見出し画像

震災から10年の被災地 飯舘村の 「いま」 と 「これから」 を伝える1ヶ月

初めまして、MARBLiNGのじゅんななです。

皆さんは福島県にある「飯舘村」という村をご存知でしょうか?
飯舘村は、2011年の東日本大震災と原発事故の影響で
約6年にわたる全村避難を経験した村です。
4年ほど前から一部地域を除き帰村できるようになり、
現在は10年前の約20%程度の人口が戻ってきています。

村では震災からの10年、
多くの人がここには書き尽くせないほどの活動をしてきました。
帰村した人もしていない人も、行政の人も移住してきた人も、
研究者も村外の支援者も、立場は違えど、
それぞれに想いを抱えながら飯舘村に関わり続けてきました。

そんな人たちを間近で見て共に活動してきた中で、
震災から10年経つ今、未来を担う世代として、
この先の10年、さらにその先を考え続けるための
活動を始めたいと考えました。


被災地の「いま」と「これから」を伝えます

震災から10年の節目にあたり、今日から3月11日までの間、
飯舘村に関わる方々のストーリーを伝えます。
村出身の方、移住者の方、村外から関わっている方など、
様々な立場の村の担い手たちが語る、
10年前いまこの先の10年

明日からスタートするこの連載では、村の担い手が毎日一人ずつ、
一個人としての率直な思いを語ります。


MARBLiNGについて

noteヘッダー

震災前まで飯舘村に縁もゆかりもなかった20代の私たちが
設立したローカルプロデュース会社です。
社名の「MARBLiNG (マーブリング) 」は、
様々な色を使ってマーブル模様(大理石模様)を描く絵画技法に由来し、
一人ひとりの個性や想いが、混ざりそうで混ざらない、
けれど美しく共存する世界(未来の「いなか」の形)を
目指したいという想いを込めました。
会社のビジョンや事業内容については、1ヶ月後にご紹介します。


今後noteで伝えていくこと

今「あの飯舘村」はどうなっているのか?
どんな人がなにを考え、なにをしているのか?
そもそも20代がどうして飯舘村に?
各地が地方創生に取り組む今、何故飯舘村なの?
これからの飯舘村はどんな未来を描いていくのか?
などなど、飯舘村のことや私たち世代が考える
未来の「いなか」について発信していきたい、いかなきゃ!
という想いでnoteを始めてみました。
このnoteを通して、飯舘村のいろんな「いま」を知ってもらえたら嬉しいです。


運営メンバー

松本奈々 / MARBLiNG 共同代表
福島県福島市出身。大学時代、復興支援活動を通じて飯舘村との関わりがスタート。卒業後、東京都内のIT企業でシステムエンジニアを経験し、2019年4月に飯舘村地域おこし協力隊に着任。2021年に矢野淳とともに合同会社MARBLiNGを設立し、村内の空き施設利活用プロデュース事業をメインに活動中。
矢野淳 / MARBLiNG 共同代表
東京都杉並区出身。2011年に認定NPO法人ふくしま再生の会を飯舘村村⺠と協働で立ち上げた父・田尾陽一の影響で高校生の頃から飯舘村に関わる。2020年東京藝術大学建築科卒業後、現在は東京で美術予備校の講師をしながら飯舘村と東京の二拠点で活動している。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?