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【連載小説】あなたに出逢いたかった #33

長い長い稜央へメッセージを送った翌日、タイミングを合わせたかのように陽菜からのメッセージが届いた。

梨沙が稜央と連絡先を交換したのは、陽菜は知らないはずだった。稜央からも今後は陽菜ではなく自分に話して欲しい、と言われていた。横浜の一件以降、陽菜とのやり取りも一旦目的がなくなったかのように途絶えていた。

梨沙さん、少しお久しぶりです(*^^*) お元気ですか?
実は年末に母とドイツに旅行に行くことにしまして!
それで、梨沙さんにドイツのお勧めとか色々教えてもらえないかな、と思ってメッセージしました。

年末の旅行…。もうそんな季節。
そういえばこちらでも、既に中学3年生・蓮の進路が決まっていたので、今年の旅行はどうしようという話が挙がっていた。が、最近遼太郎が相当慌ただしいようで年末の予定が立てづらくなっており、有耶無耶のままだった。サラリーマンでないことはこういったところにも弊害が出るようだ。

梨沙はドイツのどの都市に行くのか尋ね、陽菜は

フランクフルトinしてケルンのクリスマスマーケットに行きます!
その後ニュルンベルクからローテンベルク、ノイシュバンシュタイン城も観に行って、ミュンヘンに抜けるツアーを選びました。
個人的にはベルリンも寄りたいと思っているのですが、オプショナルツアーを付けようか迷っています。

と答えた。

なかなかの大移動なプランだが、観光客とはこうもあれこれ欲張ってしまうものなのだろう。同じ国内とてドイツはとても広いし、メインの工程は南西側、ベルリンは東の端。
更にベルリンから日本への直行便はないため、結局またフランクフルトかミュンヘンに戻ることになるだろう。1週間そこそこの日程では少々きついと思った。

それを正直に伝えると陽菜は立てたプランの甘さを思い知ったようで

私はベルリンは行ってみたいんですけど、今横にいる母が、移動が大変ならそこまでして行かなくてもいいじゃないって言ってます、確かにその通りなんですね。

と答えた。

梨沙は『ベルリンは暖かい時期の方が良いと思います』と伝えた。クリスマスマーケットも素敵だが、夏のシュプレー川のほとりや、あちこちにある大きな公園の、緑が青々と色づく時期は、街が最も息づいていることを実感できる、最高の季節だと思っている。
あとは紅葉の時期も勧めたいが、とにかくドイツの、欧州の秋は本当に一瞬で過ぎてしまうから、時期を狙っていくのが難しい。刹那の瞬間、黄金に染まる、欧州の秋。

でもどうしてドイツに行くことになったんですか?

梨沙が尋ねると

以前兄から「母と2人でドイツに行って来たらいいじゃないか」って言われたことがあって、何となく色々ドイツのこと調べたりしたんですよね。その中で梨沙さんのことも偶然知ることが出来たんですよ。
あとは梨沙さんと知り合えて、ドイツを身近に感じるようになったので、これを機会に行ってみようか、って話になったんです。

そうだったんですね。ドイツは良いところです。私は大好きな国です。案内したいくらいです。でも旅行には稜央さんやお父さんは連れて行ってあげないんですか?

話の流れでの自然な質問だったと思う。陽菜からの返事は

兄は去年行ったから今年はもういいって言ってました。兄は一人旅が好きですし。
父はそもそもいないんです。

だった。父が、いない…。

ごめんなさい、と謝ると『全然、気にしないでください(^_-)-☆』と返ってきた。

私が生まれて間もない頃に両親は離婚して、子供の頃は父に会ったりもしてましたけど、父が再婚してからはめっきり会わなくなっちゃいました。

それを読んだ梨沙はショックを受けた。
父親に会わなくなってしまうなんて。自分だったらママがいないよりもパパがいない方が生きていけないのに。

寂しくないんですか。

さすがにもう寂しくないですよ。母は明るいし優しいし逞しいんです。再婚もせず全然男の人も作らないでバリバリ頑張ってくれています。1人2役って感じで(^_-)-☆

そうなんですね。私は父のことが大好きだから、いなくなっちゃったら生きていけません。もしも離婚ってなったら私は絶対に父について行きます。

羨ましい(*^^*)
娘からそんなこと言われるお父さん、めっちゃ幸せ者ですね。なかなかいないですよ。素敵なお父さんなのかな?

父の話題が振られて梨沙は火が付いてしまい、彼がどれだけ素晴らしいかをとうとうと語った。

ますます羨ましい~(*^^*) そんなに素敵な人なら見てみたいです!

梨沙はスマホのアルバムの中から、ベルリンで2人で撮った写真を送ろうかと思ったが、さすがに思いとどまった。
代わりに梨沙がベルリンのボーデ美術館で遼太郎をスケッチしたものを送った。カフェで脚を組んで優雅に座り、顔はやや向こうを向いているが、雰囲気を十分に伝えられるものだった。

ちょっと今いい写真が手元になくって…。私が描いた父のスケッチです。

稜央さんに似ているんです、とは言わなかった。あえて顔がはっきりしないものを選んだ。

えぇ~、さすが梨沙さん! スケッチって言っても、めっちゃ雰囲気感じます! モデルみたいにスタイルいいし、ポーズも決まってますね…! おいくつなんですか?
今度いい写真が見つかったら是非見せてください!(*^^*) イケメンの予感!
っていうか梨沙さん、本当に色んなタッチの絵を描けるんですね。すごいなぁ。

梨沙としては父を褒められることは何よりも嬉しい。

そして頭の中で、パパは今年いくつになるんだっけ…と考え、彼の誕生日までもう1ヶ月もないことを思い出した。いけない! プレゼントを選ばなくては!

そう気付いた時にドアがノックされた。遼太郎だった。
ハッとした梨沙は咄嗟にスマホを枕の下に隠した。全くそんな必要はなかったというのに。

返事をするとドアが開いた。

「年末の予定が立ちそうなんだ。あまり長い日程取れなくて…今しがた夏希や蓮とも話したんだけど、お前の意見も訊きたくて」

そうなんだ、とベッドの上で居住まいを正すと、遼太郎は勉強机の椅子に跨った。

「お前、弓引くところ見たいって話していたよな。だから今年は実家に行こうかと思ってるんだけど…」
「えっ…!?」

まさかの提案だった。確かに見たいし、見たいと言った。祖父母の家に行けば見られるのか、とも言った。
けれど遼太郎は行くことはないだろうと思っていた。まさかこんなにすぐに。

バレてしまう。夏に行ったことが。弓道部のアルバムと、川嶋桜子からの年賀状を盗んだことが、バレてしまう。
今その、遼太郎の足元の引き出しの奥にそれらがある、と思うと梨沙の心臓は破裂しそうなほど脈打った。

「大晦日に1泊だけ実家に泊まって、あとはどこか別の場所で1泊くらいの日程にはなっちゃうんだけど…どうだ?」

梨沙はわなわなと震え、すぐに首を縦に振れなかった。

「…どうした?」
「あ…その…パパってあんまり実家の居心地が良くないって話していたから、いいのかなって…」

その言葉を聞いて遼太郎は笑った。

「まぁそうだな。だから1泊にとどめたいなと思ってる。俺の用は弓を引き取ることだけ。あとは今年は蓮が早々に推薦取って受験を終えてくれたけど、来年は梨沙が大学受験だし…家族揃って出かける機会も減りそうだからな」

梨沙は何と断ろうかと必死で頭を巡らせた。自分から改めてあの祖母に根回しをする気にはなれない。祖父に至っては取り付く島もないのだから、家族4人で訪れて祖父母が梨沙の意を組んでくれるなんてことは考えられなかった。

「…どうした? 嫌なのか?」
「あ…嫌っていうか…パパが無理して行くんだったら…」
「お前の要望を優先させたんだぞ。まぁ弓なんて取りに行かずに買ってもいいんだけど…」
「…」
「置き去りにしたものが色々残っているな、とも思ってさ」
「…どういうこと?」

遼太郎はふっと遠い目をした。そして口の端をわずかに上げたが、笑顔というわけでもなかった。

「とにかく、この次田舎に行くのは葬式かもしれないからな。その前に大きくなったお前と蓮の姿も見せておいてやってもいいだろう」

遼太郎の言葉は辛辣だったが、梨沙はその気持ちがわかった。
わかったけれど、夏のことをどうしようかと頭を抱えた。


しかし同時に、ある案も思いついた。





#34へつづく

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