなかなか実現はしませんでした。

しかし2017年にトランプ大統領が当選したことで状況が一変。
トランプ大統領は在任していた4年間に、最高裁に3人の保守派判事を送り込むことに成功します。
2020年9月には、最高裁判事構成は保守派6対リベラル派3になります。

トランプ当選を受けて保守派の活動は更に活発化し、2017年1月から2020年11月までの間に35の州で人工妊娠中絶を規制する法律が227本成立しています。

今回問題となったミシシッピ州の中絶規制に関する法律も2018年に可決されています。

【今回の判決と今後】

今回の判決では、「「妊娠15週以降の妊娠人工妊娠中絶を禁止する」というミシシッピ州の州法は憲法に違反しない」という判決がされたことに加え、「合衆国憲法は人工妊娠中絶を選択する権利を保障していない」という見解が示されました。
これにより、人工妊娠中絶に関する方針決定は州と国民に委ねられることとなりました。

これは、アメリカ国民は合衆国憲法による保護中絶権の保護を受けることなく、自身の居住する州の法律によって人工妊娠中絶を禁止されたり容認されたりするようになったことを示します。

50州あるアメリカの州のうち13州は、最高裁判決と同時に州内での人工妊娠中絶禁止を施行するトリガー法を施行しており、すでに中絶クリニックの閉鎖などが始まっています。
オクラホマ州では人工妊娠中絶を重罪と位置づける州法が発効しており、ルイジアナ州でも性的暴行や近親相姦による妊娠も含め例外なく人工妊娠中絶を禁止するという法律が発効。
最終的に、全米の半数以上に当たる26の州(おもに共和党支持州)で人工妊娠中絶が禁止あるいは著しく制限されるのではという見込みも発表されています。

人工妊娠中絶が禁止された州の女性が人工妊娠中絶を望む場合、人工妊娠中絶が容認されている州まで移動して手術を受ける必要があり、経済的に困窮している女性が人工妊娠中絶を望んでも旅費が賄えず手術を受けられない、闇手術を受け死亡・あるいは不妊になる女性が増加する可能性がある、といった影響が懸念されています。

また、最高裁判事の過半数が保守派となり、保守派最大の懸案事項であった人工妊娠中絶問題への保守派勝利が明確となったことで、今後保守派の主張が強く反映された判例が作られていくのではないかと見られています。
同性婚の禁止や様々なマイノリティの権利が、今後縮小されてゆくのではないかと懸念されています。

【ちなみに・・・日本では人工妊娠中絶って合法?】

実は、日本では刑法212条-216条で「堕胎の罪」が規定されており、堕胎(人工妊娠中絶)そのものは刑法上処罰されうる行為です。

ただし、母体保護法という別の法律により堕胎罪の例外事項を定めており、妊娠22週未満の医師の手による人工妊娠中絶手術は実質罪に問われることはありません。

なので、日本は法律の観点でみると「人工妊娠中絶行為そのものは刑法に抵触する行為と定められているが、例外事項を設定することで刑法の規定自体を空洞化させ、実質的には妊娠22週未満の女性の人工妊娠中絶の権利を実現している国である」と言えます。

【インスタで頂いた質問への回答】

出生前検査で障害がわかった場合や子宮外妊娠で命に関わる場合の中絶も違法になるのか

基本的には、妊娠の継続によって母体の命が危険にさらされる場合の人工妊娠中絶は認められます。
一方、出生前検査でなんらかの障害がわかった場合の人工妊娠中絶は認められない州も多く、母体の生命の危機、暴行による望まない妊娠、15歳以下の妊娠のみが人工妊娠中絶理由として認められ、その他の理由は認められないという州もありそうです。

知らなかったです。そもそもなぜなのでしょう?知らない人がたくさんいると思います。

「人の始期」という法律上人の生命がいつ誕生したのか、いつから人間に対して保障されている権利が適用されるのか、という争点はアメリカに限らず様々な国で長年様々議論され、解釈が分かれています。

受胎の瞬間からか、胎児ではあるが生まれた場合生存可能になった段階でか、母体から一部でも生まれでた瞬間かなど様々な説があります。

人工妊娠中絶に関する議論になかなか決着がつかず、議論のもととなるのは、胎児はすでに「人」としての権利を与えられた女性の胎内で育まれることから、胎児の人としての権利を支持することが、時に妊娠している女性の人としての権利と矛盾しうるからです。

「人としての認定」という明確な答えの出しようがない題材に対して、宗教・倫理・人権・社会性など様々な観点から議論がされてきた中で、アメリカにける人工妊娠中絶問題への対応は政治的思惑が強く反映されており、政権の交代によって解釈が変更されゆらぎ続けてきたことが読み取れます。
そうしたゆらぎの中にあっても約50年にわたって覆されなかった最高裁の判例が今回否定されたことにより、大きな問題へと発展しました。

人工妊娠中絶禁止がいずれは同性婚禁止にもつながるって言われている理由が知りたいです

2017年~2020年のトランプ大統領就任期間に、最高裁判事の比率が6:3と保守派過半数以上となり、保守派がこれまで主張してきた同性婚禁止や様々なマイノリティの権利縮小が今後起こるのではないかと言われています。
最高裁判事は終身制なので、仮に今後リベラル派の大統領の就任が続いたとしても、現在の判事が死去する/自ら退任する/弾劾裁判により罷免されるのいずれかにより空席が2つ以上できない限りは、リベラル派が最高裁判事の過半数を占めることはないので、現在の最高裁体制の影響はしばらく続きそうです。

★追記★
コメントで教えていただきました。
保守派判事自ら、避妊や同性愛、同性婚といった点についても今後再考していくべきとする発言があったそうです。

レイプされたとしても禁止なんでしょうか?その場合、の母子のケアや出生後の子供の過ごす場所などは?

各州の方針によりますが、一部の州ではレイプによる妊娠も人工妊娠中絶は認められないという州法がすでに施行されています。
こうした州に居住している女性がレイプ被害にあって人工妊娠中絶を望む場合は、それが認められる州まで移動して手術を受ける必要があります。
移動するだけの費用がないようなケースでは、闇手術や自らの手で人工妊娠中絶を試みる、精神的に耐えきれず妊娠中に命を断ってしまう、出産の後生まれた子供に手をかけてしまうと言ったケースも出てくるのではないかと思います。

最後に

いかがでしたでしょうか?
もうちょっと詳しく調べたいな、このへんはどうなんだろうという部分はまだまだあるのですが、一旦調べたことを自分の記録を兼ねてまとめてみました。

目に飛び込んでくる情報、見えている一部分から自分の意見を決めるのではなく、なるべく深く、背景理解した上で自分の意見を持ちたい。

そう思いつつ、時間的な制約などもあり、なかなかしっかり勉強して意見を持てることは多くないのですが、妊孕性、身体権は学生時代卒論のテーマとして扱ったほど私にとって関心のあるテーマだったので、今回は深掘りしてみました。

7000文字超えとかなり長文になってしまいましたが、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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