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殺人事件の解決に生き生きと挑むのは、チャーミングでミスチーバスなお年寄りたち。イングリッシュネス満載のヒューモアに満ちた最高の英国ミステリーは、人々の「秘密」を描いた人間味溢れる物語だった。

真偽の程は分からないのだが、ずいぶん昔に「どんなに英語がペラペラでも、歳をとってボケが入ると、母国語しか理解できないし、母国語しか話せなくなるんだって」と言われたことがある。このことを、フランス人の友人に話すと、「そんなことあるはずがない!私は人生の半分以上イギリスに住んでいる。ボケても英語は話せる!」と何故か烈火のごとく怒っていたが(そんな怒らんでも)、こればかりは自分でコントロールできる類のものでもないし、今その心配をしてもどうしようもないので、特に考え込むこともなかった。この本を読むまでは。

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『木曜殺人クラブ』(原題:The Thursday Murder Club)と聞いて、やはり最初に思い浮かぶのはアガサ・クリスティーの『火曜クラブ』だろう。著者リチャード・オスマンは、イギリスのコメディアンかつTVプレゼンターなども務める人気のセレブリティだ。インタビューでは、『そして誰もいなくなった』を最高の謎解き作品の一つとして挙げており、クリスティーには多大の影響を受けていると語っている。

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最初に感想を述べておくと、リチャード・オスマンの小説デビュー『木曜殺人クラブ』は、とても素晴らしい作品だった。

ネタバレあります。

ケント州のリタイアメント・ビレッジ、クーパーズ・チェイスには、65歳以上でないと入居できない。ここは、老人介護ホームとは少し違う。確かに介護が必要な人専用の棟もあるのだが、どちらかというと、引退者専用の集合住宅コミュニティと言った方が近いだろう。ここへ新しく入居してきたジョイスは、《木曜殺人クラブ》へ勧誘される。

《木曜殺人クラブ》とは、元警察官ペリーと元スパイ(とオスマンはインタビューで述べているが、作品の中でこれが明瞭になることはないのでここは不透明にしておいた方がよいだろう)のエリザベスが創設した趣味クラブ。この二人に元組合リーダー“赤のロン”と元精神科医、エジプト人のイブラヒムを加えた4人が最初のメンバーだった。ペリーは警察署を退職した際に未解決事件に関するファイルをごっそり持ち出しており、それを元に様々な憶測を立てては事件解決の糸口を探り、時に犯人を特定するのがクラブの目的だ。ある日、ペリーは脳卒中から昏睡状態となってしまい、クーパーズ・チェイスの末期療養施設ウィロウズ棟へ移る。そこで新たに加わったのが、元看護士であるジョイスだった。

《木曜殺人クラブ》はあくまでも、引退者施設内の暇つぶしクラブで、趣味の域を出ないはずだった。しかし、同施設の共同経営者の一人である、トニー・カランが自宅で何者かによって撲殺されたことをきっかけに、《木曜殺人クラブ》のメンバー達はリアルで同時進行の殺人事件を解決していくことになる........。

ざっくり言ってしまうと、これは「whodunit 」=犯人探しを楽しむミステリー作品だ。しかし、それだけに固執してこの作品を読み進めると、がっかりしてしまうかもしれない。というのも、この作品で楽しむべきなのは、犯人特定とその動機だけに留まらないからだ。

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まずは、《木曜殺人クラブ》のメンバー達。

エリザベスはリーダー格で高圧的なところがあるが人間性に満ちていて優しい心の持ち主。頭の回転が速く、優れた情報網を持ち、必要とあればすぐに行動に移すことができる。ロンはフットボールチーム「ウエストハム」のタトゥーを首に入れた生粋のイーストエンダー。誰に何を言われても一言も信じない。警察の調書さえも。大柄で短気だが愛すべき男性。イブラヒムは、精神科医だったので、人間の行動を整然と論理的に分析できる。インテリジェンスで穏やか、地図や難解なグラフなどを読むのも得意。そしてジョイスは、第三者的見解に優れた、スイートで好奇心旺盛な女性。作中で日記をつけており、観察力抜群のストーリーテラーを担っている。

犯人さがしに必要な知識とフットワークをもって、それぞれのメンバーが事件解決にバランスよく貢献している、というのが特徴だ。

もちろん人が死んでいるので、警察も登場する。地元フェアヘイブン警察署のクリスとドナが担当警官だ。《木曜殺人クラブ》は、時に警察と協力しながら、時に警察に隠れて犯人捜しに挑む。警察と《木曜殺人クラブ》はラヴアンドヘイトな関係だ。自分達の捜査を進めるために、情報を貰おうとすることもあれば、逆にぎりぎりまで警察には伏せておくという態度を貫くこともある。最終的には警察の手に渡さないといけない証拠ではあるのだが、それを決めるのも《木曜殺人クラブ》のメンバーなのだ。

『木曜殺人クラブ』は殺人ミステリーなので、人が死ぬ。しかも一人ではない。トニー・カランが撲殺された後、その第一容疑者であった人物も死ぬ。これで誰が犯人なのか分からなくなる。クーパーズ・チェイスの経営者達は、同施設に隣接する墓地を移動させて、そこへ施設の拡張を目論んでいた。そして、捜査を進めていくうちに、20年前の未解決殺人事件が浮上する。つまり20年前にも人が死んでいる。そして、一人しか埋まっていないはずの墓地から、別の遺体が発見される。これが50年前のものだと分かる...。そう、この作品では割と(!)たくさんの人が死んでいる。プロットとしては実は非常にややこしい。何故かと言うとそこには複数の人物の「秘密」が隠されているからだ。

そしてその複数の「秘密」が、横ったわっているのが、クーパーズ・チェイスに隣接する墓地なのである。ここを掘り返されることを好まない人物、それぞれの秘密を知る者が犯行に及んだとされるのだが、それは一体誰なのか、そしてその「秘密」とは...・

私はここでは、犯人特定やその動機に関しては言及を避けたいと思う。というのも、私は本作はミステリーというよりも、人間を、人々の人生を描いたものだと認識しているからだ。生きていれば、人はなんらかの秘密を背負う。それは、絶対に口外してはならないレベルのものから、言う必要はない程度のものまで、その重要性は様々だ。そしてそれは生きている時間が長いほど多くなってくる。著者のリチャード・オスマンが謝辞にて、『木曜殺人クラブ』のアイデアは、数年前にある引退者用施設を訪れる機会があり、その時に思いついた、と述べており、それもそのはず、と納得している。というのも、私も、高齢者と話をするのは本当に面白いと思うからだ。私の場合はジムの更衣室なのだが、様々な人種の女性達(女子更衣室なので)が自身の生い立ちから始まり、仕事や子育てに関する経験、そして現在(お孫さんの写真やお宅拝見)を話してくれる。秘密を打ち明けられることはないが、中には、70年代の人種差別や性差別、そしてそれについての対処法(騒がず、賢く、毅然とした態度で)なども教えてくれる。時には、想像はできるが、実はそれを上回る壮絶な経験だよなあ、と思うような話を聞くこともある。それぞれの女性にそれぞれの歴史があり、それを経て現在の彼女たちがいる。『木曜殺人クラブ』に登場する人物もそれぞれに秘密を持っている。それを背負うことを償いとしている人もいれば、解き放たれたと同時に違う選択をする人もいる。いつかは笑って過ごせるような秘密であれば良いが、そうとも限らない場合もある。ただ、人はいつか死ぬ。墓場まで持っていくのか、白状させられるのか、自白するのか、それだったら早めの死を選ぶのか。それは結局は自分次第なのかもしれないし、その選択は尊重されるべきなのかもしれない。

このように書くと非常に重い内容の作品なのか?と思われそうだが、そうではない。そこはさすがイギリスのコメディアン。イングリッシュネス
満載で、文体は軽やか、文章は機知に満ちている。チャーミングな登場人物たちには心がほっこりするし、何よりも問題を解決しようとしているお年寄りたちの生き生きとしていること!"してやったり"の態度にはにんまりしてしまう。クーパーズ・チェイスには木曜殺人クラブ以外にも、アート・ヒストリーやフランス語会話レッスン講座、おしゃべり編み物クラブもあり、プールやジムも併設されているという。この本を読み終わって、最初に感じたのは、歳をとるのも悪くないな、ということ。そして不思議なことに、私自身、どんな人に会えるのだろうかと、引退者施設に行くのが楽しみになっている。

一応のところ、犯人は特定したし、動機もはっきりした。しかしまだ、謎な部分が多く残っている。エリザベスは本当にスパイだったのか、ジョイスは夫のことを語ることは一切ないが、何があったのか?しかも彼女は一体誰に向けて日記をしたためているのか?まだまだ秘密を抱えた老人たちが、わんさかいるのではないか!?そして、警察側の登場人物、クリスとドナの今後の動向も気になる。

これらがはっきりするのかどうかは分からないが、 イギリスではもう既に続編の『The Man Who Died Twice』が出版されている。再びあの愛らしく生き生きとした《木曜殺人クラブ》のメンバーに会うため、本屋に走るとしよう。

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最初に挙げた「どんなに英語がペラペラでも、歳をとってボケが入ると、母国語しか理解できないし、母国語しか話せなくなる」問題だが、それだったら、日本の、もしくは(海外の)日本人専用の老人ホームに入ればいいじゃないか、という結論に至ってしまうかもしれない。しかし、私の場合は、日本語云々よりも、恐らく、宮崎弁の理解できる施設かどうかが問題なのではないかと実は思っている。


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