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つきのむら(創作小説・短編集)

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自作短編小説です
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#フィクション

タコ踊り

タコ踊り

 とげぬき地蔵をお参りしていたら、偶然再会したのだと言う。

「高校の時の先輩やってん。お互い、全然変わってなかったからすぐにわかったんや。それで、一杯飲みに行って話してんねん。先輩、会社辞めて、新しい事業を始めようとしてるんやて。手伝ってくれないかって言われた」
「ふうん」

 恋人のたっくんは、親の都合で引っ越しが多かったため、関西弁と東京弁が混じったような変な言葉遣いをする。

 たっくんは

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つらくないわけないだろう

つらくないわけないだろう

 久しぶりに実家に寄ったら、母親の愚痴を散々聞かされた。どれだけ今まで苦労をしたか、どれだけ報われない人生を送って来たのか。

 父親は他の女性と一緒に暮らしている。妹も弟も実家には寄り付かない。仕方がないから、私は母親の愚痴を、とりあえず頷きながら聞く役をやっている。

 母親はあたしの無表情のリアクションの悪さに、大きなため息をついた。
「あんたみたいな冷たい娘、産まなきゃ良かった」

 挙句

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むーちゃん

むーちゃん

「むーちゃん!」
 スーパーマーケットの入り口で、いきなり背後から肩を叩かれた。振り向くと、白髪頭の小柄な老婆が立っていて、私と目が合うと、しわくちゃの笑顔になった。
「やっぱりむーちゃんだ! 心配してたのよ、いきなりいなくなるんだもの」
 私はこの老婆をまったく知らない。“人違いです”と告げる間もなく、老婆は自動販売機の前まで走っていき、2本の缶コーヒーを両手に持って戻ってきた。

「少しくらい

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飛行機雲

飛行機雲

 青い空に、一筋の飛行機雲が流れていた。
「そろそろ行くわよ」
 母親に言われて振り向いた。両親の離婚のため、俺は母親に連れられて母親の実家に行く。中学進学の時期に合わせて引っ越しするのだ。そこにはあんまり会ったことがない婆ちゃんが住んでいる。
「田中君に挨拶したの?」
「ううん、後で電話する」
「そう」
 俺のつまらなそうな口調に合わせるように、母親も口をとがらせた。田中とは小学校の6年間、ずっ

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逆回転

逆回転

 もうおしまいだ。
 俺はアクセルを思い切り踏んだが、車輪は空回りするばかりだった。
 なんでこんなことになってしまったんだろう? 時間をさかのぼってみる。

 半年前、大学時代から恋人同士だったユキと同棲を始めた。

 3か月前、俺は上司と喧嘩をし、勤めていた会社を辞めて、ユキが立ち上げたばかりの事務所の仕事を手伝うことになった。ユキは「これからは二人分、稼がなくちゃね」と気丈な笑顔を見せた。

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