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泥濘のおわり

喉の渇き。渇望。
ひび割れた田圃が好きだった。
そこに水がどんどん入って、ぐちゃぐちゃになるのを見るのが、踏むのが、(あ、きもちいい)、ってなるのが大好きだった。侵食。蝕むかの如く。風邪の前兆の悪寒がどうしようもなく好き。蝕まれるかの如く。全身の神経が剥き出しになって、ぜんぶぜんぶきもちいい。熱も、頭痛も、吐き気も、苦しいことがたまらなく好き。大好き。

そう言って彼女は経口補水液を「うまいうまい」飲むもんだから、病院に連れて行った。バカなのだ。点滴速すぎて神経が痛いって泣きそうになっている彼女が面白くてそのままにしようかと思ったけど、わたしだって人間だ。看護師さん呼んで速度遅くしてもらったら安心したのか彼女は眠り、それを見た看護師さんは戻ってきてまた速度を上げた。

ウリウが死んだと聞いたとき、わたしは、

あれ、どっち?

って、普通に訊いていた。櫟くんは首を傾げて、ウリウだよ?ってもう一回言った。
そんなことはわかっているの。それからたぶん、死因もわかっているの。でも、聞いちゃう。

わたしのだいすきなウリウが、流行っている病気なんかで死ぬはずがない。ふわっとシャボン玉が弾けるみたいに、たんぽぽの綿毛が飛ぶように、霧散してくれなきゃウリウじゃない。外の苦しみになんか殺されない。あの子は、あの子は、あの子は、あの子は、ーー

「昨日だって。よく噎せてたし、気管とか、弱かったんかね」

服も着ないで告げられる親友の死。
あっけないなあ、 なんて、
泣く分の水分、出し切った後だよ。

喉の渇き。渇望。
最悪のピロートークかましちゃったじゃん、て
ホテルの冷蔵庫を漁りながら気が付く。

泣かないハルを横目に、俺の方がちょっと泣きそう。友人の死。自分の最低さも。あと、普通に、心臓がバクバクする。生きてる音が、耳の中で響く。

ウリウ死んだって。

連絡が入ったのを勢いで言ってしまったけれど、人の死が自分の口から飛び出てきたような、脳にその事実を叩き込むような、そんな言葉だった。
怖かった。 ただひたすら、怖くなった。
ずっと人が死ぬ世の中で、麻痺した感覚に陥っていた。死に対して無敵になった、と。何があっても、誰が死んでも、まあこんなモンすね〜て笑っていられるような気がしていた。そうではなかった。抗えない恐怖は、静かに、静かに、そこにずっとあったのだ。

ぼくは、ぼくは、ぼくは、

ぼくは、しぬのか?

「櫟くん」

あたたかい。春のあたたかさを想起する、
白くて、いい匂いがして、
まばたきをしたら、たぶん、泣いてしまうんだ。

「大丈夫だよ。あなたは、大丈夫」

ぼくは、情けなくて仕方がない。
こんなにも、安心している。

 大丈夫じゃなくてもいいんだ、
君さえいれば、

いつか死ぬとき、もう一度、そう思わせてくれないか、なんて、最低なことばかり。

思いながら、ガタガタ震えて、めそめそ泣く。
たぶん死ぬときも。

来世は幸せ。