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「ひとってな…」
4月、お互い部署を異動した。
彼と一緒に取り組んでいた店舗から離れ、私は新天地の環境の変化に戸惑っていた。
そんな状態だと、彼と出会った半年間は、かけがえのないもののように感じている。
彼に合ったのは昨年、暑い夏が終わりかけた9月初旬。
猛威を振るう感染症の影響で、私の職場環境も様変わりした。
急遽、私が勤めていた店舗閉鎖の決定。一緒に取り組んできた仲間との別れ。ここまで私が仲間と築いてきたものが、一瞬で崩れ去った。
モチベーションも上がらず、私は、何をやっているかも夢うつつな状態で、違う店舗に配属されたが、腐りかけていた。
そんな時に、再度異動辞令が出た。それは彼がいる店舗への異動。正直、気が進まなかった。ただ、助けてほしいというオファーをもらったから、渋々行ったに過ぎない。
彼は私より17歳年下。ポジションも私が下。元々同じだったが、このご時世仕方がないと感じていた。
私は、彼のサポート役に回ることを上司から命じられていた。
一緒に仕事を始めた当初は、信用できない奴だと思っていた。変に迎合している姿が滑稽に思ったほどだ。
「こいつ、裏があるのでは?」と疑いの目で見ていた。それは私の見当違いだったことに今になって思う。
キャリアは私のほうが上だし、これからの彼のために出来ることも考えた。
まずは状況を確認して、改善することを洗いざらいにした。
辛辣なことも書いて突きつけた。大人げないのは自分の方だったかも知れない。
ただ、仕事をする以上、本気で向き合いたかった。
彼は、私が書いた改善書を凝視して言った。
「今まで、ここまで率直に言われたことがないです…」
「しまった」と思ったが、後の祭り。それでも構わないと思った。
短期的な配置なのは、上司の言い方で分かっていたからだ。
でも、彼の表情は逆に安堵に満ち溢れていた。
「ちょっと言い過ぎたかな」
「いえ、やりましょう!改善します!」
「本当に?」
「ええ、ここまで言うひとに出会ったの、初めてですから」
「そうか、やるからには覚悟が必要になるぞ。それでも…」
「構いません。一緒にやりましょうよ」
「分かった。やってみようか」
彼と打ち解けるのに時間は掛からなかった。
意外に、私は順応することが出来ず、馴染むまで時を費やすことが多い。
しかし、今回はどうだろう。スムーズに事が進んでいる。
後でこっそり聞いた話だが、彼は孤独だったようだ。
性格も意地っ張りが災いしているのだろう。味方になるひとが上司にいなかった。
だから敵対し、自分を奮い立たせるために実績にこだわった。悪いことではない。仕事において実績は正義だからだ。
しかし、私は彼に知っておいて欲しいことがあった。
「本気でやっていれば、本当の理解者に必ずめぐり会える」
常に私は、彼にその言葉を語り続けた。
感染症の影響から規模を縮小しなければならない最中、彼と私は、泥臭い仕事をし続けた。
妥協しない顧客に向き合う姿勢。それだけは貫く仕事に明け暮れた。
楽しかった。
日々戦っている彼の姿を見ていると、更に私は応援したくなる。
私は、小言ばかり口走っていたかも知れなかったが、彼の成長は目を見張るものがあった。
彼の輝きは眩しかった。
彼が創り上げたもの…大勢のファンを虜にしたこと。
勿論、陰でサポートしていたのは私だったが、彼が良い意味で目立っていることは、自分の事のように嬉しかった。
そして、自分自身のやりがいでもあった。
半年後、彼と私は、次のチャレンジを上司から告げられた。
更に厳しい環境に置かれることになった。2人で共に同じ職場での仕事は、そこで終了した。
しかし、お互い充実感があった。肩を叩き合い、労った。
歳も離れているのに、何故か同志という言葉が合っていると思う。それ程、充実した関係であることを再確認した。
お互い別の職場でチャレンジし始めて1か月後、夜遅くに電話が鳴った。
彼だった。開口一番彼は言った。
「もう、やってられねえよ!」
「??」
「こんなことがあっていいのかって思うことがある!!」
今までにない口調で、彼は荒げた口調になっていた。ここまで、感情を剥き出しにする彼は初めてだ。
「そこまでの剣幕なら、何かあったんだな。何があった」
私は冷静に電話越しの彼の声を待った。
「俺が気に入らなくて辞めるのは構わない。でも、どうして他部署の上司が絡んでいるんだ!こっちで受け入れてやるって。おかしいだろ!」
「足を引っ張る上司がいるってことだな」
ゆっくり低い声で私は言葉を返した。
「また、以前と変わらない。俺には誰も味方なんていないんだ!」
自暴自棄になっている様子が電話の声から伝わってくる。
「それは違うな」
私は口調を変えることなく言った。
「えっ…」
「俺がいるじゃないか。お前の良さも分かっている。違うか?」
「…」
「だから、掛けてきたんだろ、俺のところに」
「…そ…です…」
彼の声が段々小さく変わり始めた。
「だから、お前に言ってきたじゃないか。俺はお前の最大の理解者だって」
「ううっ…そう…でしたね。だから…電話しました…」
彼の涙交じりの声を震わせながら私に言ってくれた。
「それが言えればいい。お前には味方がいる。役不足だけどな」
私は苦笑いをしながら言葉を紡いだ。
「ありがとうございます…」
「ひとってな…他人を自分の都合の良いようにする奴は多い。そんな奴になりたいか?」
「なりたく…ないです」
「そうだろ。良いも悪いも本気で向き合うからひとは付いてきてくれる。一緒に半年やってきただろ?」
「そうでした。上手くやろうとし過ぎました…」
「分かったならいい。もう味方がいないなんて言うな。別部署の上司がなんだ!都合よく立ち回っている奴なんて関係ない!」
「はい…」
彼は少しずつ冷静さを取り戻していた。
「大事なのは顧客であり、一緒に仕事をする仲間たちだ。お前ならやれる。辞めると言っているひとだって、きちんと話をすればいいだけさ」
私は明るく爽やかに声で表現した。
「分かりました。やってみます」
「それでいいんだよ。結果はどうであれ、最後までやり切ること。大事にしろよ」
「はい。話をしていたら、すっきりしました。ホント助かります」
普段の彼の柔らかい言い回しに戻っていた。
「そんなことしか出来ないけどな」
「それで充分です」
「頼む。ヨロシクな!」
「かしこまりました」
彼は立ち直ると電話を切った。
その後、彼の話だと辞めると言ったひととも和解をして、今では率先して仕事をしてくれているそうだ。
あの一本の電話から生まれたものは、半年間で培ったものだと痛感した。
最初に本気で向き合ったことは、間違いでは無かった。
彼と私は今も別の職場で日々戦っている。
少し落ち着いたら、今度一緒にご飯を食べる予定だ。
また二人で、楽しい会話をするのを心待ちにしながら…
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