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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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#HSP

【連載小説】あなたに出逢いたかった #33

長い長い稜央へメッセージを送った翌日、タイミングを合わせたかのように陽菜からのメッセージが届いた。 梨沙が稜央と連絡先を交換したのは、陽菜は知らないはずだった。稜央からも今後は陽菜ではなく自分に話して欲しい、と言われていた。横浜の一件以降、陽菜とのやり取りも一旦目的がなくなったかのように途絶えていた。 年末の旅行…。もうそんな季節。 そういえばこちらでも、既に中学3年生・蓮の進路が決まっていたので、今年の旅行はどうしようという話が挙がっていた。が、最近遼太郎が相当慌ただし

【連載小説】あなたに出逢いたかった #32

稜央さん。 私が本当にあなたに話したかった事を伝えます。『助けて欲しい』と言った理由についてです。ようやく気持ちが固まって来ました。上手く言えるかわかりません。不可解に思うかもしれません。でも読んでもらえたら嬉しいです。 まず最初に、私は発達障害を持っています。以前私には共感覚や感覚過敏があるとお話しましたが、その根源はここにあるかもしれません。 日本ではハッキリ診断されませんでしたが、ドイツにいる時にASDとADHDだと言われました。これは私の父の家系の影響で、遺伝の可

【連載小説】あなたに出逢いたかった #31

遼太郎は立ち止まり、大きなユリノキを見上げて言った。 「ここにしよう」 公園の南端にある広場で、視界の先には東京湾に注ぐ大きな川が緩やかに流れ、空港を飛び立った飛行機が頭上を横切っていく。 胡座をかく遼太郎のすぐそばに梨沙も腰を下ろした。遼太郎はトートバッグからゴム弓を取り出す。 「弓を持つ手…左手のことを弓手、弦を引く右手のことを馬手という。弓を引く時、弓手は弓を握るのではなく、押すんだ。こんな風に」 遼太郎は実践して見せる。「やってごらん」 梨沙も真似してみる

【連載小説】あなたに出逢いたかった #30

一方、11月に入った稜央の地元では、あちこちで紅葉が見頃となっていた。 実家の近所には楓の並木があり、鮮やかなオレンジから赤に色付き、週末は地元民に加え観光客も散策する姿が見られた。 横浜から2~3週間くらい経った頃から、梨沙からのメッセージがポツポツと届くようになった。以前のように情熱的にグイグイ来るメッセージではなく、日々の仕事の疲れを労ったり、ちょっとした出来事を伝えてきたりと、控えめなメッセージだ。稜央もあんな事を言った手前、出来る限り返信するが、彼女に対するいじら

【連載小説】あなたに出逢いたかった #28

香弥子が洗い物と茶の用意をする間、やはり前を向いたままの隆次が 「梨沙もようやくちち離れか」 と言った。 「聞いてたの?」 「聞こえただけで聞いていたわけじゃない」 「ヘッドフォンの意味」 「ノイキャンなだけだよ。話し声を全く遮断しているわけじゃない」 「言わないでよね」 「誰に? 兄ちゃんにか? 言うわけ無いだろ。兄ちゃんにとっては喜ばしいことだけどな。やっと梨沙から解放されるってな」 解放なんて酷い言い方だと梨沙は思った。親子なんだから、縛り付けあっているわけでも

【連載小説】あなたに出逢いたかった #27

「あら、梨沙ちゃん。久しぶりじゃない。留学どうだった?」 18時になると本当に香弥子が帰って来て、ヒジャブを外しながら破顔した。 「香弥子さんに話したいことがあるんだってよ」 と隆次。彼は妻を「香弥子さん」と呼ぶ。 「あら、どうしたの改まって」 改まってしまうと何も言えなくなる。もじもじとする梨沙に香弥子は 「そうだ。晩ご飯うちで食べていく? 大したものじゃないけど」 と笑顔で言った。隆次の方を見るが、背を向けた彼はPCに向かったまま何も言わない。 「いいんで

【連載小説】あなたに出逢いたかった #26

『私を助けてほしいんです』 思わず稜央に向かって放ったその言葉について梨沙は何から伝えたら良いか悩み、連絡先を交換して以降は、当たり障りのないやり取りが続いているにとどまっていた。 パパの代わりに好きにならせてください、とはさすがに言えない。事情は全部隠す必要があるが、嘘を付くのは苦手だ。本来は "二番目" でいいはずだが、どうせなら本当に好きになりたい。なれると思っていた。 どうすればいいだろう。こういう時、相談できる人がいないことに梨沙は気づく。 陽菜の顔が浮かんだ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #24

横浜から帰宅した稜央は風呂に浸かりながら、梨沙の切実な涙を思い出していた。 『私を助けてほしいんです』 その言葉に面食らった。いや、心を奪われたという方がしっくり来るかもしれない。 彼女のか細い腕が、がっちりと稜央の身体をとらえていた。どこにそんな力が、と思うほど。 『ど、どう…したの…何かあったの…?』 『私、抜け出さなければいけないんです。今の…籠の中から…』 『籠? 何のこと…?』 しかし梨沙はそれ以上は言葉に出来ないのか、小さく嗚咽を挙げ始めた。稜央の頭の中は

【連載小説】あなたに出逢いたかった #23

稜央が悩む間に、梨沙も一生懸命話題を考えていた。この日のために準備してきたことを話す。 「陽菜さんからはサプライズにしたいから黙っててって言われていたんですけど…、稜央さんがジャズイベントに参加すると聞いて、ジャズに全然詳しくないから予習したりしたんです」 「へぇ…何を聴いたの?」 「確か…キース・ジャレット…?」 「へぇ、そうなんだ。『ケルン・コンサート』かな? あれ全部即興なんだよね。彼はクラシックのピアニストでもあるんだよ」 「そうだったんですか…。そういえば稜央さん

【連載小説】あなたに出逢いたかった #22

康佑と違う声で名前を呼ばれ、梨沙は顔を上げた。涙で視界がぼやける、けれどはっきりとその姿を捉えた。 「え…?」 相手も目を丸くし、言葉を失ったように茫然と梨沙の顔を見つめていた。 「稜央…さん?」 「えっ、あ、り、梨沙ちゃん…どうして…ここに…」 稜央だった。間違いない。康佑も驚いて振り返る。 「え、じゃあ梨沙が会いたかった人って、この人?」 けれど驚きのあまり梨沙も稜央も声を出せずにいた。何と言葉にしてよいのかわからない。稜央の背後から彼の友人と思しき男が「どう

【連載小説】あなたに出逢いたかった #17

歩いているうちに日もだいぶ傾いて来た。稜央は見つからない。 マジックアワーは梨沙の大好きな時間だ。愛する人の色…父親の “色” がこの黄昏時の色なのだ。梨沙の持つ共感覚は子供の頃よりは弱まっているものの、色を見ることが出来る。 くん、と鼻を鳴らす。慣れない土地と大勢の観光客せいか雑多な匂いがすごかったが、微かにあの大好きな匂いも感じられそうだった。 そうして梨沙は、前をゆく康佑の肩の向こう遠く、視界に入った姿にハッと目を見開く。 「…パパ?」 遼太郎によく似た後ろ姿

【連載小説】あなたに出逢いたかった #15

月曜の朝、梨沙の元にクラスメイトの女子学生が3人近づいて来た。 「ね、梨沙。結局S高校の文化祭、行ってたんだね」 え…と顔をあげる。3人はニヤニヤしたり、腑に落ちない顔をしていたり、様々だった。 そうか、そもそもこの子たちが誘って来たんだった。当然、どこかで目撃されていたっておかしくないわけだ。 「私たち見たんだよね、梨沙がS校の人と仲良さそうにしているところ」 「ね、あれやっぱり彼氏なんでしょう? 隠さなくてもいいのに」 彼氏、と言われてカチンと来た。 「彼氏じゃ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #14

晴れればまだまだ残暑が残る、9月の終わりの週末。 その日も朝から晴れ渡り、強い陽射しが街を刺す。日に焼けないように梨沙は長袖の黒いパーカーを被る。ショートパンツも履くが、傍から見ると履いているのかいないのかわからない。パーカーは遼太郎のもの。また梨沙は盗み着た。 S高校に到着した梨沙は入口で案内をもらうと、出し物のラインナップに3年生はごく僅かの有志しか存在していないことを知った。 そうか、こういったイベントは受験を控える3年生は出ない人もいるのか、と初めて知った。 康

【連載小説】あなたに出逢いたかった #13

翌日、学校での休み時間。梨沙は少し焦っていた。 スマホの連絡先を何度漁っても "牧野康佑" の名前が見つからない。交換後消したか、そもそも交換させしなかったか。連絡を取ることはないと思っていたからどちらも可能性があった。あまりよく憶えていないところも、彼のことはもうどうでもいいと思っていた現れだ。 弱ったなと思っていると、たまたまクラスメイトがS高校について話しているのが聞こえてきた。康佑の通う高校である。 梨沙は思わず声の方に向かった。 「ね、今S高校って…」 「あ、梨