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豆腐屋さんが教えてくれた、本当に変わるということ

「ケンタ、お前、まだ就職決まってねーの?」
カツヒコから、そう言われても、何も言い返せなかった。

来年に卒業を控え、就職活動で周りの友人達は次々と内定を勝ち取っていた。
僕は都内の某有名大学で情報工学を専攻し、今流行りの人工知能を研究していた。
友人のカツヒコは、昨日に通信系の大手企業から内定をもらったばかりだった。

「お前さ、AIにすごく詳しいし、IT系の大手企業のインターンシップに行った時も、『ウチに来てほしい』って人事担当者に言われてたよな? ケンタはこだわりが強すぎるんじゃねーの?」
「うるせーな。俺は俺の志望があるんだよ」

そう、僕はあまりにもこだわりが強かった。
これから伸びる分野なのに、AIにはどうしても興味が持てなかった。
AIの研究論文をゼミで発表した時は、教授からも一定の評価を得ていただけに、「もったいない」と言われたこともある。
ただ、どうしても、その道で一生食べていく気にはなれなかった。

僕には、小さい頃から、寝食を忘れて夢中になれるものがあった。
それは、カードゲームやボードゲームだった。
一般的には、それらをまとめて「アナログゲーム」と呼ぶ。

今はスマホのアプリで手軽にゲームができる時代だが、そういったものには一切興味がなかった。
やはり、生身の人間と対話や駆け引きをしながら勝負できるアナログゲームの方が、僕にとって魅力だった。
大学でそういうサークルがなかったので、「アナログゲーム同好会」というのを立ち上げ、メンバーは20名以上になった。
大学で過ごした日々の多くが、この「アナログゲーム同好会」と共にあった。

「アナログゲームがもっと広がれば、もっと世界は人と人がつながり合えるのに……」
いつしか、アナログゲームに関わる仕事がしたいと思うようになった。
「スペース」

「当社は、新卒一年目からは企画職の配属はなく、営業から始めてもらいますが、それでもウチに来る意思はありますか?」
「そうですか……」
これ以上、何も言えず、それから二言三言交わした後に面接は終了した。

「本日はありがとうございました。それでは失礼いたします」
ある玩具メーカーの会社の面接会場から出てドアを閉めた後、一気に緊張が抜けて大きな息をついた。

「ふーっ、最初からアナログゲームの企画なんて、難しいのかな……」
ケンタは、アナログゲームを企画・販売している会社に絞って就職活動をしていた。
そのような会社は大体、玩具やゲームメーカーが多かった。

しかも、決して大企業とはいえず、いわゆる中堅や中小企業クラスがほとんどだった。
「一流大学で情報工学を専攻しているのに、何故ウチのような企業に入りたいと思ったのですか?」
決まり文句のように、面接官から言われるセリフだった。

僕はアナログゲームを企画し、それを広める仕事がしたいと心の底から思っていた。
ただ、最初から企画をやらせてもらえる会社はそうそうなかった。
大体、営業から経験させる会社ばかりだった。

「営業なんて興味ねーよ、何で、最初から企画をやらせてくれねーんだよ!!」
内定を勝ち取る友人が段々と増える中、僕だけが取り残されていくのだった。
「スペース」

自宅のアパートから最寄駅までの商店街の途中に、前から不思議なお店があった。
それは、老舗の豆腐屋さんだった。
お店の建物がいかにも昭和を感じさせ、昔ながらの雰囲気だった。

昼間なのに、シャッターの閉まったお店が周りにちらほらある中で、この豆腐屋さんだけは元気に営業していた。

「いらっしゃーい、手作りのおいしい豆腐だよーっ!!」
帰りの途中に、この豆腐屋さんの前を通ると、主人の明るく元気な声がいつも響いていた。
お客さんは決して多いとは言えないが、それでもいつも一人二人はそこで買い物をしている姿を見かけた。

「豆腐なんてスーパーやコンビニで安く買えるのに、何でこういう商売が成り立つんだろう?」
いつも、コンビニや外食チェーンで気軽にすませる僕としては、こんな疑問がわいていた。
「しかも周りのお店がシャッターで閉まっている中で、何でこの豆腐屋さんは、変わらずに営業できているのだろう……」
僕の疑問は段々とふくらんでいき、一度このお店で買い物をしてみたいと思うようになった。

「おおっ、いらっしゃーい、兄ちゃーん、今日はウチで買い物かーい?」
「あ、は、はい」
思い切って、この豆腐屋さんに足を運んだら、いきなり主人から声をかけられて面食らってしまった。
おそらく50代と思われるが、目に力が宿っていて、気の良さそうな雰囲気の人だった。

「豆腐が食べたいと思って、来たんですけど」
「豆腐にも色々あるよー! 兄ちゃんは自炊はするの?」
「いえ、ほとんどしないです」
「じゃあ、手をかけなくても、食べられるパック詰の『寄せ豆腐』がいいんじゃないかな?
とろけるような食感だから、女の子にも人気だし、彼女にも食べさせてあげたら喜ぶよっ!」
「いえ、彼女いないですから……」
「そうかい、じゃ、彼女ができた時のために、寄せ豆腐を食べてその良さを知っておくといいよ、ギャハハ!」
「あはは、じゃあ、それください」

そんな愉快なやりとりがあってからか、それからこの豆腐屋に時々通うようになった。
ここの寄せ豆腐は、確かにとろけるような食感で、しかも大豆の味が濃厚でおいしかった。
昔ながらの手作りの豆腐の良さを、改めて知ってしまった。
スーパーやコンビニより値段は高めであったが、この食感と味なら納得がいった。

「でも、本当にこれだけなのかな? あの豆腐屋さんが元気に営業している秘訣は!?」
確かに豆腐はおいしいし、主人も人懐っこくて、リピーターもそれなりにいるだろう。
「豆腐を売ってるだけで、商売的にそれほど儲かるものなのか?」
思わず、主人に疑問をぶつけたくなってしまった。

「おおっ、兄ちゃん、いらっしゃい! よく来てくれるね! いつもの寄せ豆腐でいいかな?」
「あ、はい」
幸い、他に客がいなかったので、思わず尋ねてみた。
「ご主人は、いつも元気に仕事をしてますよね」
「ほう、よく見てくれてるねぇ! 親の代から継いでるからよぉ、もうこの商売も大分長いんだよ!」
「へぇ、昔ながらの豆腐屋さんって、段々と減ってますよね? それなのに変わらず、ずっと長く続けていられるなんて、スゴイですね!」
ちょっと、ストレートすぎて失礼だったかな? と思ったが、主人は別に悪くは受け取っていないようだった。

「変わらず、ってのは違うな」
主人は、ケンタをからかうような目で言った。
「確かに、見た目は昔ながらの豆腐屋かもしれない。でも、変わらなきゃいけないところもある。それでもね、兄ちゃん」
主人は、急に神妙な顔つきになった。

「この変わり続ける世の中で、一番難しいのは、実は『変わらないもの』を持ち続けることなんだよ」
「えっ!?」
ケンタは、禅問答を聞いたかのような心境になった。

「うちの豆腐の作り方は変えるつもりはない。それだけは守りたい。その『変わらない』ものを守るには、変わるべきものは、変えないといけないんだ」
「そ、それはどういうことですか!?」
「あはは、それを知りたいかい? おっ、そろそろ時間だな。時間あるなら、そこで見てな」

主人は奥に引っ込んでしまった。
特に予定はないので、主人の言う通りにしばらくお店の状況を見ることにした。
やがて、数分もしない内に、徐々に女性の客が豆腐屋さんに並び始めた。
主婦や、意外にも女子高生や女子大生らしきグループもちらほら見えていた。

「な、何が始まるんだ!?」
しばらくして、主人が様々なスイーツを商品の棚に並べ始めた。
「さぁ、この時間からうちの手作りの豆乳で作ったドーナツやプリンの販売が始まるよっ!」
「わー! おいしそう!」
女性のお客さん達の歓声があちこちで聞こえていた。

「これ、この豆腐屋さんがアップしたインスタグラムに載ってたドーナツだよね?」
「うん、この時間から販売が始まるってインスタグラムの告知を見てここまで来たけど、こんなに並ぶとは思わなかった」
そんな、二人組の女子大生の会話が聞こえてきた。

「え? あの写真のSNSのインスタグラム? この豆腐屋さん、そんなのやってたんだ、意外だな」
そうこうしている内に、30分も経たずに、全部スイーツが売り切れてしまったようだ。

「まいどあり! またスイーツ売るから、みんな来てくれよなっ!」
主人の元気いっぱいの声が、商店街の通りに響いていた。

お店が落ち着いた頃を見計らって、また主人に声をかけてみた。
「さっき、お客さんがスゴかったですね。確かにご主人の言ったことが、わかった気がします」
「そうかね?」
「はい、豆腐や豆乳の作り方は昔と変わってないけど、売り方はインスタグラムでPRして、今の若者の好みの豆乳スイーツを揃えるなどして、時代に合わせて変えているんですね」
「ほぅ! 兄ちゃん、アンタ、頭いいね! 俺の言いたかったことを、まとめてくれたよ、あはは!」
「確かに、状況に合わせて変えるのも必要ですけど、変わらないものは守らないとですよね」

そんなことを言っている内に、急になぜか就職が決まっていない自分の境遇を思い出してしまい、しょんぼりしてしまった。
「おっ、兄ちゃん、急にどうしたの? 気分が沈んでしまったように見えるけど」

僕の周りはみんな就職が決まっていて、悩みを聞いてくれる人は誰もいなかった。
もう、誰でもいいから、僕の悩みを聞いてほしかった。

「実は、僕だけ就職が決まってなくて……」
僕の就職活動の状況のありったけを、思わず主人にぶちまけてしまった。
主人は、話を差し挟むことなく、じっくり聞いてくれた。

僕の話が終わった後、主人から思わぬ問いかけを受けた。
「で、兄ちゃん、アンタは変わりたいの? 変わりたくないの?」
「え? そりゃ、変わりたいに決まってるじゃないですか」
「もしそうなら、本気で変わりたいと思ってないか、変わり方を間違えているかの、どちらかだな」
「は!?」
しばらくの間、何も答えられず、頭が真っ白になってしまった。

「最初から自分の思い通りなんて、そうはないよ。さっきの話でいうとね、アンタの『アナログゲームの企画をしたい』っていう変わらぬ想いは持っていい。ただ、急がば回れじゃないけどね、そこにたどりつくまでの道は変えてもいいんじゃないか? むしろ色々な経験をした方が、より幅の広い企画ができると思うけどな」
今までの僕の考えが、根底から揺さぶられるようだった。

「変わらないものを守るために、変えるべきところは、変えないとねぇ。営業って、人の気持ちがわからないとできない仕事だからね、いい経験になるよ!」
僕の中に、迷いがすっかりなくなっていた。

「ご主人の話を聞いて、気持ちが吹っ切れました。明日からまたがんばれそうです! ありがとうございます!」
足取りが軽くなった想いで、豆腐屋さんを後にした。
「スペース」

それから、7年の年月が過ぎようとしていた。
ケンタは中堅の玩具メーカーに入社し、それからアナログゲームの営業チームに配属され、ひたすら仕事に取り組んできた。
その間、決して平坦な道ではなかったが、とても充実した日々だった。
営業で全国を飛び回ったり、玩具売り場でアナログゲームのイベントを開催して、お客さんと直に接したりして、お客さんが求めているものをつかんできた。

そしてちょうど前年の今頃に、念願だった企画チームに異動し、この1年間、チームの仲間達と共に新しいボードゲームの開発に邁進してきた。

「単純に勝ち負けを競うのではなく、相手と対話をしながら、一つの目標に向かって共通のゴールを目指すゲームにしたい」
人と人がよりつながり合える、そんなボードゲームにするんだ……
学生時代の頃からずっと持ち続けてきた想いが、ようやくかたちになりつつある。

それは、営業で人の気持ちをつかむことを学んできたからこそ、より鮮明かつ確実なかたちになったものだった。
「営業を経験して本当によかった。お客さんのいろんな声を聞いて、どんなアナログゲームが求められているのか、よくわかったから」

もし、仮に新卒1年目で、希望通りの企画の仕事についても、お客さんが何を求めているのかわからないから、独りよがりな意見を言うことしかできず、結局実を結ばなかっただろう。

「あの時、豆腐屋さんのおかげで、僕は本当に変わることとは何かを学んだんだ」
長い道のりだったが、ありたい自分の姿に近づきつつある。
でも、まだ人生の途上に過ぎない。まだまだ、やりたいことはたくさんある……

僕は変わりたいのか? 変わりたくないのか?
この変わらぬ想いをかたちにするために、変えないといけないものは何なのか?

新たな一歩を踏みしめて、今日もそんな自問自答を繰り返しながら、生きていく。

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