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アウトプットの大切さ(坂口恭平『自分の薬をつくる』を読んで)

「自分の薬をつくる=自分の日課をつくる」と著者は言う。

僕もちょうど自分の日課を模索中だったので、ここぞとばかりに読んでみたら、期待以上の収穫があった。

著者が一貫して主張するのは、「アプトプットの大切さ」。

とはいえ、「いいモノを作りなさい」とか、「いい文章を書きなさい」と言っているわけではない。何かを食べたら必ず排泄するように、息を吸ったら必ず吐くように、何かをインプットしているぶん、何かをアウトプットする必要がある、というのである。

それはつまり、「生きる営みそのもの」としてのアウトプットである。

だから、鬱になったり、死にたくなったりするのは、ずっと排泄しないとお腹が痛くなったり、ずっと息を吐かなかったら呼吸困難になるのと同じで、「アウトプットしないと死んでしまいますよ!」と体が信号を送ってくれているというわけだ。

これはとても説得力があるし、いい考え方だと思った。インプットばかりで「詰まり」が生じているところを、アプトプットすることによって「流れを良くする」というような感じだろう。

もちろん、鬱や死にたい気持ちに明確な原因があって、それがわかっているのなら、その問題を解決するのが一番だろう。それもひとつの「アウトプット」と呼べるのかもしれない。ただ、何だかよくわからない、憂鬱な時というのは、確かにアウトプットには絶好の機会と言えるかもしれない。

ちょっと話は変わるけれど、先日YouTubeで、刑務所から出てきた若者を世話する社長の番組を見た。その方は実に情け深い人格者で、番組を見ながら心の中で「ありがとうございます……!」と思わずお礼を言ってしまったほどだ。

その番組の中でのワンシーン。

その社長が、出所したばかりの若者に、「今一番不安なことって何?」と聞く。若者は、「やっぱり仕事をちゃんとやっていけるのかどうかっていうことが……。被害者に謝罪して、お金も払っていきたいと思っているのですが……」と答える。

それに対してその社長は言う。

「やっぱりまずは、自分の生活を安定させることだよね、働いて。そこから体力も戻って、仕事の波に乗ってきて、お金も返済できるようになればね、うん」

実際にはもう少し長いやりとりがあったのだが、僕はこの対話を聞いていて、何だか苦しい気持ちになった。

その社長は、心からその若者のことを心配し、応援している。それは明らかに伝わってくるし、彼へのアドバイスも全くその通りだと思った。ただ、僕はそれを聞いて、胸が苦しくなったのである。だから、「なぜだろう?」と考えた。

僕はこの時、出所した若者に感情移入しながら会話を聞いていたと思う。その時に僕の胸に湧いてきたのは、「自分を活かしたい」という思いだった。

ただ、出所した自分がそんな権利を主張できると思えないし、その社長の言うとおり、まずは働いて、自分の生活を安定させることを第一に考えるべきだろう。

このとき、出所した若者にとっても、その社長にとっても、働くということは、第一に「安定して働く」ということのように感じられた。そのことが、僕の胸を苦しくさせていたような気がする。

「出所したのだから、またゼロからやり直せばいい」と人は言うし、そのことが本人にとっての救いになることもあるけれど、僕は必ずしも「ゼロ」からやり直す必要はないと思う。

犯罪を犯した経験、その罪を背負う経験、それらもまた、その人の人生の一部なのだ。その経験を含んでいるのが自分なのだ。だから僕は、それを活かしたらいいと思う。その経験を直接活かさなくとも、その経験をした自分をできるだけ活かしたらいいと思う。

ずいぶん横道に逸れてしまったけど、また『自分の薬をつくる』に戻ると、刑務所から出所したその人には、その人固有のアウトプットというのがあると僕は思うのである。そしてそういう固有のアウトプットができていれば、刑務所に入ることもなかったのではないか、と思わずにはいられない。

その番組によると、出所する若者はみな社会復帰を誓うけれど、順調に仕事を続けるケースは多くない、という。僕はそれは、その人固有のアウトプットということが意識されていないところに、ひとつの要因があるような気がする。

そのようなアウトプットを意識した上で、自分らしい生き方を実践するための過程としての「とりあえずの仕事」であれば、僕は少しは続けられるような気がする。だが、その「とりあえずの仕事」を続けること自体を人生の目的にしてしまったら、それはとても苦しいことになると思う。

その点、この番組の社長は、出所後に紹介できる仕事の分野を拡げる取り組みをしていて、ぼくは「ナイス!」と思った。そしてその選択の軸に、その若者の心が喜ぶアウトプットがあれば最高だと思う。

生きることの喜びを日々感じている人は、他人からそれを奪いたいとは思わないだろう。それは出所者であろうがなかろうが、みんなに言えることだと思う。

坂口さんの言う「自分の薬をつくる=自分の日課をつくる」ということは、そういう生きる喜びを、日々の生活の中に埋め込んでいくことなのだろう。そしてそれを未来に実現させるのではなく、今日という生活の中に実現させるのである。坂口さんは言う。

「夢は努力していつか叶えるみたいに必死にならずに、今すぐ叶えてみる、今すぐその夢の姿になってみる。それでこそ真剣にやれるってもんです」

実に愉快な気持ちになれる一冊である。


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