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つくりばなし

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死に関する考察の連作
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#愛

泥濘のおわり

泥濘のおわり

喉の渇き。渇望。
ひび割れた田圃が好きだった。
そこに水がどんどん入って、ぐちゃぐちゃになるのを見るのが、踏むのが、(あ、きもちいい)、ってなるのが大好きだった。侵食。蝕むかの如く。風邪の前兆の悪寒がどうしようもなく好き。蝕まれるかの如く。全身の神経が剥き出しになって、ぜんぶぜんぶきもちいい。熱も、頭痛も、吐き気も、苦しいことがたまらなく好き。大好き。

そう言って彼女は経口補水液を「うまいうまい

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カルーセルエルドラドの憂鬱

カルーセルエルドラドの憂鬱

いっぱい人が死んで、なんだか地球が前よりも軽やかに回っている気がした。朝がやけに早く終わって、ふざけてやる幅跳びの測定みたいに太陽が沈んで、同時にとっぷんと夜がやってきて、また空は白んだ。俺が幼い頃に一度行ってからすぐに潰れた遊園地の、古い木製メリーゴーランドを思い出す。このままセカイ終わるんじゃね?って感じで、ああ、でもそれなのに俺は生きていて、意味わかんねー、って、仕事に行く。

ふぁ。

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めいてい、それから。

めいてい、それから。

生温い風が汗ばんだ手の中に入り込んで、ぬるりと抜けた。右脇だけ異常に汗を掻くのがコンプレックスで、夏は汗染みの出来ない涼しい透け感のあるシャツばかり着てしまう。今年の夏も。

冬と、春に、人がたくさん死んだ。死ななかった人もいっぱいいたから、今年の夏も去年の夏と変わらないような佇まいをしている。通気性に優れたマスク。それでもじんわりマスクの下で汗を掻いて、行き交う人の波。海水浴場で、人が死んだらし

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Emerald

Emerald

月が恐ろしく綺麗な夜だった。漆黒の紙の裏側から、煙草の火を押し付けたような月。煙みたいに薄い雲が、空の表面をゆっくりと撫でている。

人の疎らな街。僕のいる場所はいつだって片隅で、僕の世界にはいつも僕がいない。僕の目は光にとても弱くて、薄い色のついた眼鏡を掛けている。この世界はエメラルドの都で、僕はレンズ越しに生きている。ドロシーのいない、進まない世界。

僕は、考える。兄のこと。似合わない髭。ボ

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