プロフェッショナルの凄さ。
先日、母の通院付き添いへ行ったときのこと。
母の調子が明らかに下降気味であるので、母の主治医に経緯を説明し、やんわりとお薬増やした方が良いのでは?と私は感じています、と言う旨をお伝えした。
母は、今までさんざん薬の副作用で大変な目に合ってきているので、薬を増やすことにとても消極的。
毎回調子を崩すと、私がさとすように話しをするのだけど、何しろ本人の病識が乏しく、自分には薬は最低限で充分、と言う考えでいるので、一緒に病院へ行き、主治医になんとか説得してもらう、と言う流れで、母の治療は進んでいる。
その様子をそばで何年も見て来て感じているのは、主治医との信頼関係の重要さ、と言うところで。
母は、現在の主治医に絶対的信頼をおいている。物腰のとても柔らかな、やさしい雰囲気の先生で、いつも母や、私の目を見て、『ふんふん、なるほどなるほど。』としっかりと話しを聞いてくださる。
まるで、「あれ?今って、娘の私の方がカウンセリング受けてる?」と錯覚してしまうほどだ。こころざしをもって、患者さんがより良い生活を送れるように、と言う思いを、先生からヒシヒシと感じる。
母が今の病院へ転院する前に通っていた病院は、患者が要望すると、次から次にお薬を増やす病院だった。
その頃は、私も子育てや仕事に追われていて、色々を母一人に任せてしまっていたので、気が付いた頃には、薬が増えすぎてしまっていて、にっちもさっちも行かなくなっていたのだ。
このことを機に、セカンドオピニオンを決め、今の主治医と巡り会え、母と私の本格的な二人三脚が始まった。
今回も、もれなく母は薬を増やすことを拒絶した。毎回のことだが、こうなると母は、病的に頑なで、私ではさとすことは不可能な状況に陥る。
すると先生が、うまくうま〜く本人を傷付けることのないよう、細心の注意を払って話しをしてくれた。
私はそれを聞きながら、母の横で、プロフェッショナルの経験値の凄さに、胸が熱くなるほどに感動していた。私自身も、母のサポートをするようになり、カウンセリングや精神医学に興味を持ったので、本を読んだり、自分なりに調べたりして勉強している身だ。
「先生……言い回し、言葉のチョイスがうますぎるな………こう言った患者さんへの対処方法の凄さよ…まさにこれがプロフェッショナルだ……」と、私は横で先生の話しを聞きながら、ひとり感動していたのだった。
母の通院付き添いは、私の人生勉強でもある。
今の主治医に巡り会えていなかったら、母はどうなっていたことか。
本当に、精神医学に関して言うと、主治医と患者本人との相性が合うか合わないかでその後が変わるのではないかな、と私は思っている。
◇
それともうひとつ、精神的にバランスを崩してしまった場合は、やはり近くに居る、誰かのサポートがあった方が、より良いのではないかな?と言うことで。
本人は、自身の状態を客観的に捉えることが難しく、数週間に一度の診察では、自分の波を事細かに主治医へ説明することは、私の母の場合は、困難に近い。そうなってくると、本人と主治医との間に入ることのできる、誰かがサポートをしないと、それはきっと大変だ。
それを家族やパートナーが担えればそれが良いとは思うのだけど、誰にも言えずに、ひとり抱えている方がいたとしたら、それはきっときっと、辛い。
私なんかは、辛ければ「あ〜!辛い!こんなことがもう、ほんとしんどい!」とすぐに言ってしまうし、noteにも書いてしまったりする。
でも本当に辛くなってしまっている方は、やさしくてやさしくて、底なしにがまん強くて、自分でも気付かぬうちに、誰かに助けを求めることが出来なくなってしまうのではないだろうか。
私にできることは何かないか………。模索を続けてみようと思う。
◇
先生や、病院の方々、ケアマネージャーさんにヘルパーさん、そして家族。noteを読んで下さる皆さま。たくさんの方々に支えられて、私達親子はなんとか過ごせている。
心の底から感謝しています。ありがとうございます。
熱くなって、長くなってしまいました。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
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