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私が人生のどん底からパニック障害を克服した方法

前回の「極度のあがり症からパニック障害になって何もかも失った話」の続きをご紹介します。

極度のあがり症によってパニック障害を発症し
・会社を辞め
・仲が良かった同僚たちとも疎遠
・2人の子供がいたが離婚
・仲が良かった弟とも疎遠に
などを失った私は、更にパニック障害に苦しんでいました。

会社をやめ、離婚によるゴタゴタを何とかやり遂げ、逃げ込むように実家に帰りパニック障害と格闘しました。

会社にいる時に、こんなにつらいならやめてしまおう、でも、自分には家族がいる、なのでやめられない…。しかし、これほどまでにつらい思いをするならば何もかも捨てて逃げてしまおうか…。

と、本気で考えていた自分でしたが、それが現実のものとなってしまいました。その想いが叶ったのでさぞかしスッキリしただろう、と、今考えるとその時の心境を推測するが、その時は
・子供たちと離れ離れになったことによるショック
・パニック障害のつらさ
・仕事を続けることができないという「社会不適合者の烙印」を押されたというショック

の方が大きくスッキリとはほど遠かったのを思い出します。

中でも一番つらかったのはパニック障害のつらさです。
子供たちとはたまに逢うことが許されていたので、一緒に暮らせないというつらさはあったものの、四六時中考えて気を病むという感じではありませんでした。

しかし、パニック障害は
・コンビニにも一人でいけない
・車の運転も一人では5分ほどしかできない
・とにかく四六時中不安でおかしくなりそう
・異常なほど疲れやすい
・たまに襲ってくる猛烈な不安感がたまらなく怖い
という不快症状によって私を苦しめました。

薬をもらって治療をしていますが、何となく不安は和らぐものの、それによって普通の生活が営めるかというと、全くそんなことはなく「ちょっとだけ」役立っているだけでほぼ役にたっていないとう状態でした。

そのことを医師に話すると、いろいろな薬が増えました。抗不安薬に加え抗痙攣薬、抗うつ剤、睡眠薬など、こっちが拒否しない限り、際限なく薬が増えていきました。

それら増えた薬を飲むと「更に状況が悪化する」ので、結局、最初に出ていたソラナックス(抗不安薬)を半錠(約2㎎)と頓服としてセルシン(4㎎)だけを利用していました。

この医師による処方が5年を経過したくらいに、私はその治療に限界を感じ、他の治療を模索し始めました。

そして、その後1年で病院からの薬をやめ、更にその2年強後にパニック障害を克服することができました。



つらかった抗不安薬の中止

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ソラナックスはベンゾジアゼピン系の向精神薬に分類されます。

「ベンゾジアゼピン系には耐性、身体依存、また長期間の使用の後に断薬した場合に離脱症状を生じさせる傾向がある」

ということは知っていたので、やめる時は「どんな離脱症状が出るんだろう…」とかなり不安になりました。しかし、向精神薬で治ることはないと確信していたので、やめる!と決め取り組みました。

まず毎日飲んでいたのを「中1日開ける」ようにしました。その中1日開けるのを1週間続け、それに慣れてきたら中2日開け、次に3日開け、最後に週に1回になった時に廃薬しました。

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