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あなたがそばにいれば #12

Haruhiko

仕事中、見慣れない番号から電話が入った。
突発の営業電話かなと思ったけれど、たまたま休憩中だったこともあって、出た。

『こちら○○警察署ですが』

ギョッとした。
僕、何かやらかしたか? と思い数日間の行動を脳内で最速再生させた。

『高橋春彦さんの携帯ですか? あなたのお姉さんの夏希さんを保護しています』

再度ギョッとする。姉さんを保護している?

「どういうことですか? 姉に何かあったんですか!?」

僕は席を立って人気のない場所に移動した。

訊くと姉さんは薄着のまま子供を抱えて道端でうずくまって泣いていた。だいぶ取り乱しているようで一旦こちらで保護している、とのことだった。

『ようやくそちらの連絡先を確認することが出来たのでご連絡しています。お迎えに来ていただくことは出来ますか?』

「わ、わかりました! すぐに伺います!」

僕は警察署のことは言わずに、姉が一人で体調不良を起こした、と上司に言って早退させてもらった。

義兄さんはこのこと知ってるのか?
知っててもドイツにいるんじゃどうしようもないか…。
確かにここは僕が行くしかない、と思った。

それにしても○○警察署って、どうしてそんなところで保護されたんだろう。家の最寄りでも所轄でもないはずだ。
僕は会社の前でタクシーを拾って急行した。

* * *

警察署について受付で名前を告げると、すぐに部屋に通してくれた。
そこには憔悴しきった様子の姉さんと、毛布に包まれて長椅子に横たわる梨沙がいた。

「姉さん…!」

僕の顔を見ると姉さんは泣き出した。

「姉さん、何があったの?」
「りょ…遼太郎さんが…」
「えっ? 義兄さんがどうしたって?」
「連絡…取れなくて…」
「待って、どういうこと?」

警察の人は、良かったら家に戻ってもらってからじっくりと話してくれないか、と言った。
すみません、と一言謝り、梨沙をおんぶして姉さんの肩を抱いて署を出た。
目の前でタクシーを拾い、車内で何があったのか訊いた。

「遼太郎さんと…連絡が取れないの」
「それ、どういう状況なの?」
「さっきニュースで…ドイツで大きな事故が…それで遼太郎さんの連絡が取れなくて…」

流石に僕も衝撃が走った。
僕達のトラウマは一緒なのだ。

「会社…会社には連絡してみた?」
「会社…してない」
「とりあえず家に帰ったら会社にかけてみなよ。何か連絡入ってるかもしれない。姉さんのところに何も連絡来てないってことは多分大丈夫だと思うけど、念のため」
「そうね…」

僕からも義兄さんに電話をかけてみたが、やはり呼び出しは鳴らなかった。

家に着くとテレビは点けっぱなしで、姉さんのスマホにも着信はないようだった。

姉さんは再度電話を掛けようとしていたが、指が完全に震えていた。
やはり呼び出し音は鳴らなないとのことだった。

「姉さん大丈夫? 会社には僕から掛けようか?」

姉さんは大丈夫、と言って自分で掛けていた。元々姉さんが勤めていた会社だ。

スピーカーフォンにしてもらい、僕も一緒になって聞いた。
女性が出て、姉さんが野島遼太郎の妻であることを告げると

『企画営業部の野島でよろしいですか?』

と事務的な声で訊いてきた。

「そう…そうです」
『少々お待ちください』

しばらくの保留音の後、別の女性が出る。

『お電話代わりました。企画営業部の前田です』
「あの…私、野島の妻で…主人と連絡を取りたいのですが」

そこまで言うと電話の向こうでは息を飲む声がした。そしてすぐに

『お待ちください』

と言われ、再び保留音になった。

相手の様子からこちらも瞬時緊張が走った。
しかし、すぐに切り替わった。

『もしもし、飯嶌です。奥さんですか? どうしたんですか?』

優吾くんだった。

僕も姉さんも彼のことをよく知っている。義兄さんのお気に入りの部下で、家に何度か遊びに来たことがある。
姉さんも知ってる相手が出て安堵した様子だった。

「飯嶌くん、遼太郎さんと連絡が取れないの。何かそっちに連絡入ってない?」

『え、マジですか? 今ちょうど大きな会議に出てるはずですね…だから電源切ってるのかな? 普段そんなことしないんですけどね…』

「さっき、テレビで、ニュースで、ドイツで事故があったって見て、それで、連絡が取れなくて…」

『えぇ? 事故? そんなことがあったんですか? 知らなかった。こちらにはそういう連絡は何も入ってないです』

僕は姉さんの肩に手を添えて、自分のスマホでもニュースサイトをチェックした。

「姉さん、きっと大丈夫だよ」

『僕からも次長にメッセージ入れておきます。もしこちらに連絡が入ったら、すぐに奥さんに連絡するように伝えますね』

「ありがと…飯嶌くん」

電話を切ると、姉さんの目から再び涙が溢れた。

「ネットでも事故のこと調べてみたけど、日本人が被害にあったって情報はないよ。大丈夫だよ。電源が切れているだけかもしれないよ」

「うん…ごめんね…」

「わかるよ、そういうニュース観てしまったら。義兄さんが留守で、たまたま僕もいない時で。一人ぼっちの時に僕もそんなニュース見て相手と連絡取れなかったら、多分パニックになると思う。あれから随分時間が経ったけれど、フラッシュバックは襲ってくる。怖いよね...」

姉さんはリビングのテーブルで突っ伏してしまったので、僕が梨沙のご飯を作ってあげることにした。



#13へつづく

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